陰影2-1-⑨:検事の面影と、胸に残った小さな疑問
「うん……実際、怖かったよ。迫力あったし。でも、男みたいって感じじゃなかった。寧ろすごい美人だった」
「美人?」
朝陽は目を丸くする。
「うん。本当に綺麗で……なんていうか、あんな人、初めて見た」
自分で言いながら、あの強い眼差しや、整った横顔がふっと脳裏に浮かぶ。ただの美しさじゃなくて、人を圧倒するような空気があった。
「へえ〜。浩太がそんなこと言うなんてよっぽどの美人なんだな。俺、見てみたいわ」
「見たいって……マジで怖かったって。すごい“凄味”があったんだよ。あ、そうだ、高校は“凰琳”って言ってた」
「凰琳?ってことは……お嬢様?」
「うん。そう言ってた。なんかさ、ちょっと変わってたんだよ。俺、『お嬢様なんですね』って、ちょっと嫌味っぽく言ったんだけど……表情一つ変えずに『そうよ』って返してきてさ。すっごく当たり前のことみたいに、言われ慣れてる感じ?」
思い返すと、あの落ち着きは単なる余裕ではなかった。生まれつき“揺らがない”世界の中で育った人間なら、ああいう表情になるのかもしれない。
「高校の時は運転手付きの車だって言ってたし、家事なんてしたことないらしい。メイドとか料理人が家にいるのが普通みたいな」
「すげえ……。お金持ちのお嬢様で、すごい美人で、しかも検事?なんか、光属性MAXって感じじゃん。いいなあ、凰琳。凰琳の子が彼女とかだったら自慢できる」
「何言ってんだよ。前は『凰琳の子ってツンとしてて好きじゃない』って言ってたくせに」
「え、俺、そんなこと言ってた?」
「言ってたよ」
朝陽は少し照れたように笑う。
「まあ……あれだよ。ちょっと取っつきにくいって意味でさ。でも彼女になったら話は別」
本当に朝陽らしい考え方だと、浩太は肩をすくめる。
「でさ……あ、そうそう。その検事さんが、帰る間際にちょっと気になること言ってたんだ」
「何?」
「同級生に“紫園寧々”っているか、って聞かれた」
「紫園さん?なんでまた?」
「分からない」
朝陽は腕を組み、うーんと唸った。
「紫園さんのこと……知ってるってこと?」
「それが、そうでもないみたいなんだよ。『どんな子?』って聞いてきたし。多分、会ったことはないんじゃないかな」
「そうなんだ。じゃあ、なんで……。紫園さんも事件と関係あるとか?」
二人は同時に顔を見合わせたが、すぐに首を横に振った。
「まさかね。あの紫園さんが」
「だよな。一瞬、俺も考えたけど……暗い事件とか、なんか、そういうのって紫園さんと結びつかない」
「じゃあ、何でなんだ?」
「……どんな子か聞かれたとき、さ。思ったままの印象を言ったんだよ。“男みたいで、物怖じしない子です”って」
「うん。それで?」
「そしたらさ……ちょっと笑ったんだよ」
「笑った?どうして?」
「分からない。でも……喋ってる時の表情じゃなくて、なんか、ほんの少しだけ嬉しそうに見えた」
「嬉しそう……?」
朝陽はますます首を傾げる。
「うん。あれは、なんだったんだろうな……。ただの気のせい、かもしれないけど」
「なんか、気になるよな。どうして検事さんが紫園さんのことなんて聞いたんだろ。紫園さん本人に聞いてみる?」
「本人に?」
「うん。もしかしたら心当たりあるかもしれないだろ?」
浩太は口を噤んだ。確かに、聞けば何か分かるかもしれない。桃香がなぜ寧々の名前を出したのか……気になって仕方がない。けれど――
「うーん……どうかなあ」
すぐには賛成できなかった。もし寧々に心当たりがなかったら、彼女も余計に不安になるのではないか。あの桃香の表情は悪い感じではなかったが、“検事”という職業が持つ重さがどうしても気に掛かる。浩太の胸の奥で、過去の出来事が静かにざわめいた。
(俺……こういう話になると、どうしても身構えちゃうんだよな)
何かの事件に関わっている、そう言われることの重さを嫌というほどよく知っている。そのざわめきは、まだ消える気配を見せていなかった。
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