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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第三章 陰影(いんえい)

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陰影2-1-⑨:検事の面影と、胸に残った小さな疑問

「うん……実際、怖かったよ。迫力あったし。でも、男みたいって感じじゃなかった。寧ろすごい美人だった」

「美人?」


朝陽は目を丸くする。


「うん。本当に綺麗で……なんていうか、あんな人、初めて見た」


自分で言いながら、あの強い眼差しや、整った横顔がふっと脳裏に浮かぶ。ただの美しさじゃなくて、人を圧倒するような空気があった。


「へえ〜。浩太がそんなこと言うなんてよっぽどの美人なんだな。俺、見てみたいわ」

「見たいって……マジで怖かったって。すごい“凄味”があったんだよ。あ、そうだ、高校は“凰琳”って言ってた」

「凰琳?ってことは……お嬢様?」

「うん。そう言ってた。なんかさ、ちょっと変わってたんだよ。俺、『お嬢様なんですね』って、ちょっと嫌味っぽく言ったんだけど……表情一つ変えずに『そうよ』って返してきてさ。すっごく当たり前のことみたいに、言われ慣れてる感じ?」


思い返すと、あの落ち着きは単なる余裕ではなかった。生まれつき“揺らがない”世界の中で育った人間なら、ああいう表情になるのかもしれない。


「高校の時は運転手付きの車だって言ってたし、家事なんてしたことないらしい。メイドとか料理人が家にいるのが普通みたいな」

「すげえ……。お金持ちのお嬢様で、すごい美人で、しかも検事?なんか、光属性MAXって感じじゃん。いいなあ、凰琳。凰琳の子が彼女とかだったら自慢できる」

「何言ってんだよ。前は『凰琳の子ってツンとしてて好きじゃない』って言ってたくせに」

「え、俺、そんなこと言ってた?」

「言ってたよ」


朝陽は少し照れたように笑う。


「まあ……あれだよ。ちょっと取っつきにくいって意味でさ。でも彼女になったら話は別」


本当に朝陽らしい考え方だと、浩太は肩をすくめる。


「でさ……あ、そうそう。その検事さんが、帰る間際にちょっと気になること言ってたんだ」

「何?」

「同級生に“紫園寧々”っているか、って聞かれた」

「紫園さん?なんでまた?」

「分からない」


朝陽は腕を組み、うーんと唸った。


「紫園さんのこと……知ってるってこと?」

「それが、そうでもないみたいなんだよ。『どんな子?』って聞いてきたし。多分、会ったことはないんじゃないかな」

「そうなんだ。じゃあ、なんで……。紫園さんも事件と関係あるとか?」

二人は同時に顔を見合わせたが、すぐに首を横に振った。

「まさかね。あの紫園さんが」

「だよな。一瞬、俺も考えたけど……暗い事件とか、なんか、そういうのって紫園さんと結びつかない」

「じゃあ、何でなんだ?」

「……どんな子か聞かれたとき、さ。思ったままの印象を言ったんだよ。“男みたいで、物怖じしない子です”って」

「うん。それで?」

「そしたらさ……ちょっと笑ったんだよ」

「笑った?どうして?」

「分からない。でも……喋ってる時の表情じゃなくて、なんか、ほんの少しだけ嬉しそうに見えた」

「嬉しそう……?」


朝陽はますます首を傾げる。


「うん。あれは、なんだったんだろうな……。ただの気のせい、かもしれないけど」

「なんか、気になるよな。どうして検事さんが紫園さんのことなんて聞いたんだろ。紫園さん本人に聞いてみる?」

「本人に?」

「うん。もしかしたら心当たりあるかもしれないだろ?」


浩太は口を噤んだ。確かに、聞けば何か分かるかもしれない。桃香がなぜ寧々の名前を出したのか……気になって仕方がない。けれど――


「うーん……どうかなあ」


すぐには賛成できなかった。もし寧々に心当たりがなかったら、彼女も余計に不安になるのではないか。あの桃香の表情は悪い感じではなかったが、“検事”という職業が持つ重さがどうしても気に掛かる。浩太の胸の奥で、過去の出来事が静かにざわめいた。


(俺……こういう話になると、どうしても身構えちゃうんだよな)


何かの事件に関わっている、そう言われることの重さを嫌というほどよく知っている。そのざわめきは、まだ消える気配を見せていなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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