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適度な弾性のベッドに、すべすべのシーツに、ふかふかの布団。隠れ家のものもすごく上質だったけど、さすがに最上級ホテルはまた一段とすごい。寝そべって上を見上げていると、ダウンライトの光がじわりと弱まった。ジョンのやつ、相変わらず地味に使える男である。さすが。
左隣を向くと、ヴィクトールがうつぶせになり、頬杖をついていた。
「寝ないんですか、ヴィクトール」
「もったいなくて」
「…そうですね」
確かにこんな風にヴィクトールと一緒に3人で眠れるのも、今日が最後なんだろうな。というか、ヴィクトールが頼まなければ、今こうしていることも多分なかった。だって一応王子だしな。ちょいちょい忘れてたけど、ヴィクトールはヴィクトールじゃなくて、アレクセイ皇太子で、猫でもなくて、うさぎでもないのだ。
ノキア先生は意味不明そうな顔をしていたけれど、薄暗い灯りの下で、3人並んで寝転ぶことの意味が、私には分からなくもない。
「ヴィクトール、アレクセイ皇太子とお呼びしたほうが良いですか?」
「アレクセイと呼んでください」
「いやー、呼び捨てはちょっと」
「駄目です」
「はいはい」
ジョンが肩をすくめて、アレクセイの向こう側に座る。ベッドの背にもたれかかり、腕を組んでヴィクトールを見下ろした。今日は、銃の手入れはしないらしい。彼だってこの夜が終わってしまうことを惜しんでいるのだ。いやまあ今は昼だけど。夕刻にはここを出て、ジェット機でセント・エトワールに帰国することになっている。あとのことはアレクセイとノクタニア第2王子でどうにかする、らしい。
私は何も言わずに、頬杖をつくアレクセイの横顔を眺めた。真っ白な肌と髪に浮かぶ赤い瞳は、とても繊細そうに見える。実際、たぶん割と繊細なんだけど、それ以上に頑固だからな。外見に反してたくましいよなアレクセイって。
今後も、立派に皇太子をやっていくんだろう。王宮魔術師も、魔女も、彼のご両親も、そのことが分かっていた。私たちだってすぐに分かった。アレクセイは初めは分かっていなかったけど、たぶん今はそうでもない。
何も言わなくても終わってしまう時間がもったいないので、私もとりとめもなく口を開く。
「ノキア先生のお兄さんって、第1王子のことだったんですね」
「そうです。ノクタニアのことを内緒にしていて、すみませんでした」
「え、いいえ、全然問題ないです」
「そうですか…それは良かった。彼は貴方たちが大好きですからね」
「はあ…それはまあ、そうみたいですね」
わざわざ自ら助けに来てくれた…のには、ルーゼンの旧王朝支援と言う目的があったせいが大いにあるとは思うけれど。それでも嬉しかったし、ノキア先生は私とジョンの無事を非常に喜んでいた。まあまだ学生だし、任務で命を落とすのは大人からしてみれば忍びないもんな。うん、その気持ちはなんとなく分かる。
私がうんうんと頷いていると、アレクセイは面白そうに笑った。
「分かってないでしょうね…ノクタニアは喜んで学園に行ったわけじゃないんですよ。優秀ですし、強気ですからね。第2王子だからと言って露出を控えさせられ、地味な仕事に回されるのを不満に思っている節がありました」
「そうなんですか。そう言えば、あんまり見たことなかったです。第2王子って」
「そうですね。そういうものですよ…次期国王と第2王子は、なかなか立場が違うものです」
「へえ…」
「いつも不満ばかり言っていましたが、途中からそうでもなくなりました。貴方たちに会ったからだと思いますよ」
「いやあ、関係ないんじゃないですか…慣れたとか」
「ありますよ。私が言うんだから間違いないです」
おお、アレクセイにしてはめずらしく強気な発言である。何を根拠に。それだけノキア先生とは仲が良いってことかな。あまり似ているようには思えないけれど、それで気が合う場合もあるのだろう。私たちよりもずっと付き合いが長いみたいだし、ノキア先生が内緒で行っていたらしい任務も知っていたみたいだし。
「仲良しですもんね」
「…そういう理由で間違いないと言ったわけではありません。私も、貴方たちに会ってとても変わりましたから、彼の気分が分かるということです」
そうかなあ。アレクセイは確かに変わったけれど、それは元々発揮されてなかった優秀さが前面に出てきたとか、大胆な決断もできるようになったとか…私たちの影響と言うより、クーデターに遭うという経験の影響だと思うけど。でもクーデターを通して変わりましたよね!なんて無神経な発言は…えーっと…
「僕たちのせいじゃなくて…アレクセイが自分で行動したから、変わったんだと思いますけど」
それそれそういうこと!無難な言い方だ、さすがジョン。敢えて読まない場合以外には、空気の読める男である。問題なのは敢えて読まない場合が思いのほか多いということだが、今回は良い仕事をしたと言わざるを得ない。えらい。
私の称賛の視線に、ジョンは小さくうなずいた。でもアレクセイは笑って首を振る。
「色々とありましたし、色々とやってきましたが、もう貴方たちのことくらいしか、思い出せないです」
「え、それはやばいですよアレクセイ」
「…そうやってすぐに茶化すところも、懐かしくしか思えないです。寂しいです」
「……」
ジョンは少しだけ微笑んで、僕も寂しいです、と小さな声で言った。本気で言っていることが私にはすぐわかったし、アレクセイも分かっただろう。本当は、口に出さなくたって分かっていたことかもしれない。口に出すのは、一種の、儀式みたいなものだ。
アレクセイは頬杖をつくのをやめて横になり、瞳を閉じた。色のなくなった横顔も、もうさほど小さくは見えない。
「はあ…人生で一番、忘れられない2週間でした」
「…僕もですよ」
「うん、私もです」




