第七話 本当の強さ
アーシェと名乗ったその女は、ノアたちを魔人の避難場所へ案内した。
泉のほとりに広がる粗末な野営地。
近くで見るとその惨状は、ノアが思っていた以上だった。
布一枚を屋根代わりにしただけの、寝床とも呼べない場所。満足な食料もなく痩せ細った体に傷の手当てもろくにできていない人達。咳き込む老人と熱を出してぐったりとしている子供達....
誰もが、限界だった。
「ひどい……」
コレットが、口元を押さえた。
「森の魔獣からは、わたしが守れる」
アーシェが、淡々と言った。
「だが、それだけだ。食料は尽きかけ薬もない。このままでは、冬は越せん。……子らが、先に逝く」
ノアは、黙って野営地を見渡していた。
ダグが低く唸った。
「…おいおい…こりゃあ、おれたちの集落よりひでえぞ」
「ああ」
ガッツが頷く。いつもの軽口は、どこかへ消えていた。
「流刑地の俺達は、まだマシだったってことか。少なくとも、屋根はあるし海で魚も獲れる」
「なぁ、ノアよぉ。せめてガキだけでもどうにかならねぇかな?」
ノアは、腕を組んだまま考え込んでいた。
もちろん助けたい。その気持ちはあった。
リオの一言で、ノアの中でもう魔人は敵ではない。ただ目の前で震える子供を見捨てられるほどノアは腐っていない。
だが...
助ける為には、一体どうする?この数十人を食わせ、屋根の下で眠らせ病を癒やす。それだけの余力が、今の俺達にあるのか...自分たちですら、ようやく立ち直りかけたばかりだ。
「……アーシェ、と言ったな」
ノアが、口を開いた。
「あんたは、どうしたい」
アーシェは、少しの間沈黙した。それからまっすぐにノアを見た。
「せめて子供達だけでも救ってやってくれないか?この子らの未来には、お前たちの助けがいる」
アーシェの視線が、眠る子供たちへ向けられた。
「お前たちは、あの広場の者だろう。もし――もっと広い、安全な場所があるのなら。そこでこの子らを、人として生かしてやれるのなら」
アーシェは、深く頭を下げた。
「頼む。この子らを、助けてやってはくれないか」
ノアは、すぐには答えられなかった。
助けると言うのは簡単だ。
だが、無責任な約束はできない。連れ帰ったはいいが食わせられずに共倒れになっては、誰も救われない。
コレットもノアと同じことを考えているようだった。眉を寄せ、唇を噛んでいる。
「……ノア...気持ちは、わか...るけど。でも、集落の食料だって、無限じゃ――」
「んぁ?別に全員つれて帰ればいいじゃん!」
場の空気を、まるで読んでいない明るいリオの声が割り込んだ。
子供たちに囲まれたまま、きょとんとした顔でノアとコレットを見ている。
心底不思議そうに。
「なんで悩んでるの? みんなもう、家族だよ?」
「……リオ」
ノアは、苦笑した。
「気持ちはありがたい。だがな、リオ。人を助けるには、物資が要るんだ。この人数を集落に連れ帰って――全員を食わせていけるのか。それを考えてるんだよ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
リオが、ぱたぱたと手を振った。
「……大丈夫って、どういうことだ」
ノアが、聞き返す。
リオは、小さな胸をぐっと張った。それから、えっへんと得意げにノアに向かって告げる。
「僕ね! お城の倉庫の中身、ぜーんぶ持ってきちゃった! えへっ」
「……」
「あの王様ってばケチだよね!ノアは、世界を救った勇者なのにぃ土地だけだなんて!」
「.........」
「だからね!僕、全部持ってきちゃった!てへっ」
ノアの思考が、止まった。
全部....?お城の倉庫...ぜんぶ...
王城の倉庫の中身といえば国の備蓄といっても過言ではなく、緊急時に国家を救う為の巨大な貯蔵庫。
それを――全部...だと?
「……おい、リオ」
ノアは、こめかみを押さえた。
「お前のアイテムボックス、どれだけ入るんだよ……」
「んーとねぇ……?」
リオは、小首をかしげた。真剣に考える顔で、しばらく唸って――
「わかんない!」
えへっ、と笑った。
「……わかんない、て」
ノアは、天を仰いだ。コレットが頭を抱えてずるずるとしゃがみ込む。
「もう……なんなのよこの子……」
ダグとガッツは、顔を見合わせてガッツポーズをしてそれから、同時に噴き出した。
「はっはっは! そりゃあいい! 城の倉庫まるごとだってよ!?」
「道理で、いくら出しても尽きねえわけだ……」
その時だった。
「あっはっはっはっはっ!!」
アーシェが、笑った。
ずっと、張り詰めた顔をしていた女が。長く生きて、何もかもを背負ってきたような、あの女が肩を揺らして笑っていた。
ノアは、その笑い方になぜかどきりとした。
「…まったく…規格外だな、その子は」
アーシェが、目尻をぬぐいながら呟いた。
「規格外で、無邪気で、とんでもないことを、さも当たり前のようにやってのける。そうして、難しい顔をした大人たちを、まとめて置いていく」
アーシェは、リオを見つめていた。その目には、懐かしさと――かすかな、痛みのようなものが、滲んでいた。
「まったく。そんなところまで、あいつにそっくりだ」
「あいつ?」
ノアが、聞き返した。
だがアーシェは、答えなかった。ただ、静かに首を振って、笑みだけを残した。
ノアは、それ以上問わなかった。
代わりに、ひとつ息を吐いて――腹を決めた。
「……わかった」
ノアは、アーシェに向き直った。
「あんたたちを、集落へ連れて帰る。物資は、こいつの倉庫――じゃない、アイテムボックスがある。当面は、しのげるしその先は、俺たちでなんとかする」
ノアは、眠る子供たちを見た。熱を出した子の小さな手をぎゅっと優しく握る。
「もう、誰も見捨てたりしない。俺が、今そう決めた」
アーシェが、ノアを見た。
アーシェの瞳が、まっすぐにノアを映している。やがて、その口元がやわらかくほどけた。
「……ありがとう。勇者どの」
「ノアでいい」
ノアは、ぶっきらぼうに言った。
「勇者は、やめた。もう、あいつらの勇者じゃない」
「そうか」
アーシェは、頷いた。
「では、ノア。――よろしく頼む」
森に、夕暮れの光が差し込みはじめていた。
リオが「やったー! みんなでおうち帰ろー!」と子供たちと手を繋いではしゃいでいる。その輪の中で、角の生えた女の子がおずおずとノアを見上げた。
ノアは、その小さな頭にそっと手を置いた。
「よしっ!俺達の居場所に帰るかっ!」
そう宣言しながらその小さな女の子を抱きかかえ集落へと向かうのだった。




