その五
「あっ、やっぱり分かっちゃいますよね。演技のクオリティなのかな、独特のクセがあると言うか」
仲間と一緒に着ぐるみキャラクターショーのステージに立っているうち、たとえマスクで顔を隠していてもその立ち居振る舞いで誰が誰なのか分かってくる。
特に真耶ちゃんは、もちろん演技の質はかなりのものだし、身振り手振りも特徴的で、品があるというかお嬢様らしい仕草に見える。たとえヤンチャなキャラを演じたとしても、その中に上品な素振りが滲み出てくる。その美しさは、彼女でなければ出せない。
その理由は、たぶん。
真耶ちゃんが、男の子だから。
男の子だけど女の子として育つ運命にあった真耶ちゃんの、女性の仕草を研究し、女性であろうとした成果が形になっているのだ、と思う。
歌舞伎の女形がより女らしいのは、どう見せれば女性として観客の目に映るかを強く意識しているからだという。
また、かつてのアクションショーの現場でも「ピンクは男性が演じた方が女性らしく見える」と言われていたと、声優の先輩に聞いた事がある。普段の自分は男だからこそ、どうすれば女性らしい仕草に見えるかを常に意識して演技をするので、より女性らしく見えてくるのだ、と。
真耶ちゃんは自分の中にキャラクターを憑依させると、その役どころを徹底的にコピーし、身体で再現する。
特に、今年のピュアピアで大人気の光堕ちピュアピア、ピアエニグマを演じるときは、大人びた雰囲気も出しつつ、悪と正義の間をたゆたう運命の切なさをも伝わるかのごとし、あたかも無表情なはずのマスクが動いているかのようにも思える。
そう、持って生まれた性を捨て、女子として育った真耶ちゃんも、言ってみればこれまでの人生でずっと女の子を演じてきたようなものだし、ふたつの性のあいだを行ったり来たりする運命に振り回されたこともあるだろう。でもその成果が、ピュアピアの姿を借りることで、改めて表にハッキリ出ているのだと私は思っている。
私は通っていた声優養成所や事務所で付いた癖で、年下の後輩は苗字呼び捨てにしがちなのだけど、何故か真耶ちゃんは真耶ちゃんと呼んでしまう。
それは私の目に映る彼女が「真耶ちゃん」を演じているように思えて仕方ないから。だって素の「嬬恋真耶」という存在は、私の前ではいっこうに像を結ぼうとはしないのだから。
車のフロントガラスを雨粒が埋め尽くしては、ワイパーによって視野の外へと送り出される。今回の公演に真耶ちゃんの参加は無い。代わりに、もう一人別のキャストを途中の駅でピックアップする予定になっている。
この天気だと、車にたどり着くまでが大変だろうな。
——
今日は雨が降ったりやんだり。晴れて猛暑日とかになるのもヤだけど、まあまあ気温は低いのに雨のせいでムシムシしてるのも、ちょっとね。
私立の女子校つっても、イモコさ……堀田伊代子さんのトコみたいな都心近くのお嬢様女子学校とは違って、郊外にあって、しかも駅から遠い思い切りイナカの学校なわけで。
電車通学だとスクールバスを使う子もいるけど、アタシんちは電車でバスの出る駅まで乗るとかえって遠回りだから、自転車で登下校している。
当然雨の日はカッパを着てチャリに乗るんだけど、校則で紺か白と決まってて、しかも入学説明会に業者が来て校則適合タイプってのを売ってたら、そりゃそれを買う。
んでこれが裏地にゴムの貼ってある透湿性ゼロのやつで、今日みたいな日はムレちゃって仕方ない。しかもウチの学校はチャリ通が多いし、みんなこのカッパで来るから、雨の日は大変。
何が大変って、駐輪場にカッパを掛けるフックはあるんだけど、そこから玄関まで距離があって、カッパを脱いじゃうと濡れちゃう。それなのに傘差し運転しかねないからチャリ通は傘持ち歩き禁止とか、今時どうかしてる校則もあるから、カッパのまんまで玄関まで行って、表面の水をはたいてから教室に行って後ろに掛けとく。
で、下校の時も同じようにするんだけど。
気づいちゃうんだよね。
自分のカッパのニオイ。
ゴム引のレインコートって、自分の体のムレたニオイが裏地にこびりついてくる。だから着る時にそれがニオっちゃう。
で、駐輪場までまた歩きでしょ? 玄関は狭いから教室で着てから行かないと大混雑。これじゃ廊下でもうムレちゃう。
つーか、教室の中もこのニオイが充満してたはず。朝、カッパを脱いだ時も「あージメジメの不快感から解放された!」って気持ちになるんだけど、同時にもわっとムレた空気が前ボタンを開けたところから立ちのぼってくるから。
誰も言わないけどね。みんな互いに気を使ってるのかな。それとも女子校だからその辺ルーズなのかもしんないし。
「じゃねー」
「まったねー」
学校を出発したときは何人もいた紺カッパの自転車集団も、次第に一人抜け、また一人抜け、減っていく。アタシはチャリ通組でも遠いほうで、最後は一人になる。
このまま踏切を越えてしばらく走るとおウチに着くんだけど、今日は駅のロータリーへ。
このあと、「お迎え」してもらうから……。
……。
……遅い。
金曜日だし道が混んでるのかもしれない。しかもそんな時に、よりにもよっての雨。
カッパを脱ぎたい気もするけど、けっこう雨が強くて待ち合わせ場所のコンビニのひさしで雨宿りしてても時々雨が吹き込んでくるから脱げない。
かと言って着たままだと、常時降ってるわけじゃないからカッパのムレがひどくなってる。すぐに首周りがうっすら水分を含んでくる(しっかりフードをかぶってるしアゴのボタンも留めてるから雨じゃない)ので、そしたらひさしの外に出て雨を浴び、カッパを冷却させる。暑い時期は強めに降ってくれた方が快適度はややマシになるのだ。弱い降りだと今度は汗で制服が濡れちゃう。
でも、そんなこんなを何度かやってるうちに、お迎えが来た。
——
「コンビニの駐車場で待ち合わせだから、ついでに買い物したい人は済ませちゃってね」
と唐沢さん。雨のせいもあってか、途中混んでるところもあって、少々遅れ気味の到着。
待ち合わせの相手はいるかな? 雨の中、待たせちゃうのって気まずいけど、コンビニの屋根の下とかで雨宿りしててくれれば……。
とか考えてると、唐沢さんが車を停め、窓を開けてひとこと、
「えー、どうしてわざわざ雨の中で待ってるわけ?」
と、驚いての一言。
「だって、雨宿りしちゃうとカッパじゃムレて暑いんですよぉ」
紺色のレインコートをしっかりと着込んだ女の子が、雨の中で待っていた。
「脱いで、お店の中で待てば良かったのに」
「買い物しないのにずっと中にいるの悪いじゃないですかぁ、濡れたカッパも邪魔だし」
「自転車のカゴに入れてけば」
「それはそれで、なんか、その、ニオっちゃうんで……」
彼女は学校の帰りで、自転車でやってきた。行きは私たちの乗る箱バンの荷台に積んで、帰りは自転車ごと家まで送る段取りみたい。
それにしても、わかるなあ、カッパあるある。濡れたままで前カゴに入れておくと、洗濯機の中身を干すの忘れてた時と同じ理屈なのかな、結構クサくなるんだよね……、
「つーか今朝やっちゃいましたけど。昨日の帰りに途中で止んじゃってカゴに入れたまま忘れてたから」
って、もうやってたんだ。
箱型バンの荷台は着ぐるみ(業界用語では「ブツ」)や小道具で一杯だけど、その端っこに自転車一台分のスペースを開けて彼女の自転車を収納。カッパは車内に掛けて乾かすことにした。
買い物組がコンビニに向かったあとも、しきりに袖や襟の中をかいでニオイを気にする彼女。うん、分かる分かる、でもどうせ脱ぐなら、みんなが買い物に行ってる今のうちだよ。
って、みんな戻って来ちゃった。こうなると、もう脱ぐしかない。仕方ない、といった風で彼女はカッパを脱いだ。
私は、確かに感じた。使い込んだカッパ独特のニオイ。雨を強力に防ぐ代わりに内側の湿気も抱え込んで逃がさない非透湿性の通学用カッパの、ニオイ。
でも、本人の名誉のために黙っていた。他のみんなは幸い気づいていないみたいだし。何故なら、
「うわー、可愛いー制服!」
「デザインが超イマっぽいよね、良いなー!」
と、紺の雨具の下から現れた、彼女の制服姿にみんな注目しているから。
「彼女は、いま唯一の高校生キャストなの」
唐沢さんが改めて紹介してくれた。そして、
「泊貴音です。よろしくお願いします」
と、元気な声で自己紹介する彼女。
「こちらこそ。私は上原……」
「あー、かわいいなあもう! 外身も中身も!」
可愛い子好きのイモコこと堀田は、泊さんの制服に興味津々なあまり、私の自己紹介を強制終了させて割って入ってきた。でも心の盛り上がりは他のキャストも同じで、
「夏服のジャンスカってすてきー!」
「軽めのブラウンとレッドを混ぜた感じ? オッシャレー!」
「ねえねえ、あとで着させてね」
「代わりにほら、このセーラー、横浜イチのお嬢様女子高の、あの!」
と言った具合に、先程の制服取っ替えっこ熱が再来したのだった。
「イナカの私立校ですから。制服で生徒を釣らないと潰れちゃうってことらしいですよ」
ま、今は着せ替えごっこよりも目的地に着くのが大事。で、車中で泊さんが話すには、そんな経緯で有名デザイナーに依頼して出来たのがこの制服。なるほどそういうふうにイメチェンして私学が少子化に対抗、なんて時代もあった。
でもやっぱり生徒獲得のための王道は進学実績を上げること。だから、
「とまりーは特進コースの特待生だから、超アタマが良いんだよねー」
と言われるのも納得がゆく。これも生徒獲得競争の一環なのだろう。進学コースを作って、尚且つ優秀な生徒を迎え入れる、という。
「でも、泊さんはもっと上の高校行けたと思うの。家が大変で」
唐沢さんが言うには、高校の授業料無料化が広まったとは言え、私立と公立の費用の差をどこまで埋めるかについては地域差があるし、また通学定期やら教材やらについて、どこまでを補助の範囲と見なすかも難しい。
それに、高校受験にはまだまだ塾の力を借りないと試験一発勝負は大変。泊さんは幸い学校の内申書が良かったので、私立の推薦で尚且つ特段の経済的配慮を受けられたのだとか。
でもそれはすなわち、彼女の家庭が裕福ではないことも意味する。
仮面劇団268は原則として女子大の学生課などを通じて求人を行っているけど、いくつかの女子高にも求人の話は通している。
高校は高校で、アルバイト禁止の校則があるとしても、家計の助けという理由なら許可する場合も多く、泊さんもそれに当てはまる。
「うちも学校の許可が無ければ雇わないから。泊さんの家はそれだけ生活が大変ってこと、あ、これ、言っていいのかな?」
唐沢さんが、急に会話のブレーキを踏んだ。でも泊さんは、割とあっさりと答える。
「良いですよ、変に同情されるのもイヤだし。うちが貧乏な理由はですね」
にこやかな表情を崩さずに泊さんが話をつなげる。
「母子家庭の子だくさんなんですよ」。
あ。
同じだ、うちと。
うちの場合、娘はひとりだけど、それでも生活は結構苦しい。それでも娘に肩身の狭い思いはさせたくないから、頑張っている。
いっぽう、泊さんはきょうだいが複数いる。うちと比べても暮らしは大変だろう。
でも彼女はとにかく明るい。うちの娘にも、こんなふうに成長してほしい。
私と泊さんは、車で移動している間にもどんどん仲が良くなっていった。




