混沌1-2-④:積み重なる証言と状況証拠
「以前にも三芳梗子に対する傷害で逮捕歴があるでしょう。だから最初の段階で岡野には聞き込みが行われていたらしいの。但し、その時点では梗子と現在も関係が続いている様子は見られなかった。生活圏も離れていたし、動機としては弱いと判断されたみたい。警察も当初は重要参考人とまでは考えていなかったそうよ」
桃香は落ち着いた声で説明を続けた。
「ところが、調べを進めていくうちに新しい証言が出て来たの。岡野が何度か梗子の住まいの近辺で目撃されていたという話よ」
「だって、それは依智伽ちゃんに会う為だったのでしょう」
鳴海は思わず言い返した。
「岡野さんは梗子さんには絶対に会いたくないと言っていたわ。だから、いつも見つからないようにしていた筈よ」
桃香は一瞬黙り、静かに息を吐いた。
「ええ、それは私も聞いているわ。でもね、もしかしたら見つかっていた可能性もあるでしょう。例えば、偶然顔を合わせてしまって罵られたとか。あの三芳梗子の事だから、岡野が子供と会っていると知れば何を言ったか分からないわ」
少し間を置き、桃香は続ける。
「もし激しく責められたとしたら、感情的になる事も有り得る。口論になって、思わずカッとなる。そういう展開だって、決して考えられない話ではないでしょう」
「それは……」
鳴海は言葉を続けられなかった。
確かに、可能性としては否定出来ない。というか、同じことを鳴海も思った。人間の感情は単純ではないし、怒りや衝動は一瞬で理性を失わせる事もある。だが鳴海は、梗子が殺された後に岡野と会っているのだ。何度思い返してみても、彼がその時点で既に殺人を犯していた人間には思えない。あの時の岡野の表情、視線、話し方――どれを思い返しても、人を殺した犯罪者の姿とはどうしても結び付かない。
「それにね、他にもあるのよ」
桃香が静かに言った。
「何?」
「事件当夜、駅から出て来た梗子を、岡野らしき男が尾行していたという証言があるの」
「尾行?」
鳴海は思わず聞き返した。
「ええ。駅を出た梗子の後ろを、男が距離を置いてついて行くのを見た人がいるの。但し、その人は後ろ姿しか見ていない。顔までは確認出来ていないから、岡野だという確証は無いわ。ただ背格好がかなり似ているらしいの」
桃香は淡々と続ける。
「梗子はその帰り道で殺された。そうなると、後をつけていた男が最も疑わしいという見方になるのは当然でしょう」
「だからって……」
鳴海は受話器を握りしめた。
「あの岡野さんが、梗子さんを手に掛けるなんて……」
「垣内さんだって、岡野とは一度しか会っていないでしょう。人間の本当の姿なんて、一度会っただけでは分からないものよ」
桃香は淡々と話す。
「一見おとなしく見える人間が、実際にはそうではないという例は珍しくないわ。あなたも今まで沢山見て来たでしょう」
その言葉に鳴海は沈黙する。桃香は更に続けた。
「それに岡野は、以前梗子に怪我を負わせている。傷害事件として逮捕された事実があるのよ。つまり、感情的になれば暴力に走る一面を持っていた可能性は否定出来ないという事」
その説明は筋が通っていた。理屈としては確かに尤もだ。尤もではあるが、鳴海の胸の奥にはどうしても拭い切れない違和感が残る。
「尾行していた男が岡野だという確証はまだとれていない。でもね、事件現場の近くから男が走り去っていくのを見たという証言もあるの」
鳴海は息を呑む。
「そして岡野が駅から電車に乗った時間は、その事件の直後なの。これも既に裏付けが取れているわ」
桃香は少し声を落とした。
「これだけ材料が揃えば、警察が疑うのは当然でしょう。何より岡野本人が、あの日そこへ行っていた事を最初は隠していた。やましいことがあるから、と思われても仕方のない状況よ」
状況証拠が揃い過ぎている。岡野は何も語らない。否定しないのは肯定、とも捉えることができる。だから逮捕も当然の成り行き、ということなになるのだろうか。
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