第五話 まともな家を!
ダグとガッツが頭を下げてから、集落の空気は目に見えて変わった。
これまでノアを遠巻きにしていた流刑者たちが、少しずつ距離を詰めてくる。
水と食料が行き渡り、この地で一番の荒くれ者だった二人が従った。それだけで、人の心は動くものらしい。
ノアは、集落の中央に皆を集めた。数十人の流刑者たちが、思い思いの場所に腰を下ろす。
「あー...一応皆に言っておくことがある。俺はこの地を拝領した。領主ってことになる。一応...たぶん...それで...だ!これから、この土地をまともな領地にしたい」
ノアが切り出すと、人々の間に、戸惑いが走った。
「力を貸してほしい。正直俺は、魔人や魔獣を倒すすべは知っているが、どうすればこの地で暮らしていけるかは、正直わからない!知恵を出してくれ。誰でもいいし、何でもいい」
誰も、口を開かなかった。ノアを見る目に、まだ疑いが残っている。期待して裏切られることに、この地の人間は慣れすぎていた。期待しないことで、心を守ってきた者たちだ。
重い沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、意外にも痩せた中年の男だった。
「…俺は…家を建てられる」
ぼそりと、男が言った。
「おれは、元は大工だ。無実の罪を着せられて、ここに流された。家の一軒や二軒、建てる腕はある……道具と材料さえありゃあな」
ノアは、男の方を見た。
「家か!ありがたい。今は皆、吹けば飛ぶような小屋で暮らしている。だが——」
ノアは、周囲を見渡した。傾いた掘っ立て小屋。流木を組んだだけの、粗末な寝床。
「なぜ、ちゃんとした家を建てなかった? あんたの腕があるなら」
男は、自嘲するように笑った。
「旦那。この辺りを見てみな。まともな木が、一本でもあるか?」
言われて、ノアは改めて辺りを見た。痩せた土地に生えているのは、ひょろりとした低木ばかりだ。確かに、家の柱になるような木は、どこにもない。
「まともな木材が採れる場所は、一つだけだ」
男が、内陸の方角を指さした。緑の濃い、鬱蒼とした森が、遠くに見える。
「オーレン大森林。あそこにゃ、太い木がいくらでもある。……だが、無理だ」
「無理?」
「あの森は、魔獣の巣だ。それだけじゃねえ。奥には、魔人までいやがる」
男の声が、低くなった。
「何人も、木を採りに入った。みんな、帰ってこなかった。あのダグとガッツでさえ——」
ノアは、ダグとガッツを見た。二人の表情がわずかに強張っている。ダグが、ばつが悪そうに頭をかいた。
「……ああ。おれとガッツと後何人かで、森に入ったことがある。腕には自信があった。だが、話にならなかった」
「魔獣は、まあいい。数は多いが、斬れば死ぬ」
ガッツが続けた。
「問題は、魔人だ。一度だけ、森の奥で見た。……おれたちが束になっても、指一本触れられなかった。殺される...と思った。なのに、あいつは——おれたちを、見逃した。追い払うみたいにな」
殺せたのに、殺さなかった。
ノアの頭の片隅に、その言葉が引っかかった。だが、今は深く考えなかった。
魔人――
この世界で、最も忌み嫌われる存在。ノアが討った、魔王の眷属。
「……わかった。なら、俺が行く」
ノアが言うと、場がざわついた。
「旦那、正気か!? あのダグとガッツでも——」
「木材がなければ、家は建たない。家がなければ、まともな暮らしもない。なら、採りに行くしかないだろう」
ノアは、あっさりと言った。
「それに、魔人が相手なら——俺の領分だ」
魔王を討った男だ。その眷属ごとき、どうということはない。そう思っていた。
「じゃ、俺たちも行くぜ」
ダグが、拳を鳴らした。
「借りを返さねえとな、あの魔人に!今度は、ノアがいるしな」
ガッツも頷きそこにコレットが
「わたしも行く。魔法の援護がいるでしょ」
と前に出た。そしてノアは、リオの方を見た。
「リオ。悪いが——」
リオのアイテムボックス。採った木材を運ぶなら、これほど便利なものはない。
「お前も頼む。伐った木を、ボックスに入れて運んでほしい。あと、道中の食料も——」
「えー?」
リオが、唇を尖らせた。ちらり、と上目遣いにノアを見る。
「僕、頑張るけどさぁ。おにいちゃん、お願いするときの態度ってもんがあるよね?」
「……態度?」
「んー」
リオは、自分の頬を指差した。
「ほっぺにねー、キッスしてくれたら、いーっぱい働いたげるー」
カチーーーーンッ
その場が一瞬で凍った。
「……は?」
「ひゅーひゅー!ノアの旦那ぁお熱いねぇ!!」
ノアが固まる。
その横で、コレットの額にぴきぃっと青筋が浮かんだ。
「ちょっと待ちなさいリオ!? どさくさに紛れて何言ってんの!?」
「えー、いいじゃん別に。減るもんじゃないしー」
「減る! いろいろ減るでしょ!?」
ムニィィィィィィッ!!!
コレットがリオの頬を引っ張った。
「いひゃい、いひゃいってホヘッホ!」
ノアは、頭を抱えた。ダグとガッツが、腹を抱えて笑っている。
「はっはっは! 大勇者サマも、形無しだな!」
「おい、笑うな!こいつこれでも男だぞ!
「「「はあっ!?」」」」
ノアは、小さく息を吐いた。それから、じたばたするリオの頭に、ぽん、と手を置く。
「キスはやめておく……お前のその力、俺たちの中で一番役に立つ。これでも本気でたよりにしてるんだぜ?」
ニカッっとリオに向けて笑顔を見せると、リオの動きが止まった。
ぱちぱち、と目を瞬かせて、それから、じわじわと顔を赤くする。
「……ずるいよぉ、おにいちゃん...そういうのわかってゴニョゴニョ」
リオは、可愛らしくぷくーっと口を尖らせたまま、ぷいっと横を向いた。だが、その頬は、緩みきっていた。
「……わかったよ。いっぱい運んであげる。食べ物も、ぜーんぶ任せて」
「ああ。助かる」
「今の、なんかコレットよりずるい……」
ノアは、そのやりとりを横目に、森の方角を見た。
オーレン大森林
魔獣と魔人の棲む森。
そこに、この土地の未来がかかっている。
「——行くぞ!日が高いうちに、森に入る」
そういってノアたちは、森に向かうのだった。




