陰影2-1-⑦:梗子の動機と不意の質問
「そんなの、しょうがないよ。おじいちゃんはただ、おばあちゃんを助けたかっただけなんだ。僕だって……おじいちゃんと同じ立場なら、きっと同じことをしていた」
桃香はしばらく二人の様子を見守ってから、静かに口を開いた。
「浩太さんは、お母様を殺したのがおばあ様ではないと考えていた。では、その場合……本当の犯人は誰だと思っていたのですか?」
「……検事さんは、もう分かっているんでしょう?」
桃香は浩太の口から三芳梗子の名を引き出そうとしている。浩太はそう感じた。逃げても意味がないと悟り、重く息をつきながら答えた。
「三芳……梗子さん、です」
「どうしてそう思われました?」
「検事さんも、理由はもうご存じなんじゃないんですか?梗子さんの名前を口にされた時点で……」
「いいえ。浩太さんがどう感じ、どう考えてそう思うようになったのか。そこを知りたいのです。何故、三芳梗子さんを疑ったのか。それを、あなたの言葉で教えてください」
浩太はしばらく唇を結んでいたが、やがて決意したように言葉を紡ぐ。
「……梗子さんは、僕の父が好きだったんです。だから、母が邪魔だった。母さえいなくなれば、父と一緒になれると思った……そう考えました」
こうして言葉にしてみると、あまりにも簡単であまりにもありきたりな殺人動機だ。よくある陳腐な三角関係。本当にただそれだけ、だったのだろうか、と浩太の胸に改めて疑問が湧いた。
「お母様が亡くなった直後に、すぐそう考えたのですか?」
桃香の問いに、浩太は力なく首を振った。
「すぐじゃありません。母が亡くなってから、梗子さんが急に家に来る回数が増えて……。最初はただ気遣ってくれているのかと思ったんです。でも、違和感があった。母の友達だったのに……少しも悲しそうじゃなかった。むしろ……どこか嬉しそうで」
桃香は小さく頷いた。
「つまり、梗子さんの振る舞いを見ているうちに、徐々にそう考えるようになった。そういうことですね」
「……はい」
「分かりました。不躾な質問が多く、失礼いたしました」
桃香は一度深く頭を下げ、続けた。
「ところで……お父様はどうお考えだったのでしょうか。本当は、お父様からも直接お話を伺いたかったのですが、今日はお帰りが遅いとのことで」
浩太は少し困ったように息を吐いた。
「父は、人を疑うことが苦手なんです。梗子さんのことも“いい人だ”って信じ込んでいました。だから……父に聞いても何も分からないと思います。父はいつも、目の前で起こったことをそのまま受け止めてしまう人だから」
そう、だから父は梗子の裏の顔には気づいていない。そして母の裏側にも。でもそれが長所でもあり、父の強さなのでもあると今は思っている。
「そうですか……。では、今日はここまでにしておきましょう」
桃香は席を立った。
「あ、あの!」
浩太が慌てて声を上げる。
「それで……おばあちゃんの、祖母の濡れ衣は……晴らしてもらえるんですか?」
桃香は一瞬だけ目を伏せ、そののち、誠実な声音で答えた。
「再審となると……正直、容易ではありません。まして、被疑者も、容疑者かもしれない人物も、すでに亡くなっていますし」
「それじゃ……」
「……ですが、できる限りのことはしたいと思います。私は司法に携わる者の一人です。もし誤りがあったのなら、正すべきです。時間はかかるかもしれませんが……必ず、動いてみます。ただ、申し訳ありませんが、真実が白日の下にさらされる日が来るという約束はできないです。私が動いたところでどうにかなるような壁ではない、それが現実です」
そう言い残し、桃香は玄関へ向かった。浩太たちも立ち上がり、その後を追う。居間を出ると、階段のところにはまだ舞奈が座っていた。ずっとこちらの様子を窺っていたのだろう。玄関を出ようとする桃花の背に視線を送る。
桃香が玄関の扉に手をかけ、扉を半分開けた状態で、ふと何かを思い出したかのように振り返り、再び口を開いた。
「ところで……浩太さんは明星学園だと伺いましたが、同級生に“紫園寧々”さんという子は、いませんか?」
突然の質問に、浩太は思わず瞬きをした。
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