陰影2-1-③:お嬢様検事が手繰り寄せる記憶の影
「三芳梗子さんのこと、どう思っていました?」
「え?」
想定していなかった質問に、浩太は一瞬言葉を失った。
「どうって……特に何も……」
「特に何も、ですか?好きとか、嫌いとかは?」
「別に……」
好きではなかった。むしろ苦手だった。けれど、死んだ人間に対して嫌悪を口にすることに、奇妙な抵抗を覚える。悪口を言うような感覚だ。
「先ほど、おじい様から伺ったのですが……おじい様がこちらに戻られた頃から、梗子さんは家に来なくなったそうですね。どうしてなのか、ご存じでしょうか? おじい様と梗子さんは、殆ど面識が無かったようですし、そのあたりのことをご存じなかったみたいで」
その指摘に、浩太の胸がずきりと痛んだ。確かに祖父が戻ってきて少し経った頃から、梗子はぱったり家に来なくなった。理由は分かっている。父が、彼女との結婚を拒んだからだ。浩太と舞奈が、父と梗子の結婚に反対したことがきっかけだった。
とは言っても、元々二人は恋人関係というところまでもいってなかった。多分、梗子の一方的な思いであったと思っている。ただ、そのあたりの事情は、祖父には話していない。話す必要もないと、皆どこかで暗黙に理解していた。
「それは……」
言いよどむ浩太の様子を、桃香は静かに受け止めた。
「梗子さんと、お母さんは仲が良かったんですか?」
「……さあ」
言葉に迷う。傍目から見れば、きっと親しい友人同士に見えたのだろう。結婚後も母の家に出入りしていたくらいなのだから。しかし実際には、母のためではなく父に会うために来ていたのだ。浩太はそう感じていた。
その事実を思うと、父を挟んで向き合う二人の関係が、どれほど複雑だったのか想像もつかない。互いに心に引っかかりを抱えながら、表では笑っていられる女性同士の関係など、浩太には到底理解できなかった。
「僕には分からないです……」
「分からないということは、仲が良かったと言い切れない、ということではありませんか?」
「そう……かもしれません。でも、女の人ってよく分からないんです。急に怒ったりするし……」
思わず頭の隅に和の姿が浮かぶ。突然、切れられたことがある。あのとき、何故、怒られたのか、理由はいまだに分からない。
「あら」
桃香の口元がふっと緩んだ。
「誰かに怒られたの?学校のお友達とか?」
「あ、い、いえ」
慌てて否定すると、子ども扱いされた気がして気恥ずかしさが込み上げた。
「あなたの年頃の女の子は、色々と複雑なのよ。……確か、明星学園に通っているのよね?」
「はい」
「あそこはとても良い学校ね。私が通っていた高校とは、いいライバル関係だったのよ。ただ、私が高校生だった頃からもう二十年近く経っているから、今はどうなのか分からないけれど」
「検事さんは、どこの高校だったんですか?」
「私は凰琳女学院よ」
「凰琳」
その名を聞いた瞬間、浩太は何となく得心した。凰琳女学院は、今でも明星学園と競い合う名門だ。学力もスポーツもレベルが高い。だが明星に通う子たちよりずっと金持ちの家の子が多い。
お嬢様学校として有名で、その生徒が近くにいると、周りが少し気圧される感じさえある。目の前の桃香を見ると、その印象はぴたりと重なった。
「じゃあ、検事さんもお嬢様なんですね」
さっき少し子ども扱いされた気がしたせいか、言い方がまた棘を帯びてしまった。
「ええ、そうよ」
しかし桃香は、気分を害した様子もなく、当たり前のように認めた。
「運転手付きの車とか、やっぱりあったりするんですか?」
「勿論。家では包丁なんて持ったこともないのよ。うちには専属の料理人も家政婦さんもいたし、掃除も洗濯も全部任せきりだったから。家事なんて、自分でするものじゃないと思っていたくらい」
皮肉のつもりで言ったのに、全然通じなかった。あまりにも自然に口にされるその環境に、浩太は目をぱちくりさせる。冗談かと思ったが、桃香は普通の日常を語るような顔をしている。祖父でさえ、ぽかんとした顔になっている。
お読みいただきありがとうございます。
いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。
今後ともよろしくお願いします。




