第三話 僕のいいもの
ガレンとの間に流れた、張り詰めたものが解けたあと。
ノアは、改めて周囲を見渡した。
痩せた土地。傾いた小屋。落ち窪んだ目をした、数十人の流刑者たち。海風だけが、乾いた音を立てて吹き抜けていく。何もない。文字どおり、何もない土地だった。
(さて——どうする)
まずは水と、食料。寝る場所。二人を...いや、この地で生きる以上は、いずれこの人々のことも――
頭の中で、やるべきことが積み上がっていく。腹をくくって、一つずつ——
ぐぅ、と。
間の抜けた音が、腹から鳴った。
「……」
静寂の中ノアは、そっと腹を押さえた。七年の旅でどんな死地も越えてきた大勇者が、最果ての流刑地で、盛大に腹を鳴らしていた。
ガレンが、ふ、と口の端を緩めた。だが、その顔はすぐに曇る。
「……すまんな、ノア。食わせてやりたいが、ろくなものがない。罪人の俺たちには、何も配給されん。海の物を細々と獲って、食いつないでいるのが精一杯でな」
苦い声だった。何もない、という言葉の重みが、ずしりとのしかかる。食料問題。やはり、そこからか...どう確保する?狩りか、漁か、それとも——
「あっ、おにいちゃん!」
思案を断ち切るように、リオの弾んだ声が飛んできた。
「僕ね、いいもの一杯もってきたよ!」
えへん、と小さな胸を張る。その小さな手が、腰のポーチに差し込まれた。なんの変哲もない、小さな布袋...その中から――.
ずるり、ずるり、と。
大量の食糧が目の前に積まれていった。白いパンに干し肉の束。さらに果実やチーズの塊。そして葡萄酒の瓶。とても一つのポーチに収まる量ではない、豪勢な食料が、次から次へと痩せた地面に積み上がっていく。
周りの流刑者たちが、ざわめいた。ガレンが、目を見張る。
「リオ……」
ノアは、呆然と、その山を見た。
「これ、お前……どうやって」
「んー?」
リオは、きょとんと首をかしげた。それから、悪戯が見つかった子供みたいに、へらりと笑う。
「僕ね、アイテムボックス持ってるんだ! 誰にも聞かれなかったから、言わなかったけど」
アイテムボックス。空間に物を収納する、希少な才。それを、この幼馴染が七年、同じ旅をしてきて——ノアですら、知らなかった。
「中身はねぇ——」
リオは、山と積まれた食料を指さして、
「お城から、もってきちゃった! えへっ」
屈託なく、笑った。
「…………リオ、お前」
ノアは、頭を抱えたくなった。王城の食料庫。あの、自分を捨てた連中の。それを、まるまる持ってきたというのだ……控えめに言って、大事だ。
だが——不思議と、湧いてきたのは怒りでも焦りでもなく、気の抜けたような、おかしさだった。
「はっはっは!こいつは最高の退職金だな」
「ねぇおにいちゃんってば!笑ってないでぇ」
リオが、ノアの腕をぐいぐい引っぱる。頬を膨らませて、上目遣い。
「僕を褒めてよ!」
ノアは、小さく息を吐いた。そして、くしゃりと、リオの頭を撫でる。
「……ああ。でかした、リオ」
「えへへ〜!」
ぐりぐり、と頭を手のひらに押しつけてくるリオ。
その無邪気さに、ノアの強張っていた肩がわずかに緩んだ。
「はいはい、そこまで」
呆れたような声で、コレットが割って入った。やれやれ、と肩をすくめながら、指先に、ぽっ、と小さな火種を灯す。
「リオぉ?くっつきすぎよ」
ポゥ
そして、その火種をひょいとリオのお尻にあてた。
「あっつ——!?」
ぴょーん、とリオが跳び上がる。
尻を押さえて涙目で振り返るリオにコレットは涼しい顔だ。
「さ。食べるにしても、その前に」
ぱちん、と指を鳴らす。
次の瞬間、彼女の手のひらの上に、水の球が生まれた。みるみる膨らみ、きらきらと陽を弾く。乾いた流刑地に、ひさしく見ないほど透き通った、きれいな水。
「まずは、綺麗にしなきゃね」
にっこりと、コレットが笑った。
流刑者たちが、言葉もなく、その水を見つめていた。痩せた喉がごくりと鳴る音があちこちで聞こえていた...




