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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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【53】夜更けの訪問者(6)



「────心惑わすもの 悪しき戒めよ 砕け散れ────『解除』」


脳内に直接言葉を吹き込まれたような感触にメイベルは身体をびくりと震わせた。途端にすーっと思考が鮮明になり始める。背後からバタバタンと聞こえてきた、扉が立て続けに閉められていくような音がぼやけていた意識をさらに覚醒させていった。

ぱちぱちと瞬くメイベルの目に映ったのは、黒いローブとそれを握りしめる自分の手。


(……あ、れ? 私さっき、母様に……)


「メル、戻った?」

「え……?」


耳元で聞こえて来た声に顔を上げれば、魔法使いの青い瞳と至近距離で目が合った。


「はー、やばかったぁ。ギリギリ間に合ったな」

「アル……? ~~ぅわっ!?」


自分がアルフレッドの胸元にしがみついた状態で抱きしめられているのに気づいた。あまりの近さにメイベルが思わず彼の胸元をグイッと押し返したが、囲い込まれたまま放してもらえない。


「イタイイタイ、押さないで。最小限のおっきさの結界しか張れてないんだから狭いのは我慢してよ」

「どっ……!?!?」


これはどういう状況だと言おうとしたメイベルだが、アルフレッドの肩越しに見えたモノに息が止まりそうになった。アルフレッドの背後、二人をなんとか護れる程度の狭い結界のすぐ外に居たのは人の背丈ほどもある大きな狐のような獣。それが(あぎと)を大きく開けて結界に牙を立てていた。ふさふさした白に近い灰色の毛並みもだが、頭にある太く鋭い一本角も仄かに白く光っているように見える。

出かけた悲鳴を両手で無理やり抑え込んだメイベルを見て、アルフレッドが微笑む。


「偉いな、よく叫ばず耐えた。防音はしてないから叫ぶと神殿兵さんが来ちゃうからね」

「…………っ」

「大丈夫。落ち着いてゆっくり息して」


子供をなだめるような言い様に文句を言う余裕もなく、メイベルは口を押えたまま涙目でコクコクと頷いた。呼吸を整えようと努めながら、自分が何をしてどういう状況なのか必死で思い返す。


(アル達の話を立ち聞きしちゃった後、自分の荷物がある部屋に戻っていろいろ考えごとしてて……

そうだ、母様に呼ばれて……でも今目の前に居るのは、アル? あれ?)


思い出そうとしても混乱するばかりだし、目の前に自分達に敵意を向けてくる獣がいるのも恐ろしい。

それでも抱きしめてくれているアルフレッドの体温と息遣いで、なんとか少しずつ落ち着きを取り戻してきた。


「狐の、魔獣? ……ていうか、汗っ!!!」


獣の恐ろし気な姿に気を取られていたが、目の前の魔法使いの顔をよく見ればダラダラと滝のような汗をかいているのに今更ながらに気が付いた。


「うん、ちょっと、魔力が減ってて。

でもこれでも少しは回復したから。

倒れる前にメイベルがくれた薬草茶が効いてるんだと思う」


いつものようにヘラリと笑うアルフレッドだが、はっきりいって顔色は悪い。

触れている腕や身体からも、彼の体内魔力はまだまだ減ったままなのが伝わってきた。


「私が外になんて出たから……

ごめんなさい、澱みに当てられて魔力も枯れかけた状態で倒れてたのに」

「こっちこそ、驚かせてごめんね。意識飛ばしてぶっ倒れたのなんか久しぶりだったよ。

あのローゼルムもどきの話、聞いた?」


アルフレッドが倒れている間に、ローゼルムに似た植物──シャルテヴィーアが澱みごと魔素をため込んでいるという話をメイベル達も説明されていた。当てられてしまった澱み自体はメイベルがすぐ浄化魔法で取り除いたが、アルフレッドの体内魔力はかなり減ってしまっていた。なのに、メイベルを護るためさらに魔法を使わせてしまったらしい。


「ほんとにごめんなさい……でもどうして私、こんな時に外に……」

「コイツの幻惑にかかったんだと思うよ」


背後をちらりと伺いながらアルフレッドが言う。


銀鏡狐(ぎんきょうこ)。聞いたことない?

こいつは人の記憶や思念を読み取り、その人が強く思う対象の姿を幻影として見せて惑わせてくる。それに併せて弱いけど精神干渉もしてくる、質が悪い魔獣だ」

「魔獣の幻覚に惑わされたってこと……?」


説明を聞いて、メイベルはさきほど自分が見た母の姿は魔獣が見せた幻影だと知った。

今思えば、声のようなものを聴いた時から霞にかかったように思考がぼやけていた気がする。

メイベルは情けないとばかりに眉尻を下げ落ち込むが、アルフレッドはふるりと首を横に振った。


「銀鏡狐はほんとに厄介な魔獣だから仕方ないよ。それこそ、王立騎士団所属の高位魔法使いが軍務中に森で群れた銀鏡狐に出くわして命を落とした例もある。

今回は一匹でまだよかった。群れた銀鏡狐は、一匹一匹でじゃなく、群れ全体で一つの幻影を創り出すんだ。複数枚の鏡で反射した光を重ねるとより強く光るみたいに幻影がより本物と近くなるから、手練れの魔法使いでもやられかねないくらいの難敵だ」


そこまでの魔獣だったのかと、メイベルはあらためて身の毛がよだつ思いがした。

ただここは森の奥などではない。一国の首都の、さらには神聖とされる領域の内側なのだ。


「そんなのが、なんで神域内に……?」

「シャルティアの門があるからだよ」


零れ出た疑問に、アルフレッドはこともなげに答えた。


「妖精の世とこちらの世を繋ぐ門からは、妖精や魔素といっしょに魔獣も生まれ出るって話したでしょ?

魔獣って人は呼んでるけど、妖精同様、もとはあちらの世界からきた存在だ。

この個体はまだ妖精界の門を潜ってこちらに出て来たばかりで、存在がこちらの世界に固定されていない。こういう状態の(あやかし)を僕らは(おぼろ)って呼んでるけど。こちらの世界で何か食したりして魔素を取り込むことで、初めて安定した実体を持つに至るんだ」

「魔獣の幼生、みたいな感じ?」

「ま、そんなとこ。シャルティアの門が不安定になってるから、(おぼろ)も多く出てくるだろうし、澱んだ魔素が充満してるなら(おぼろ)はすぐにでも実体化、さらには狂化してしまう。正直、神域内は狂化した魔獣だらけかもって思ってたんだよ。あのローゼルムもどきが魔素を澱みといっしょに吸着してくれてるおかげで、そこまでの事態に陥らずに済んでるみたい」


いやぁよかったよかった、などと軽口を叩きながら、アルフレッドは依然二人を包む結界に牙や爪を立てる銀鏡狐を見遣る。


「で、後はこいつをどうにかしなきゃ、なんだけど」


そこで口籠ったアルフレッドにメイベルは首を傾げる。

銀鏡狐なるこの魔獣が厄介なのは分かった。けれど、一人で魔獣討伐出来るくらいには強いと豪語していた彼にしては歯切れが悪い気がした。


「もしかして倒し方も厄介だったりするの? 特殊な武器や魔法がいるとか」

「まあ、だいたい正解。

銀鏡狐自体はさほど攻撃力も高くないから、普通なら幻影魔法を破ってさえしまえば問題ない。

ただ銀鏡狐に限ったことじゃなく、(おぼろ)の状態の妖には物理攻撃も魔法攻撃もほぼ効かない。この個体は多少実体を持ちかけてるみたいだからこうして結界で防げてるし魔法での攻撃は少しは効くかもだけど────」

「メイベル!!」

「レッド!ここを開けんかっ!」


内容のわりに緊張感のないアルフレッドの声に被るように、背後の小離宮の方から大きな声がした。

振り返ればサリシャとローゼスが二人を呼びながら玻璃の窓をバンバン叩いているのが見えて、あっちはあっちでどういう状況だとメイベルは怪訝そうに眉を顰めた。


「叔母上たちには悪いけど扉や窓に元々仕込まれてた施錠魔道具をちょちょいと起動させて閉じ込めさせてもらっちゃった」

「閉じ込め!?」

「いやだって、下手に外に出てこられたら銀鏡狐の標的があっちに移るかもだし。

それに現状物理も魔法も効かないから、正直手伝ってもらえること無いし。

にしてもあの施錠魔道具、蹴破って逃げられないよう窓や扉の強化機能もついてるぽいね。シャルティアの魔道具技術、侮れないなぁ」


アルフレッドは悪びれる様子もない。言わんとすることは分かるがとメイベルは一瞬言葉を失ったが、すぐに現状を思い出しフルフルと頭を振った。彼らの増援がないのなら、目の前の銀鏡狐には二人で対処しなければいけないということだ。


「物理攻撃も魔法も駄目。だったらどうすれば?」

「僕達二人が一緒なら、対処できる」


どこか聞き覚えのある台詞に、メイベルがはたと気が付いた。

先ほどメイベルが特殊な武器や魔法がいるのかと訊いた時、アルフレッドは『だいたい正解』と言わなかったか。


「もしかして……ケッタで使った、見たら駄目な特別な魔法?」

「大正解」


アルフレッドが口角を上げニヤリと笑った。


「あれなら(おぼろ)相手にも効果がある。ただものすっごく魔力を使うから、このまま使ったら僕は魔力が枯渇して、下手したら死ぬ」

「いや、それ絶対やっちゃ駄目なやつでしょ!」

「このままだったらね。だからここでメルの出番。僕たちが今立ってる結界内だけでいい、浄化魔法をかけて欲しいんだ。

僕が魔力を補うため循環させる魔素が、足元にあるから」


足元に、と言われてメイベルが反射的に下を見る。二人が踏みしめている地面には、薔薇色の蕾を畳んだシャルテヴィーアがあった。


「まさか……シャルテヴィーアから魔素を取り出すつもり? さっきこれから出た澱みに当たって倒れたばかりじゃない!」

「まずメイベルの浄化魔法で結界内を満たしてもらって、その上で僕が風魔法で葉や茎を切り裂けば溜め込まれた魔素が溢れ出す。一緒に澱みも出るけど、まあすぐに浄化されるはずだ。

浄化された魔素を循環させれば、魔力がある程度は戻せるって寸法さ」

「そんなうまくいく!? しかもこんな狭い結界内にあるだけのシャルテヴィーアじゃどれほどの魔力も戻らないんじゃ……」

「試す価値はあるよ。頑張れば短剣くらいは出せると思う」

「短剣……!?」


最後の一言は理解できなかったが、試す価値はあると言うアルフレッドの声はおふざけで言っているようには感じられなかった。それに、こうして議論している間もアルフレッドの魔力は結界を維持するために削られ続けている。今の彼の状態ではいつまでもつかわからない。


(おぼろ)は魔獣同様、魔力の多い者を狙う傾向がある。

今こいつは僕らに狙いを定めてるけど、神域内には魔法使いの素養がある神官や神殿兵がわんさかいる。

他に標的(ターゲット)を見つけて移動してしまう前に倒したい」


いずれにせよ迷ってる時間はないと言いたいのだろう。


「できるよね?」


アルフレッドは囲っていた腕を緩め、畳みかけるように訊いてくる。メイベルはしかめっ面でちょっとだけ唸った後────腹を括った。


「……やるしかないんでしょ!?」

「そうこなくっちゃ」


ニッと笑ったその顔が憎たらしくて、メイベルはくるりと回れ右してアルフレッドに背中を向けた。その両肩に、彼の手がふわりと乗せられる。伝わってきた掌の感触にメイベルがハッとなった。


(そういえばさっきも今も、腕輪をしてないアルに触れられてるのに……)


アルフレッドはかなり魔力が減った状態であるはずなのに、二人の間に例の魔力移譲現象は起きていない。あれほどまで魔力を吸われる感覚に怯え、また秘密にしなければと思い詰めていたというのに。


(そもそも、勘違いだったのかも? だったらほんとに、私って馬鹿みたい)


メイベルは自嘲するような笑みを浮かべる。

アルフレッドがこれから用いる特別な魔法は、知ればその記憶を消去されるほどの秘匿事項らしい。

でも、いっそその方がいいのかもしれないとメイベルは思う。そうすれば、何もかも忘れられれば、また静かな村の生活に戻ってもきっと苦しいも寂しいも感じずに済むだろうから。


「旅の終わりに私が記憶を消されちゃう可能性がより高くなったわけね」


自棄っぱちっぽいメイベルの台詞に、彼女の肩に乗った掌がピクリと動いた。同時にメイベルの耳に背後から小さくため息が聞こえてきた。


「僕は……」


呟くほどの小さな声が落ちる。


「旅が終わった時、君が、他の選択肢を選んでくれることを願ってるよ」

「え……?」


肩に乗せられた掌の重みがふっとなくなった。慌てて振り返ってみたがアルフレッドはすでにメイベルに背中を向けていて、その表情は分からなかった。

他の選択肢についてアルフレッドは何と言っていただろうかと考えそうになったが────


「メル、浄化魔法を」


真剣な声音に、今はそれどころではないと思い直す。

あらためて彼に背中を預けるように立ったメイベルは、浄化魔法を発動するため魔力と呼吸を整えた。


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