【50】夜更けの訪問者(3)
チビの頃から倒れるのなんてしょっちゅうだった。
悪い物を食べた時などに嘔吐や下痢の症状が出るように、魔素の澱みに当たった身体はそれを害あるものとみなして体内の魔力と一緒に排出しようとする。それは人間の体にもともと備わっている自浄作用のようなものだ。
僕の場合、澱みに当たった中毒症状も他の人より酷く出るのだが、自浄作用による魔力減少具合がちょっとばかり過剰らしくて。しかも魔素を巡らせて魔力を生み出すのに特化したような体質のせいで、澱みを出すため減った体内魔力を補おうとして魔素を澱みごと取り込んでしまい更に状態が悪化してしまうという悪循環がついてくる。
だから澱みに当たった時に倒れる原因は、中毒症状による体調の悪化と魔力の急激な減少によるものが半々くらいだ。
成長するにつれ魔素中毒への耐性も少しはついたし、体内魔力残量や減り具合も自身で把握してある程度コントロールできるようになってきた。
だから、ここまですこんと完全に意識を失うような事態は本当に久しぶりだ。
* * *
「あ、たんこぶ出来てら。持ってきた薬に打撲に効く軟膏があったか見て来るね」
薄らぼんやりした意識の中、そんな声を聴いた気がした。
ぱたぱたと軽い足音が離れていくのに妙な焦燥を覚えて、急速に意識が浮上した。
アルフレッドは重い瞼を押し上げ周囲をうかがった。
見覚えのない部屋にいるのは理解した上で、まだふわふわと揺蕩う意識の中から記憶を浚うがうまくいかない。
指先を動かすのも億劫なほどのこの倦怠感はよく知っている。これは澱みによる中毒症状ではなく、魔力が減りすぎて魔力切れを起こしかけている状態だ。
徐々にはっきりしてくる思考で、アルフレッドは意識を失う直前のことを思い出した。
『絶対にその結界を解いてはなりませんっ!』
常に冷静沈着な魔法人形には珍しく、酷く焦った声で制止されたのは覚えている。
だが時すでに遅く、アルフレッドはローゼルムもどきを包み込んでいた結界を解いてしまっていた。
濃い魔素の澱みが広がり、その元であるローゼルムもどきを掌で受け止めたところで、記憶がプツリと途切れている。
(魔素循環による魔力回復を抑制した上、使用魔力が小さいものとはいえ魔法を頻発して体内魔力が減った状態だったところに、濃い澱みを浴びたため身体が反射的に澱みを排出しよう過剰反応して魔力を一気に失った。そんなとこだろうな)
現状を冷静に分析しつつ身体を起こそうとすると、途端に側頭部に鈍い痛みを感じた。重怠い手を動かして確かめてみれば、それほど大きくはないもののこんもりとした膨らみがある。どうやら気を失って倒れ、おまけに頭をぶつけるか何かしたらしい。
側頭部に当てていた手で目元を覆って、アルフレッドが唸った。
「…………カッコ悪」
「気が付かれましたか?」
かけられた落ち着いた声に怠さに抗しながら目元を覆う手を少しずらして見れば、扉を閉めて歩み寄ってくる人物と目が合った。
「……他の皆は?」
「サリシャ様とヴィーゴ様は、殿下の容態が安定したのを見届けて先ほど休まれました。
後できっちり締めるから覚悟せよ、と、サリシャ様より伝言を承っております」
「えっ……ヤだなぁ……」
叔母からいつも以上に長々とされるであろう説教を思うと逃げ出したくなるが、ここは甘んじて受けるしかないとアルフレッドは腹を括る。
そして、一番気になる人物の行方を尋ねた。
「メル、は……?」
「ついさっきまでここに居たのですが、貴方のたんこぶに塗る軟膏を取りに行きました」
「ぅ……」
「お倒れになった際に少し頭をぶつけられています。
吐き気や頭痛などはありませんか?」
「それはないですけど、自分が情けなくて心が痛いです……」
メイベルの前で無様に倒れた挙句にたんこぶをこしらえて薬を塗ってもらうことになるのかと、アルフレッドは暗澹たる気持ちになる。叔母の説教よりそっちのほうがもっとダメージが大きい気がした。
「あのローゼルムもどき、一体何なんですか?」
結界で刈り取ってきたあの植物が手に触れた途端、濃い澱みを食らったのは覚えている。ローゼルムに似た姿だが、濃い色をした茎から染み出た黒っぽい汁も。
眉間に皺を寄せるアルフレッドに、ローゼスは静かに説明した。
「シャルテヴィーア――――この国の古語で“神の恵み”と呼ばれる植物です。
周囲にある魔素を取り込んで凝縮し、溜め込む性質を持っています」
「あー……」
周囲の魔素を取り込むと聞いてすぐにアルフレッドは何かに思い至った。
「だから、神域内の魔素がすっからかんだったわけか」
「おそらくは。あれだけ神域中のいたるところに生えていれば、周囲の魔素は悉くシャルテヴィーアに取り込まれてしまっているでしょう。
しかもここの魔素は澱みを含んでいますから、魔素ごと澱みも取り込んでいるはず。取り込んだ魔素は、根や茎、葉を千切ってしまうと樹液と共に沁み出してきます。
なので、私は根や葉を傷つけないよう採集してきたのです」
「僕は結界使ってすっぱり刈り取っちゃったから、魔素と一緒に澱みが溢れ出てしまったんですね。
神域の秘密についての話も中断させちゃったし……」
アルフレッドが倒れてしまったのは、ローゼスの口から制約魔法で縛るほどの秘密について語られる、まさにその直前だった。
自分が問いただしておいて、ようやく口を開く気になってくれたローゼスの話の腰を折ってしまったのだ。そう考えるとアルフレッドはいたたまれなすぎてもう一度気を失ってしまいたくなった。
眉間に皺を寄せ何とも言えない顔になった王弟殿下に、ローゼスは思わず苦笑する。
「話の続きはまた明日、皆様が揃った状態であらためていたしましょう」
「はい……。はぁあぁぁ……」
仰向けに寝転んだままの状態で両手で顔を覆い、アルフレッドは盛大にため息を漏らした。
「メルにはカッコ悪いとこばっかり見られてる気がするなぁ……」
「最初の出会いからして、澱みに当たってるところをメイベルが介抱したのでしたっけね」
劇的な出会いと言えばそうですけど、と付け加えるローゼスに、アルフレッドはぐうの音も出ない。
最初の数回などずっと具合を悪くして倒れているところを、浄化魔法や薬草の処方で助けてもらっていた。要は薬草師とその患者である。
「これじゃまだ“ウィル”や“マテオ”よりも遠いんだろうなぁ……」
アルフレッドの口から見知った名前が出てローゼスは一瞬怪訝そうにするが、すぐに言わんとすることを理解した。
「ずいぶんと、あの子を気にかけてくださっているのですね」
「……婚約者にカッコ悪いところは極力見せたくないのが普通でしょ?」
「何度も申し上げておりますが、それはあくまで役。
どうしてそこまで気に病むのです?
所詮、目的ある旅の途上で同行することになった、それだけの間柄でございましょう?」
ローゼスに畳みかけられ、アルフレッドがまた黙った。
あくまで役であり期間限定のものだと、メイベルからもきっちり線を引かれていた。
口喧嘩になったりもした当初に比べれば今は良好な関係になってはいるとは思う。とはいえ、まだまだ友人に毛が生えたくらいの関係性だ。メイベルにとっての自分は幼馴染や顔見知りの神殿兵よりも親しい間柄とは言えないだろうと思うと、アルフレッドの中に今まで感じたことのない感情が生まれる。
終わりがある関係であるのを当然と思われている。拒絶されているわけではないが上手く近づけない。
焦りと寂しさが混じったような息苦しさを覚え、アルフレッドは両手で顔を覆ったままで唇を引き結ぶ。
しばしの黙考の後、アルフレッドは重怠い身を起こし、ベッド脇の椅子に腰かけ自分を見つめていた魔法人形と視線を合わせた。
「それだけで終わらせるつもりがないと言ったら、どうしますか?」




