【47】血の繋がりってなんだろう
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「こちらの小離宮をお使いいただくようにと、大神官様より言付かっております」
案内されたのは大神殿に向かう石畳を一本逸れた脇道の先にある二階建ての建物で、他の場所同様敷地いっぱいに例のローゼルムに似た草が繁茂していた。
身の回りの世話をする使用人は断ったので、ここまで案内してくれた神官が去れば小離宮には一行だけになった。ただ、監視の目はあると思った方がいいだろう。
最初にメイベルが、一番皆が集まりやすい居間兼応接室のような部屋で手製の魔道具を使い謁見前に施したのと同様の処置を行った。
その様子を見て使い方を教わったサリシャとヴィーゴが、各部屋に埋設された魔道具の探査と防音結界スタンプを押して回るのを自分達が引き受けると申し出た。
「気を張っていて疲れただろう、メイベル殿。あとは我々がやるから休んでいるといい」
「え? いやそれほど疲れては……」
「まぁまぁそうおっしゃらずに、ゆっくりしていてくださいメイベル嬢。
警備する都合、建物の構造は頭に入れておきたいのもありますし。
なにより初めて見る魔道具ですし使ってみたいです!」
それぞれ『蝶子さん』と『ないちゃん』をメイベルから半ば強引に受け取ると、サリシャとヴィーゴは小離宮内の各部屋を順に巡って行った。
皇王殿に比べれば些か、いやかなり古めかしくはあるが、それでも離宮と呼ばれるだけあって外観も室内もそれなりに凝った美しい装飾が施され、調度品にも高級感がある。それでも、外国からの賓客、しかも王族一行をもてなすには貧相な建物と言えなくもない。
『蝶子さん』を操作しながらサリシャは思う。
(まあ、部屋数が少ないからこそこうして手作業で探査できているわけだが。だだっ広い建物では警備もしづらいしな)
そこへ、壁に防音スタンプを押し終えたヴィーゴが何やら難しい顔で歩み寄ってきた。
「名前を呼ばれませんでしたね」
「なんのことだ?」
「シャルティア皇王です。メイベル嬢の名前を、一度もお呼びになりませんでした」
「ああ……」
サリシャは謁見の間での様子を思い出してみる。
ヴィーゴの言う通り、皇王カイルゼンがメイベルに向けて発した言葉といえば、薔薇色の瞳を持つ娘よという最初の声掛けと、選定の儀への参加を求める宣下。それから────
『あれには似ていないな』
温度の感じられない声音が耳に甦り、サリシャの表情が曇った。
皇王にしたら、留学していた先の外国で知らぬ間に生まれていた娘なのかもしれない。
それでもあそこまでなんの感情も抱かないものかと、同じ子を持つ親としてサリシャには共感できなかった。
心配なのはメイベルの方だ。
実の父からの情が全く寄せられていないのを彼女自身も感じ取っているだろうが、それに対して特に何も思っていないように見える。
気丈に振舞っているのかと大丈夫かと様子を窺ってみたのだが。
『とりあえず第一段階クリアですね』
小さく拳を握って見せた少女は、一国の王への謁見を無事乗り切ったこと、予定通りに選定の儀に参列することで妖精シャルトが待つシャルティアの門の場所へ入る許可が下りたことのみを純粋に喜んでいるように見えた。
血の繋がった肉親にようやく会えたという感慨も、その肉親から愛情を全く向けられないことへの失望も、微塵も感じていないメイベルに、見ている方が複雑な気持ちに襲われた。
同じように感じたから、ヴィーゴもこの表情なのだろう。
二階での作業を終え、二人とも無言のまま階下に降りる。小離宮の周囲に接近感知魔道具を敷設しに行っていたローゼスがちょうど戻ってきて、念のために付けたままだった白銀の仮面を外しているのが見えた。アルフレッドが掛けていた幻影魔法は解かれているので、傷跡のないローゼスの素顔が露わになる。
人間と見まごう程に精巧な魔法人形。
メイベルは、彼女の母である黒髪の魔法使いと、その従者として傍に置いていたこの魔法人形だけが自分の家族だと言っていた。
フェアノスティの魔法使いである自分達だからこそローゼスが人でないことは見抜いてしまったが、魔法の素養のない者相手なら『親子である』という設定で通し、疑われることもなかったという。そのくらい、メイベルとローゼスの関係は近しいものだ。
(彼がいるから、メイベル殿は皇王との対面で揺るがずにいられたのだろうな)
* * *
一方、小離宮内の応接室では、メイベルがアルフレッドのためにいつもの魔力回復用薬草茶を煎じていた。おかげで室内には、神皇国の方で用意されたお茶の甘い香りに代わって、ローゼルムの爽やかな香りがいっぱいに漂っていた。
応接室に残ったもう一人、魔力温存のために大人しくしていろとサリシャに言い渡されたアルフレッドは現在、ソファに座ってぶすくれている。
なぜだか、あれほど首都内に溢れていた澱みが神域内では全く感じられないものの、漂う魔素もほとんどない状態なので彼は魔素循環による魔力回復が出来ない状態だ。魔力を温存しろと言われたがために何も手伝うことができない上に、魔力回復もできない抑うつ感でだんだん機嫌が悪くなってきたところだ。
澱みがないのだから楽でいいじゃないかとメイベルは宥めようとしたのだが、それはまた別の問題だと盛大に眉を顰められてしまった。
「神域は空っぽだ。澱みもないけど魔素もほとんどない。
アクはないけど味も具もないスープみたいだ」
「それはただのお湯ってことかな?」
相変わらず独特の喩えで説明するアルフレッドに、メイベルは苦笑しながら小さくため息をついた。
「ため息」
それに目ざとく気付いたアルフレッドが問うてきた。
「やっぱり疲れた?」
ソファでクッションを抱えてジーっと見てくる王弟殿下に、メイベルはふるりと首を横に振った。
「大丈夫。サリシャさんたちにも言ったけど、特に疲れたりはしてないよ」
「じゃあ何か悩み事? 確かに、まだ神域入り初日だし、これからやらなきゃいけないことが山積み状態だけど」
「……それはそうなんだけどさ。
ただなんていうか、サリシャさんたちに気を遣わせちゃったかなぁ、と思って……」
「なにが?」
「私が皇王サマに相手にされてなかったことで傷ついてるんじゃないかって、心配してくれたのかも」
メイベル手製の魔道具を持って応接室を出て行ったサリシャ達の様子を思い出す。
『気を張っていて疲れただろう、メイベル殿』
『まぁまぁそうおっしゃらずに、ゆっくりしていてください』
彼らが自分を心配してくれたのは気づいていたが、不憫だと思われたのだとしたらそれはちょっと違うなとメイベルは思う。
「……ほんと、全然気にしてないんだけどな」
「他人だからね」
ハッとして視線を遣れば、さっきまでの不機嫌さを少しだけひっこめた澄んだ青い瞳と目が合った。
さらりとアルフレッドが言った言葉は、メイベル自身がカイルゼン皇王を前に思ったことと同じだった。
血が繋がってるかも(というか実際繋がっているらしい)というだけで何か情が沸くものだろうか。それが普通なんだろうか。ならばこんなにも何も感じない自分は薄情な人間だったということなのだろうか。
「……血の繋がりってなんだろうね」
「血縁関係にある、っていう、単なる事実。ただそれだけだよ」
「単なる事実、か」
「それがあるというだけで無条件に信頼や愛情が生まれるわけじゃない。
これまでの君の人生にも、この先の人生にも、あの人は関りがない。だから気にしなくていい」
すっぱりと切り捨てるような言い方だったが、それでもアルフレッドの声音にはメイベルへの気遣いのようなものが感じられた。
「もしかして、アルも慰めてくれてる?」
「事実を言ってる。
これまでは魔法使いのお母上がいて、ローゼスさんがいて、他にもナザレも。薬師の村の人たちもいたし、今は叔母上やヴィーゴもいる。
なにより、僕が傍にいる」
自分が傍にいるから大丈夫だと真剣な顔で告げるアルフレッドに少しだけ目を瞠った後、メイベルはやっぱり慰めてくれているんだなとほわりと笑んだ。
「ありがと。まあ今だけ、期間限定の仮婚約者だけどね」
「この際ほんとにしちゃおうか?」
「なに言ってんの。やーだよ。そんな適当なプロポーズ」
「じゃあ今度ちゃんとしたプロポーズ、するから」
いつもの流れで揶揄われたのだと思ったメイベルは、薬を煎じる手元に視線を戻しながら「ハイハイ楽しみにしてるね」と受け流した。
流されたアルフレッドはむすっと不満顔になったものの、気を取り直して周囲を見回してそこに漂う魔素に目を凝らす。魔力止めの腕輪を外した手を空中に翳し「やっぱだめだ」と恨めしそうに呟いて、再び腕輪に手を通した。
「魔力循環はほんの少しもできない?」
「無理。漂っている魔素が少なすぎる」
確かに、メイベルも神域内の澱みと魔素量の希薄さは疑問には思っていた。
「ベーゼ市街は神域に近ければ近いほど澱みが濃くなってたのに、神域内がこんなに清浄な状態なのは確かに変だよね」
「澱みはない。けど、門があるだろう大神殿の地下の方からは狂化一歩手前の妖精の気配は感じる。
だから状況が良くないのは変わらないんだけどね」
「たしかに、足元の方から重い気配は漂ってきてるね」
メイベルは作業を終えると、手に持っていた出来立てほやほやの薬草茶のカップをソファに座るアルフレッドに差し出した。
「はいできた。
……ところで、ほんとにまた原液で飲むつもり?」
カップに入ったとろりとした薬草茶は煮出した後、濾しただけの状態。つまりアルフレッドが初めて薬草店で口にしたとき同様、薄めていない原液だ。
「水だろうがなんだろうが、何かで薄めたらその分飲む量が増えるじゃないか」
「そりゃそうだけどさ。
まぁ、アルがいいなら止めはしないけど」
ずい、とメイベルが差し出したカップを受け取ると、アルフレッドは少しだけ躊躇いながらもぐいっと呷った。
「~~~~~~~っ!」
「お水は?」
「……いらないっ」
そう言って、アルフレッドは空のカップを受け取ったメイベルにぎゅうっとしがみ付いた。
苦いクスリが嫌だと泣き喚く村のちび共と同じような反応である。
「大の大人が子供みたいに」
「……大人でも苦いもんは苦いんだっ!」
「飴玉でも用意しようか?」
「………………いらないっ」
「今ちょっと迷ったよね?」
震えながら苦みに耐えている背中をぽんぽん叩いて宥めながら、何をそんなに意固地になることがあるんだろうと思わず笑ってしまう。
アルフレッドの震えが止まるのを待っていると────
「何をしていらっしゃるのです?」
声がしてハッと顔を上げれば、いつ来たのか二人のすぐ傍、アルフレッドの背後にローゼスが立っていた。
メイベルにくっついたままのアルフレッドの肩に、白い指先ががっしりと食い込んだ。
「アルフレッド殿下。メイベルから離れてください」
「婚約者とのスキンシップで……」
「あくまで婚約者役でございましょう?
今は仲間のみなのですから適切な距離を保ってください、殿下」
「いてっ、いででで」
指にさらに力が込められた時点でアルフレッドがギブアップする。
「わかった離す、離すから放してっ」
べりっとアルフレッドを引きはがし、ローゼスがメイベルを取り返した。
「まったく、スキンシップ過剰です。適切な距離を保ってください」
「婚約者の保護者が厳しい」
「私はアシュリー様からメイベルを託されているのです、当然でしょう」
ふん、と胸を張るローゼスに、メイベルも嬉しそうに笑う。
「私には世界一の保護者だよ」
三人のそんな遣り取りに、ローゼスと共に応接室に戻ってきたサリシャとヴィーゴはほっとしたように視線を交わしたのだった。




