陰影2-1-④:不穏な質問にざわつく胸中
「そ、そうなんですか……」
言葉がかすれてしまう。凰琳育ちという事実が、改めて彼女を別世界の人間に見せた。
「でもね、凰琳出身だからって、全員がそういう家の子ってわけじゃないのよ。私の友達は、全然普通の庶民の家の子だったし」
「庶民……」
その言い方が既に“庶民ではない”ことを雄弁に物語っていた。浩太と祖父が呆れるように目を丸くすると、桃香ははっとしたように小さく咳払いをした。
「ごめんなさい。少し話が逸れてしまったわね。元に戻しましょう」
桃香は姿勢を整え、僅かに息を吸ってから言葉を続けた。淡い香水の匂いがふわりと漂い、浩太は無意識に背筋を伸ばす。
「あなたが三芳梗子さんをどう思っていたのか、もう少し聞かせてほしいの」
「……どうしてですか?僕の気持ちなんて、事件に関係あるんですか?もしかして……僕が梗子さんを殺したとか、そう思っているんですか?」
思いがけず強い声が出た。自分でも驚くほどだった。桃香は浩太の顔を静かに見つめ返す。その目に動揺の色はない。直ぐに否定されると予想していた浩太は、逆に言葉を失った。
(え……もしかして本当に俺を疑ってここに来たのか?)
胸がじわりと冷たくなる。
「浩太、何を言っているんだ。そんなはずがないだろう」
祖父が先に口を挟む。声がいつもより少し震えていた。
「ですよね、検事さん。まさか、そんな理由で来られたわけじゃありませんよね?」
しかし桃香は祖父の問いにすぐ答えず、再び浩太を見た。その視線はまるで心の奥を指先で探られているようで、浩太は喉の奥がひきつる。桃香は表情を変えずに口を開く。
「どうして、そう思ったんですか?」
「どうしてって……梗子さんのことばかり聞くから、つい……」
桃香はゆっくりと頷く。
「さっき言った私の友達、心療内科医なんだけどその彼女が言っていたの。“人は心に全くないことを、不意にふいに口にしたりはしない”って。表面では意識していなくても、何か近しい感情が奥底に潜んでいるものなのよ、って」
その言葉に祖父が鋭い声を上げた。
「浩太が人殺しをしたと言いたいんですか!」
「おじいちゃん……」
浩太は立ち上がって祖父に手を置いた。祖父の指先が僅かに震えているのに気付く。
「大丈夫。僕がそんなことするわけないよ。大丈夫だから」
桃香は二人の様子を見て、静かに口を開いた。祖父が声を荒げても、浩太が睨みつけても、まるで風に揺れる草のように微動だにしない。
「すみません。私の言い方が良くなかったのかもしれません。ただ、一般的にそういう傾向があると言っただけなんです」
「一般的、だと?何が一般的なんだ?私たちはただ普通に暮らしたいだけだ。もう放っておいてくれ。これ以上、私の家族を……」
祖父の声は震えていた。
浩太はこんな祖父を初めて見た気がした。祖父は浩太の母の死体を山中に埋めた。そこだけ取れば冷酷非道な行いだ。それでも、浩太が覚えている祖父はいつも穏やかで声を荒げる様子を見せたことはない。桃香は祖父をじっと見つめる。その表情は厳しくも優しくも見え、何を考えているのか読み取りにくい。
「今も……ずっと苦しんでいらっしゃるのですね」
その言葉に、祖父の顔にかすかな苦悩と影が浮かぶ。
「私は……」
祖父はそれ以上、言葉を継げないようだった。祖父の様子に居た堪れない気持ちになる。
「もう帰ってください!僕たちは今、やっと平和に暮らしているんです!」
浩太が抑えきれず声を荒らげる。胸の奥が熱く、痛い。桃香はその言葉に一度目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「平和……本当に?」
「だから……!」
「苦しみは終わりません。起こった事実は消えませんから」
その言葉が氷のように刺さる。浩太は奥歯を噛みしめた。いつまでも、あの事件が自分たちの生活に影を落とす。それが悔しくて仕方がないのに、どうにもならない。桃香の言う通り、起こった現実は消しゴムで消すようには消えてくれない。そんな苛立ちが胸の奥で渦を巻いた。桃香は息を吸い、二人を真っすぐに見つめて口を開く。
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