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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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【48】夜更けの訪問者

また少し間が開いてしまいました。

ブクマに評価、本当にありがとうございます。ものすごく励みになってます。

メイベル達が神域に入った日の深夜──────

黒装束に身を包んだ者が数名、必要最低限の灯りのみが残る小離宮に忍び寄っていた。


「静かだな……」

「ようやく()が効いたということか」

「見張りの護衛も立っていない。全員眠ったようだな」

「よし、行くぞ」


草を踏む微かな音とともに黒装束達は建物に近づいてきた。無防備に開け放たれた窓を見つけると、合図を送り合いながら忍び寄り、そこから屋内へと順に足を踏み入れた。

忍び入った部屋は応接室兼居間。薄明りのみに照らされた室内を見渡せば、食卓として使われた長机のところの椅子に三名、応接セットのソファに寄りかかるようにして座った二名。それぞれ夜着に衣服を改めることもなくぐっすりと眠っていた。

黒装束達は長椅子にいる豪奢なドレス姿の若い娘を指差し互いに頷き、そちらへと近寄ろうと足を踏み出した時だった。


ふわり


濃く甘い香りが彼らの黒い覆面越しの鼻腔に届いた。


「この匂いは……?」

「静かないい夜だね」

「っ!?」


不意に背後から掛けられた声に黒装束達が振り返れば、薄暗い室内に忽然と、フードを目深に被り顔を隠した黒いローブの人物が姿を現していた。


「貴様……何処からっ」


黒ローブの周囲から流れ出る不自然な風の動きに乗り、彼の手にした物から立ち昇る薄い煙とともにさらに濃い香りが黒装束達を包み込んだ。同時に紡がれた魔法が絡みつき、彼らから緩やかに正常な思考を奪い去っていく。


「『眠れ』」


完成した眠りの魔法により黒装束達は呻き声一つ上げずにその場で昏倒していった。倒れた黒装束達の身体を浮遊魔法を使って移動させ一か所に纏めると、黒ローブの男は手にした小さな携帯型香炉を倒れた彼らの傍に置いた。最後に黒装束達の周り以外に煙が漏れ出ないように風魔法で簡易の結界を張り終えると、黒ローブ姿のアルフレッドは口元を覆った覆面を下げた。


「思った以上に効くね、コレ」



 * * *



ことの発端は、小離宮に着いてすぐの頃まで遡る────


「…………それが、あの甘ったるい匂いのもとだと?」

「そうです」


メイベルは手に持った茶葉の缶をパカリと開き、応接室に用意されていた茶器の皿の上に少量を取り出して見分していた。

乾いた茶葉を指先でちょいちょいとつつくようにして選り分け、中に混ぜ込んであった青味がかった花弁を指し示す。


「ジイユという薬草です。独特な甘い香りが特徴で、花や葉を乾燥させて用いることが多いです」

「それは毒なのか?」


サリシャが気色ばむが、メイベルは即座に首を横に振った。


「いえ、致死毒や麻痺毒ではありません。

ただ、処方によっては暗示にかかりやすくなったり、思考力を鈍らせたりする効果もあるんです。

依存性がないのは救いではあるんですが、まあいろいろと良くない使われ方をしたせいで、フェアノスティでは医師や薬草師が処方する以外での使用は一般的に禁じられています」


皇王殿にて謁見の間へ向かう前に待たされていた部屋にも、同じ香りのするお茶が用意されていた。

ジイユの混入にいち早く気付いたメイベルとローゼスの助言により、実際にそれらを口にすることは避け、念のため飲んだように見せかけるよう茶器に細工しておいたのだった。


「経口摂取が主な用法ですが香りでも僅かに効果はあります。

ほんの少量でしたら、寝つきが悪い人に処方することもありますけど……」

「このお茶に交じっているのは安眠目的ではなさそうな量、ということか」


メイベルとサリシャの会話を聞いていたアルフレッドが、横から手を出し選り分けられた青い花弁を摘まみ上げる。それをしばし見つめた後、徐にメイベルの鼻先に翳した。

一瞬何のつもりかと首を捻ったメイベルだったが────


「メルは僕のことを好きにな~る」

「………………………………………あ゛?」


真剣な面持ちでふざけた悪戯を仕掛けてくる王弟殿下にメイベルからいつもの数倍低い声が出た。

効かないじゃんコレと摘まんだジイユに文句を言うアルフレッドを、お目付け役二人は呆れ顔で、ローゼスは絶対零度の視線でじとりと見た。


「……あのねぇ、私は薬草師でもあるんだよ?

薬草扱う人間がちょっと匂い嗅いだぐらいでいちいちその効能に当てられてたんじゃ仕事になんないでしょ?」

「それもそうか……耐性が付くように訓練したってこと?」

「そーいうこと。アルは平気なの?」

「王家の生まれの者はもともと毒の類には強いんだ。もちろん、各種薬剤の耐性訓練も受けるよ。

まあ僕の場合、澱みには激弱なんだけども。」

「魔素の澱みは毒の類とは全くの別物だものね」


アルフレッドが摘まんでいたジイユの花弁を茶葉の缶にパラパラと入れると、サリシャが缶の蓋をこれでもかというくらい固く閉じて元の場所へと戻しに行った。さっきまで冷たい目でアルフレッドを見ていたローゼスは、ヴィーゴと共に小離宮の構造をざっと図に纏めているようだ。

手持無沙汰になったメイベルがソファに座ると、同じくやることのないアルフレッドも並んで腰を下ろした。

メイベルは隣の男を横目でじろりと見た。こうして隣に並んでいるのもこの旅の間だけだというのに、事あるごとに自分を揶揄ってくる。彼にとったらただの軽口でそんなのに反応を見せるのは自意識過剰だと言われればそうなのだろうが。


(だいたい、私がアルを好きになる暗示をかけてどーするっていうのよ!?

あぁもうっ、こんなことでうだうだ悩んでる状況じゃないってのに……!)


その時、部屋の隅に置いていた侵入検知魔道具の親機が警告音を発した。ローゼスが建物の周囲に敷設してきた子機に、誰かが接近してきたのだ。メイベルの埒もない思考は霧散し、応接室内の少し緩んだ空気にも一気に緊張が走る。

すぐさまヴィーゴが窓辺に寄り外の様子を確認してみれば、神官姿の女性と男性数名が近づいて来るのが見えた。


「食事を運んできてくれたようですが、レッド様、どうしましょう?」

「食事、ね」


お茶に混ぜ物があったのが判明したばかりだ。何もないと考えない方がおかしい。


「相手の出方ももうちょっと見たいし、とりあえず受け取ろうか」

「了解っす」

「なら、私が対処しよう」


侍女らしからぬ口調で応じた後、あらためてにこやかな微笑を作り上げたサリシャが小離宮入り口で誰何した神官たちに応対した。

料理を乗せた移動棚とともに入ってきた数名の神官たちが、応接室の長机の上に料理を配膳していく。そのまま給仕をすると申し出られたが、配膳だけしてくれればいいと言って彼らには一旦下がってもらった。

監視の目が無くなったところで届けられた食事にサリシャが鑑定魔法をかけてみれば、命を脅かすような毒は盛られていなかったものの、やはりスープと食前酒には眠り薬が仕込まれていたのだった。

食事が終わる時間を見計らい食器を下げに来た神官は届けた時に比べて人数も増えており、しかもメイベル達が誰一人眠っていないのを見て僅かにだが動揺する様子を見せた者もいた。

これは勘違いや思い込みではなさそうだと灯火を落とした状態で待ち構えていたら、案の定、数名の男が屋外の警戒線を超え小離宮に侵入してきたというわけだ。


 * * *


黒ローブのフードを外したアルフレッドが幻影魔法を解除すると、椅子とソファで眠りこけていた人の姿が消え、代わりに万が一に備えて室内で待機していたヴィーゴとサリシャの姿が現れた。

二人が部屋の灯りを戻している間に、アルフレッドは隣の部屋の扉を開いた。


「もう出てきていいよ」


ローゼスと一緒に隠れていた隣室から出て来たメイベルは、室内に倒れている黒装束達と、開け放っている窓枠に残る土足の痕を見て眉を顰めた。彼らと共に風魔法の結界内に置かれた小さな香炉からは、ジイユ混じりの茶葉から立ち昇る煙がまだわずかに出ていた。


「ほんとに、攫いに来たんだ……」

「ケッタでの騒ぎの時だって、いち早くメルだけを小神殿に連れて行こうとしていたからね」


アルフレッドの言葉に、メイベルはますます不快そうな顔になった。


「皆を眠らせて、メイベル殿だけを攫うつもりだったようだな」

「引き離されて『もう戻らないと王女本人が言ってます』とでも伝えられてしまったら、こちらはとしては手だししにくくはなるからね」

「なんで、私を攫う必要があるの?」

「無事儀式が終わるまでメルを神殿の手の中に収めておきたいのかもだけど。

なにより、やっぱり部外者である僕達にはこの国の王位継承に関わる重要な儀式に参列してほしくないのもあるだろうね。

万が一、メルが攫われちゃった場合、接見を禁じられた状態で君が僕の同席を希望してないとあちら側が主張したら、他国の王族一行である僕らは継承の間には入れなくなる」


前例がないと声高に反対意見を述べていた氏族長たちの姿を思い出す。

あの時彼らは他国の、しかもフェアノスティの王族が参列することに反対していたわけだが、たぶん王の血筋とはいえフェアノスティに所縁ある自分だって心底歓迎されてはいないのだろうとメイベルは思う。次期皇王選定の儀をなんとしても執り行いたいというシャルティア側の目論見があってこそ、自分達はそこに付け込んで儀式が行われるというその場所に近づこうとしているわけだから。


「で、メイベル殿。

こいつらの処遇をどうするかな?」

「私に訊かれましても……」


サリシャの問いに、考え事をしていたメイベルはうっと返答に詰まった。正直、ここで意見を求められても困る。


「このままお帰りいただいたんでいい気がしますけど……」

「まあ、それもそうだな。アルフレッドはどう思う?」

「うーん、とりあえず一回起こして、自分の足で帰ってもらおう。

と、その前に…………」


アルフレッドは眠りの魔法に囚われている黒装束の内、先頭で忍び込んできた一人の額に手を翳した。


「目を開けて、僕の目を見るんだ」


うつら、と目を開けた黒装束の薄緑の目を覗き込みながら呪文を紡ぎ、質問する。


「君達は王女様を連れ出しに来たのかな?」

「ああ、そうだ……薔薇の瞳の王女殿下を、救いだしに……黒い魔法使いから、お守りせねば……ならないから」

「誰に頼まれたの?」

「ルビオ・マルタラ……上級神官様だ」


黒装束が告げたのは知らない人物の名だった。だがその家名だけは聞き覚えがあった。


(皇王と同じ氏族名ね)


アルフレッドの尋問は続く。


「黒い魔法使いとその仲間のことはどうしろって?」

「王女殿下以外は、捨て置けと……ただ、王女殿下さえ取り戻せれば、彼らは何も出来ぬ。

後は勝手に国に帰らせればよい、と」

「ふうん……」


パチンとアルフレッドが指を鳴らすと、他の黒装束達も虚ろ気に目を開けた。


「ここで見たこと聞いたことは全て忘れること。

小離宮は閉ざされていて、君達は忍び込むことはできなかった。いいね?」

「忘れる、全部……」

「俺達は、入れなかった……」

「さあ、もうお帰り」

「ああ、もう、帰ろう……」

「そうしよう……」


ぶつぶつと小さく呟きながら、黒装束達は一人また一人と入ってきた窓から外へ出て行き、自分の足で小離宮から離れて行った。


「眠りの魔法も暗示魔法も、怖いくらい良くかかる。

なるほど、この薬草が王国内で禁止されるわけだ」


アルフレッドが床に置いていた携帯型香炉を拾い上げながら呟いた。

どのくらいの効果があるか試してみたいというので、手っ取り早く荷物の中にあった携帯型香炉にジイユ入りの茶葉をひとつまみ放り込んで焚いてみたのだが、どうやら彼の想像以上に暗示効果が強かったようだ。

黒装束達が全員結界外へ出たのを見届けると、アルフレッドは香炉の蓋を外して燃え尽きた灰ごと纏わりつく甘い残り香を風魔法で窓の外へと飛ばした。


「いろいろ魔法使っちゃってるけど、大丈夫なの?」


アルフレッドの様子を見ていたメイベルが問いかけた。魔力を温存した方がいいと言いながらも、ローゼス達の傷の偽装や侵入者への対処など、結構アルフレッドの魔法に頼ってしまっていたからだ。


「使うべきところに使うために魔力を温存してるんだからいいんだよ。

それに、言うほど魔力を消費する魔法は使ってないから。

さっき罰ゲームみたいに苦い薬も飲んだし……」

「人が処方してあげた薬を罰ゲーム呼ばわりしないでくれる!?」


ごめんごめんとまた軽い調子で謝ってから、ふとアルフレッドが笑みを引っ込めた。


「に、しても、またマルタラ氏族か……」

「皇王と同じ氏族名、だよね?」

「神官長の名前もフェルス・マルタラだし、王立学院に手紙をよこした中級神官も、確かバステル・マルタラと名乗ってた。国の中枢にこれだけ集中して食い込んでる。だいぶ力のある氏族のようですね?」


言いながら、アルフレッドがすっと視線をローゼスに向けた。自然と皆の視線が集まる中、ローゼスは黙して答えない。


「南北合わせて十二の氏族があることとかなら、事前に私もローゼスから説明を受けてるけど……?」


ローゼスが困っているように思ったメイベルが手を上げ応えたが、アルフレッドはふるりと首を横に振る。


「そういう一般的に知られている情報じゃなくて。

選定の儀の内容やこの国特有の技術、神域内に澱みが全くない理由についても、()()()()()()今なら、話してくれるんじゃないかなと思うんだ。

そうなんでしょ? ローゼスさん」




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