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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第四章 混沌(こんとん)

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混沌1-3-⑤:二つの事件、関わった者たち

「人の証言には見間違いの可能性がある。そこは確かよ。但し、防犯カメラの映像は別。あれは誤魔化しが利かないわ。時間のズレはあっても、岡野があの日、あの場所にいたという事実だけは確実に残っている」


鳴海は暫く何も言えなかった。


 積み重ねられた証言と状況証拠。それらは確かに一つの方向を指している。それでも鳴海の胸の奥には、やはり消えない感覚があった。理屈では説明出来ない、僅かな違和感。まるで何処かで何かが噛み合っていないような、そんな不安定な感触だ。反論する材料にもならないようなものだ。


「とは言え、まだ自供は取れていないらしいけれどね。あの場所に行った事だけは認めているの。でも殺人については完全に黙秘しているそうよ」

「黙秘?どうして?」


鳴海は思わず聞き返した。


「そんな事、私に聞かれても分からないわよ」


桃香は呆れたように小さく息を吐いた。受話器を握ったまま、鳴海は考え込む。どうして黙秘するのだろう。もし本当に何もしていないのなら、違うとはっきり釈明した方が良い筈だ。このままでは状況的には圧倒的に不利になる。警察の疑いが強まるだけではないか。


 それとも岡野は、何を言っても信じて貰えないと思っているのだろうか。前科がある以上、自分の言葉など最初から信用されないと諦めているのかもしれない。それでも沈黙を続ける理由にはならないようにも思えるが、以前会った印象では何となく、自暴自棄というか、何もかも諦めているような雰囲気は垣間見えた。それでも鳴海の胸の奥に、説明のつかない不安がじわりと広がっていった。


「兎に角、今分かっているのはそれくらいよ。また何か新しい事が分かったら連絡するわ。いい?あなたが岡野と面識があるから話したけど本来、これは話せないことだから、それ、忘れないでね」


桃香はそう言って話を切り上げようとした。


「あ、ちょっと待って」


鳴海は慌てて呼び止めた。


「何?」

「あの子は……結衣ちゃんはどうなったの?」


桃香は暫く黙った。受話器の向こうで、僅かな間が空く。


「ああ、あの子ね……」


言葉を選ぶような沈黙の後、桃香は静かに続けた。


「相変わらずよ。あなたのお陰で多少は会話するようにはなったけれどね。でも内容は同じ。全面否認」

「全面否認?」

「ええ。自分は何もしていない。両親を殺したのは妹だって言い張っているの。でも、それは有り得ないわ」


桃香ははっきりと言った。


「有り得ない?」

「既に妹のアリバイは調べてあったのよ。まさかとは思うけれど、可能性がゼロとは言えないからね」


鳴海は暫く黙り込んだ。まだ小学生の子供なのに、家族を死に追いやったかもしれないという疑いを掛けられる。そんな立場に置かれるなど、どれ程残酷な事だろうか。鳴海は一瞬そう思った。だが同時に、あの少女が実際に母親を傷付けたという事実も思い出す。事情があったとは言え、それは消えるものではない。結局のところ、警察が全ての可能性を調べるのは当然なのだろう。


「その妹はあの日ずっと施設にいたの」


桃香が説明を続ける。


「それに両親や家族の居場所は知らされていなかった。施設の職員も教えていないのよ。だから、あの子が両親の所へ行く事自体が不可能なの」


桃香の声は淡々としていた。


「そもそも本人も全く聞こうとしなかったそうだけどね。家族の事を、まるで最初から存在していないかのように」


鳴海は胸の奥が僅かに重くなるのを感じた。


「その妹は……どんな様子なの?両親が亡くなった事は知らせたの?」

「ええ、知らせたわ」


桃香はすぐに答えた。


「ニュースにもなっていたでしょう。いくら周囲が隠しても、いずれ何処かから耳に入る可能性が高い。それなら最初からきちんと説明した方がいいという判断になったの」

「そう……」


鳴海は静かに頷く。


「知らせを受けて、どんな反応だったの?」


桃香は少し考えてから答えた。


「私はその場にいた訳じゃないの。後から聞いた話だけれど……」


そして短く言った。

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