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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第三章 陰影(いんえい)

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陰影2-1-⑥:揺らぐ真実と、取り戻したい尊厳

「何か可笑しいんですか?」

「いいえ。だた……あなたが随分と用心深いと思って。大人は信用できない、そう思っていますか?」

「思っています」


浩太は迷いなく答えた。


「そうでしょうね。世の中には、信用に足りない大人は五萬といますから」


桃香は淡々と言う。


「検事さんが違うとは言い切れませんよね。どれだけ立派な仕事に就いていても、信頼できるとは限らないでしょう」

「浩太、検事さんに失礼だぞ」


祖父が慌てて浩太をたしなめる。しかし浩太自身、なぜこんなに感情が高ぶってしまうのかうまく整理できなかった。ずっと波風が立たないようにしてやってきたのに。多分、この現状に心がついて行ってないのだ。


(こんなこと、あり得ないと思っていた“三芳梗子が母を殺したかもしれない”なんて言い出す大人が現れるなんて)


しかもこの人は、あの裁判で“祖母に判決を言い渡した側の人間”だ。祖母が犯人ではないかもしれない、なんて一ミリも考えなかった大人たちの仲間。桃香はゆっくりと首を振った。


「構いません。私は浩太さんの本心を知りたいと思っています。あなたは……お母様を手に掛けたのは三芳梗子だと思ったことがありませんでしたか?」


真正面から問われ、浩太は深く息を吸い込んだ。胸の奥がざわざわと動く。答えていいのか。それとも、言ってはいけないのか。迷いが喉に引っかかり、言葉がすぐには出なかった。桃香は続けて尋ねる。


「では……おばあ様が本当にお母様を殺したと思っていたんですか?」


その問いには、はっきりと答えられた。


「思っていません。おばあちゃんはそんなことしない。ずっとそう信じていました」

「浩太……そう、なのか?」


祖父が驚いたように浩太を見る。その目には驚愕と、僅かな安堵と、長年胸に抱え込んだ苦しみの影が入り混じっていた。


「僕だけじゃない。舞奈だって、ずっとそう思っていた。おばあちゃんとお母さんが仲良しだったとは言わないけれど……。それでも、おばあちゃんがそんなことをするはずがないって、僕たちは信じていたんだ」


浩太の声は震えていた。胸の奥から押し出すように語る言葉が、一つひとつ重く響く。母と祖母の関係、祖母が母を嫌っていたのではない。良くは思ってなかったかもしれないが、どちらかと言えば母の方が祖母を避けていた。


 母も祖母を嫌っていたというよりは、ただ仲良くなりたいという意識がなかった。そんな風に感じていた。そして祖母もそれを知っていて、特に干渉してこなかった。そんな二人の間に、殺人に至るほどぶつかり合うような、感情が沸き上がるだろうか。勿論、子供の時はそこまで考えられなかったが、今はそれが疑問でしかない。


「で、でも……」


祖母を弁護するように言いかけた祖父の声は、途中で引きつるように止まった。


「私が、あの現場に駆けつけたとき……澄子は……血の、血の付いた包丁を握っていた。そして……“希美さんを殺してしまった”と、そう確かに言った。だから……私は……」


祖父の手は膝の上で強く握りしめられ、爪が食い込むほどに見えた。


「おばあちゃんは、その時もう病気だったんだ」


浩太は、祖父の後悔を否定するように続ける。


「目の前でお母さんが倒れていて、誰かにそう言われたら……そう思ってしまうかもしれない。ううん、きっと思い込んでしまう」

「それは……どういう……」


祖父の目がますます不安な色に染まる。


「誰かがおばあちゃんに『あなたが殺した』……そう言ったら……」


浩太は唇を嚙み、言葉を切る。無意識に両手に力が入る。


「……そうしたら、その状況なら……パニくっちゃうよ。だから……利用されたんだ」

「犯人に、利用された。あなたはそう思っていたのですね」


桃香の落ち着いた声が、緊張した空気を優しく切り裂く。浩太は静かに頷いた。


「もし……もしそれが本当なら……」


祖父はその場で頭を抱え、深く肩を震わせた。


「私は……私が澄子を犯人にしてしまったんだ。私が、信じてやっていれば……」

「おじいちゃんは悪くないよ」


浩太は祖父の手に触れ、力を込めて言った。

お読みいただきありがとうございます。

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