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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第三章 陰影(いんえい)

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陰影2-1-⑧:揺れる疑念と、遠くに見える救いの灯

「え?えっと……」


(なんでここで、紫園さんの名前が出てくるんだ?)


軽い驚きが胸をくすぐり、返事が少し遅れてしまう。


「あ……いますけど」

「え、いるのですか?」


自分で聞いたくせに、桃香は少し目を丸くした。その反応が意外で、浩太はさらに首を傾げる。


「はい。五月に転入してきて……今は、同じクラスです」

「そうなの。どんな子?」


桃香の声が僅かに柔らかくなった。浩太は寧々の姿を思い浮かべながら言葉を選ぶ。


「あ、えっと……何て言うか……男っぽいっていうか。はきはきしていて、物怖じしない感じです。帰国子女だからなのかもしれませんけどちょっと男みたいっていうか」

「へえ〜、そうなの」


ほんの一瞬、桃香の表情が緩んだ。その変化が妙に気になって、浩太は心の中で首を傾げる。


(何?)


質問しようと思ったが、桃香はそのままドアの外に出て、振り返ることなく行ってしまった。桃香は、寧々のことを知っているのだろうか。もし知っているとしたら、何故なのだろう。でも、どんな子か、と聞いていたということは面識はないということなのだろうか。


名前だけを知っている、それは何故?さらに疑問が浮かぶ。寧々の天真爛漫というか、あの不躾さを思い出して、桃香の落ち着き払った“検事”という職業とは、どうしても結び付かないように浩太は感じた。


***


翌日。登校してすぐ、浩太は朝陽に昨日の出来事を話した。


「え、すごいじゃん!それってさ、浩太のおばあちゃんの無実を証明してくれるってことだろ?」


朝陽は素直に喜んでくれたが、浩太は首を横に振る。


「あ……でも、そういうわけでもないみたい」

「なんでだよ?だって、その検事さんは浩太が言ってた“あの女”のことを疑ってるんだろ?他にも怪しい人間が出てきたんなら、当然再捜査ってことになるんじゃないの?」

「なんか……そんな簡単な話でもないらしい。それに、あの女……死んじゃってるし。疑わしいって言っても証拠もない。第一……死んだ人間は何も喋ってくれないしね」


朝陽は肩をすくめた。


「生きてたって喋らないだろ。あの女なら」


浩太がいつも話していたせいか、朝陽は会ったこともないはずの三好梗子のことを、まるで何度もあったことのある人間のような口ぶりだ。


「まあ、そうだけど……。それに、あの検事さんは、おばあちゃんの無実の証明が目的で来たわけじゃないみたいなんだよ」

「何か“今の事件”のことを聞かれたって言ってたよな。やっぱり……あの女が殺された事件のことかな?」

「そうだと思う。でも……はっきりとは言わなかった」

「なんかすっきりしないな。でもさ、その人、検事なんだし……浩太のおばあちゃんのこと“無実かも”って思ってるなら、何か動いてくれるんじゃない?」

「だといいけど……」


浩太が弱気に言うと、朝陽はにっこり笑った。


「何にしてもさ。俺たち以外の“大人”が、そう思ってくれるって……めちゃくちゃ進展だろ。良かったじゃん、浩太」

「……うん」


言われてみれば、本当にその通りだった。いつか、大人になって、祖母が誰も殺していないと証明したい。あの事件以来、ずっと胸の奥にあった願い。けれど、それが可能なのかどうか、どうすればそこに辿り着けるのか、全く分からなかった。大人になれば自然と分かるのかと問われても、今の浩太には答えようがない。


 ただ漠然と、そういうことをやるには警察官とか、弁護士とか、あるいは桃香のような“検事”になるのがベストだろうと思っていた。でも、実際に桃香という“本物の検事”に会って、穏やかな物腰なのに、圧倒されるような気迫。あれほどの人物に自分がなれるとは……とても思えなかった。


 胸の奥に浮かんだ憧れと、不安と、遠い未来の影。浩太は小さく息を吐き、青い空を見上げた。


「ところでさ、その検事さんって女の人だったんだろ?どんな人だった?本物の検事って、なんか冷たいイメージあるじゃん。男みたいなっていうか、怖そうっていうか」


興味津々の朝陽が身を乗り出してくる。浩太は昨日の強烈な印象を思い出し、苦笑いしながら答えた。

お読みいただきありがとうございます。

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