第八話 ノア・オーレン
ノアたちが森から戻ったとき集落は、騒然となった。
ノアの後ろに続く、数十人の魔人たち。角のある者、鱗に覆われた者、獣の耳を持つ者。それを見た流刑者たちが、一斉にざわめいた。
「おい……魔人じゃねえか」
「なんで、魔人がここに」
「ノアの旦那、正気か!?」
遠巻きの視線が、みるみる硬くなっていく。
恐れや警戒...中には、はっきりと敵意を浮かべた者さえいた。
やがて一人の男が、ノアの前へ出た。流刑者の中でも、年長の部類の人物だった。
「冗談じゃねえ。あいつらは、魔王の手下だぞ。人を襲う化け物だ」
男の声に、何人かが頷いた。
「おれは、あいつら魔人に村を焼かれた。そう魔王軍にな!家族も、みんな死んだんだ……人を襲うような奴らを、ここに住まわせるっていうのか!!」
集落の空気が張り詰めた....魔人たちは、子供をかばうように身を寄せ合いながら怯えた目で、集落の人間達をうかがっていた。その瞳には明らかに怯えていた。
そんな中ノアは、男の前に進み出た。
「その話は、本当か」
「ああ? 何がだ」
「村を焼いたのが、本当に魔人だったのか?あんたは、その目で見たのか」
男が、言葉に詰まった。
「それは……鎧を着ていたからちゃんとはわからないけど...そう!兵隊が、言ってたんだ。魔王軍の仕業だと!!」
「……そうか」
ノアは、胸の奥が痛んだまま静かに頷いた。
ノアも、同じだった。
故郷の村を焼かれ、「魔王軍の仕業だ」と教えこまれ、それを信じて剣を取った。誰かがそう言った。だから、信じた...確かめることなどしなかった。
だが——本当に、そうだったのか。
その疑いを今は、口にしなかった。代わりに、ノアは男をまっすぐに見た。
「なら、聞くが。あんたは、何をして、ここに流された」
「……おれは、何もしてねえ」
男の声が、低くなった。
「税を納めろと言われて納めた。なのに、納めてないと言われた。領主が懐にでもいれたのかしらねぇがな!おれは、納めたと訴えたし納付した証明書もみせた!!……そしたら、証明書を偽造した罪で、ここに流されたんだよ。何も、してねえのに!!」
「それを、信じてもらえたか」
「……誰も、調べちゃくれなかった」
ノアは、頷いた。
「あんたは、何もしていないのに、『罪人だ』と決めつけられて罪を被せられた。誰も確かめもせずにな」
ノアは、背後の魔人たちを手で示した。
「こいつらも、同じだ。何もしていない。ただ、生まれた姿が俺達と違うだけだ。『魔人だから敵だ』と俺達人間に決めつけられて、生まれた土地を追われ、何も持たず森の奥で飢えて死にかけていた。子供も、年寄りもだ!」
集落が、静まり返った。
「あんたと、こいつらのどこが違う?」
男は、答えられなかった。
ノアは、声を荒げなかった。ただ、淡々と、言葉を続けた。
「俺は、魔人を敵だと思っていた。七年間そう信じて、戦ってきたんだ。でもな、森で思い知ったよ。俺が『敵』だと斬りかかった相手は、子供だった。親に守られて、その後でただ震えている子供だったんだよ!」
ノアは、自分の手を見た。
「俺の手は、もう血に染まっている。ただ人に言われたというだけで魔人を殺していたんだ。」
「でもノアの旦那は、人の為に勇者になって命がけで守ってきたんだろう?」
「でもな、俺は、間違えていたんだ……あんたたちを捨てた連中と同じことをしていた。ただ見た目が違うというだけで、魔人を人として見ない。そういう連中と同じことを俺は、やってきたんだ」
「~~~~っ」
その時だった。
「……ねぇねぇ?だいじょうぶ?」
小さな声がした。
魔人の子供の一人が、こわごわと前に出ていた。その子の視線の先には、地面にうずくまる一人の人間の子供がいた。流刑者の子だ。痩せて、咳き込んでいた。
魔人の子は、リオにもらった、小さなパンを握りしめていた。それを、おずおずと人間の子に差し出す。
「……たべる? おいしいよ」
人間の子が、顔を上げた。
角の生えた女の子を見て、それからおそるおそるパンを受け取った。
「……ありがと」
「んーん。おなか減ると元気でないもんね!」
二人は、顔を見合わせて笑いあった。
ただそれだけのことだった。
だが、その光景を見てさっきまで硬かった大人たちの顔から、少しずつ力が抜けていった。
子供には、わからないのだ。角があろうと、鱗があろうと。腹を空かせた子がいれば、パンを分ける。ただ、それだけなのだ。大人たちが抱えていた「魔人は敵だ」という理屈が、子供の前では、何の意味もなかった。
「……ちっ」
村を焼かれたと言った男が、ぐしゃりと、顔を歪めた。
「……くそ。ガキに、泣かされるとはな」
男は、ごしごしと、乱暴に目元を拭った。それから、魔人の子に歩み寄り——ぶっきらぼうに、しゃがみながら話しかけた。
「……おい、嬢ちゃん。そっちの咳してる子にはな、こいつが効くんだ」
男は、懐からしなびた薬草を取り出した。
「おれも、昔は薬師の真似事をしててな……まあ、こんな掃き溜めじゃ、ろくな薬草も生えてねえがな」
魔人の女の子が、ぱあっと顔を輝かせた。
「おじちゃん!おじちゃん!えっとね、あっちに咳をしてる子がいるの!」
「おうおう、わかったわかった!どこにいる?案内してくれ」
そういって男は、魔人の女の子に手を引かれ奥の方へとあるいていった。
その姿をみていたガレンが、ノアの隣で小さく笑った。
「……お前の言葉より、あのチビ二人の方が、よっぽど効いたな」
「ええ」
ノアも、頷いた。
「力じゃ、人の心は変えられない……団長の言った通りだ」
集落の空気は、もう、変わっていた。完全ではないしわだかまりも残っているだろう。
だが、少なくとも——魔人たちを追い出そうとする者は、もういなかった。
それを見たノアは、集落の中央に立ち、この地に流れ着いたすべての者たちを見渡した。
「——みんな聞いてくれ」
ノアは、息を吸った。
「俺は、名を持たない孤児だった。家名もない平民だし、どこの馬の骨とも知れない男だ。勇者と呼ばれたこともあったが……それも奪われた。もう、俺には何も残っていないと思っていた」
ノアは、足元の土を踏みしめながら叫んでいた。
「だが、今、俺には、この土地がある。誰も欲しがらないし何もない土地だ。でもな!捨てられた俺達が、捨てられた土地に流れ着いた……なら、ここで一からやり直せばいい」
ノアは、顔を上げた。
「今日から俺は、ノア・オーレンだ!」
ざわ、と、空気が揺れた。
「このオーレン大森林から名をとった!この土地の名を俺は、背負う。俺は、オーレン領の領主、ノア・オーレンだ」
ノアは、一人ひとりの顔を見た。
「ここでは、生まれた身分も、種族も、過去に何があったかも問わない。人間だろうが、魔人だろうがそんなものは、関係ない!追われた者が、もう一度人として生きられる場所にする。それが、俺の領地だ」
シーーーーン
静寂が落ちた。
誰も口を開けなかった。皆がノアを見ていた。
最初に、声を上げたのは、ダグだった。
「——はっ。いいねえ」
ダグが、にやりと笑って、拳を突き上げた。
「おれたちにゃぁ、お似合いの領主様じゃねぇか!!!」
「違えねぇな!」
ガッツが、続く。
それから、ぽつり、ぽつりと、声が上がりはじめた。
やがてそれは、集落全体のどよめきになっていた。人間の声も、魔人の声も、混じり合ってノアは、その声を全身で受け止めていた。
胸の底の黒いもの——憤りも恨みもまだ、消えてはいない。いつか必ず、奪った連中に返す。
だが、今この場だけは――
自分の手の中にいる者たちだけは、守り、育て、大きくする。そう自分の芯に誓っていた。そしてそれが、己自身を取り戻すための第一歩になるだろうと理解していた。
ノアが決心を決めている中、リオが子供たちを先導して「ノア・オーレン! ノア・オーレン!」とはしゃいで名を呼んでいる。
少し離れた場所で、アーシェがその光景を静かに見つめていた。その口元にかすかな笑みが浮かんでいたことにノアは、まだ気づいていなかった。




