第九話 街になる
名乗りを上げてから、数日が過ぎた。
オーレン領は、目に見えて変わりはじめていた。
まず、家が建った。森から運んだ木材と元大工の男の腕。
それに、コレットの魔術と、魔人たちの膂力が加わる。
オーク族の男が丸太を軽々と担ぎ、獣人の若者が高いところへ身軽に登り、ゴブリン族の器用な手が、細かな接合を仕上げていく。
人間が図面を引き、魔人が力を出し、また別の人間が屋根を葺く。誰が人間で誰が魔人か、作業の中では、もう大した問題ではなかった。
「よぉし、一軒目の上棟だ! 手ぇ止めろ、休憩にすっぞ!」
ダグが声を張り上げると、あちこちから歓声が上がった。
ノアは、建ちあがったばかりの家を見上げていた。粗削りだが、しっかりとした骨組み。雨風をしのげる、本物の家だ。この地に来たとき、吹けば飛ぶような掘っ立て小屋しかなかったことを思えば、大した進歩だった。
「……様になってきたな」
「ええ。まさか、生きているうちに、こんな光景を見られるとは」
隣に立ったガレンが、目を細めていた。
「人間と魔人が、肩を並べて家を建てる。王都の連中が見たら、卒倒するぞ」
「見せてやりたいですね。いつか」
ノアが言うとガレンは、小さく笑った。
その足元を、子供たちが駆け抜けていく。人間の子も、魔人の子も、入り混じって遊んでいた。先頭を走るのは、角の生えた女の子——ティナだ。
「まてまてー!」
「つかまえてごらんよー!」
ティナが、きゃらきゃらと笑いながら、人間の男の子を追いかけている。集落に来たばかりの時にパンを分けた子だ。もうすっかり、仲良しになっていた。
「おい、ティナ! あんまり遠くへ行くなよ!」
ノアが声をかけるとティナは、くるりと振り返った。
「はーい、ノアにいちゃん!」
いつのまにかティナは、ノアをそう呼ぶようになっていた。リオの真似だろうなぁと思いつつノアは、くすぐったいような気持ちで手を振り返した。
「……ノア」
背後から、アーシェの声がした。
振り返るとアーシェが腕を組んで立っていた。相変わらず、素性の知れない女だが、この数日でノアは、この女が子供たちに慕われていることを知っていた。特に彼女が連れてきた孤児院の子らはアーシェを母のように慕っている。
「いい街になりそうだな」
アーシェが、ぽつりと言った。その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
「ああ。あんたたちが来てくれて、助かってる。オークの力も、エルフの手先も、みんな、街づくりに欠かせない」
「そうではない」
アーシェは、首を振った。
「力の話ではなくてな……ここには、分け隔てがない。それが、いい」
アーシェの視線が一緒に遊ぶ子供たちへ向けられた。
「種族が違っても、同じ食卓を囲む。誰かが倒れれば、みんなで助ける……そういう場所を私は、昔知っていた」
「昔?」
「——いや」
アーシェは、ふっと口をつぐんだ。
「なんでもない。年寄りの戯言だ」
ノアは、それ以上、問わなかった。この女には、語りたがらない過去があるらしい。誰にでも、あることだ。もちろんノア自身にもあった。
だが——アーシェの横顔に浮かんでいたあの懐かしむようなそれでいて痛むような表情。それが妙にノアの胸に残った。
◇
街づくりは、順調に進んでいた。
家が、次々と建っていく。コレットの魔術で井戸が掘られ、共同の炊事場ができた。魔人たちは、それぞれの特技を活かして働いた。その中でもマーナという名の肝っ玉母さん気質のクマ系の老女が炊き出しを仕切り子供たちの面倒を見た。ゴブリン族の職人たちは、道具や家具を作った。
ノアは、領主としてその全体を見て回った。と言っても、玉座にふんぞり返るような真似はしない。自ら泥にまみれ木材を運び家を作るのを手伝ったり、炊き出しをしたり出来る事を何でもやった。領主が率先して汗を流す姿に、流刑者たちも魔人たちも、自然と笑顔になり率先してついてきた。
夜には、広場で火を焚いて皆で食事をした。
リオが、アイテムボックスから次々と食材を出す。コレットが、魔術で火加減を調整する。マーナが、大鍋で具だくさんのスープを煮込む。人間も魔人も肩を並べて同じ鍋を囲んだ。
「……なあ、ノアの旦那」
ある夜、火を囲みながらダグが、ぽつりと言った。
「おれ、傭兵やってた頃はよ、こんな飯、食ったことなかったぜ。誰かと一緒に、火ぃ囲んでな。……あったけえもんだな」
「ああ」
ノアは、スープをすすりながら、頷いた。
胸の底の黒いもの——憤りも、恨みも消えてはいない。だが、こうして火を囲んでいると、ほんの少しだけそれが遠くなる。奪われたものばかりを数えていた日々が、嘘のようだった。
リオが、ノアの隣にちょこんと座った。
「おにいちゃん、最近楽しそうだね!」
「そうか?」
「うん。来たばっかりの頃より、ずっと顔が、やわらかくなってる」
リオは、へへっ、と笑った。
「僕、おにいちゃんのそういう顔、好きだよ」
ノアは、少し照れた。それをごまかすように、リオの頭をくしゃりと撫でる。
「ちょっと!抜け駆け禁止なんだけどぉー」
そうやってコレットがリオとノアの間に無理やり座り込みながらリオの頬を引っ張った。
「いひゃい!いひゃいぃ...ゆるひて、ホヘッホー」
まるでハムスターの様に頬を伸ばされたリオがコレットに許してと懇願しているとそこにノアが――
「コレットもいつも魔術で助けてくれてありがとうなっ!」
ニカッっとコレットに向けて笑顔で言い放ちながらコレットの頭を優しく撫でた。
「/////////////////っ」
「コレットぉー良かったじゃーん!」
今度はリオがコレットに向かって何か言っていたが、コレットは、真っ赤になってうつむいてしまっていた。
火を囲む笑い声は、夜更けまで絶えなかった。
◇
だが——順風満帆とは、いかなかった。
ある朝、リオが困った顔でノアのところへやってきた。
「おにいちゃん……そろそろ、まずいかも」
「どうした」
リオは、自分のアイテムボックスに手を入れて、しばらく、ごそごそと探った。それから、取り出したのは——いつもより、ずっと少ない食材の山だった。
「……あのね。お城から持ってきた食べ物、そろそろ、なくなりそうなんだ」
ノアの、手が止まった。
「どのくらい、もつ」
「んーと……今の人数だと、あと、二か月か、三か月くらい?」
二か月か三か月....
ノアは、額を押さえた。城の倉庫を、まるごと持ってきた。あれだけあれば、何年ももつと思っていたが——いささか人が、増えすぎた。
最初は、数十人の集落だった。それが今や、魔人を加え、さらに流刑で送られてくる者も増え、さらにどこからか来た魔人たちもふえてその人数は二百人を超えようとしている。口が増えれば、蓄えはその分早く尽きる。
「……そうか」
ノアは、空を見上げた。
リオの備蓄に頼りきりだったことを、思い知る。いつか、必ず、尽きるものだ。わかっていたはずだった。だが、目の前の幸せに、どこかで目を逸らしていた。
このままでは、いけない。
食料を、自分たちで作り出す。あるいは、外から手に入れる。この街が、リオ一人の力に頼らず、自分の足で立てるようにならなければいずれすべては崩れてしまう。
「ノア」
いつのまにか、ガレンが隣に立っていた。
「顔が、領主のそれになってきたな」
「……そんなに、ひどい顔してますか」
「いや」
ガレンは、首を振った。
「いい顔だ。守るものができた男の顔だ」
ノアは、街を見渡した。
建ちならぶ家。
働く人々。
駆け回る子供たち。
人間と魔人が、分け隔てなく暮らすこの小さな街。
守らなければ.....
そのためにもまずは、食い扶持だ!この街を、豊かにする手立てを見つけなければならない。
ノアが、そう考えていた、その時だった。
「——誰か! 誰か、いないの!?」
街の入り口の方から、女の甲高い声が響いてきた。
どこかで聞き覚えのある声がノアの方へ近づいて来るのだった。




