その六
その六
そんなこんなで、前乗り付き着ぐるみキャラクターショーも無事終了。
私は何年もブランクがあったから不安もあったけれど、いつの間にか操演の感覚が戻り、昔取った杵柄って本当にあるんだと自分でもビックリ。同時に、またこの仕事を再開する自信もついた。
そんなわけでそれ以降、毎週末ともなるとピュアピアに変身することとなった。
「おは……、じゃなかった、こんばんはー」
芸能の世界では昼でも夜でも朝と同じ挨拶をすべし。それは声優の世界もそうだったし、メルヘンショー専門の当劇団も以前はそうだった。
でも、今は時間帯に合わせて挨拶を使い分けるようになった。ある一人のキャストの提案によって。
「こんばんはー!」
そして、その提案者が私のすぐあとからやって来た。彼女曰く、
「お昼はお昼、夜は夜なんだから、それぞれにふさわしい挨拶をしなくちゃ、言葉がかわいそうじゃないですかぁ」
という、よく言えばメルヘン、見方によっては不思議ちゃんな発想。これが許されてしまうのは、我らが仮面劇団268ではただ一人。
嬬恋真耶ちゃん。
「かなみさーん、お久しぶりですー!」
この劇団ではベテランの域に入る真耶ちゃん。
「ホント、お久しぶり、会えて嬉しいなあ」
私も共に舞台に立った仲間と一人、また一人と再会出来るのが嬉しい、のだけど、
「こないだ制服ランウェイ、やったんですって?」
いきなりその話題から来るかって、そうだ、この子はああいうの大好きだったっけ。
制服ランウェイとは、女子大生が大半を占める我らが劇団ならではの、出身高校の話題が盛り上がった末にそれぞれの着ていた制服を持ち寄り、品評会からの試着、そしてファッションショーごっこという一連の流れのこと。
「あたし、高校が私服だったから、制服に憧れがあるんですよ。というか、高校に出身中学の制服着てくってのも、ときどき流行ってましたよ、だって服装自由なんだから。もちろんあたしも着てったこと何度もありますよ」
と、目をキラキラさせながら話す真耶ちゃん。
だから、色々な高校の制服を着られるのは彼女にとっては天にでも昇ったような喜びだろう。
そして、自分が着たい子もいれば、誰かに着せたい子もいるわけで、とくに真耶ちゃんは恰好のターゲット、需要と供給が合致する。なので、もしかしての展開があるんじゃないかな……。
「かなみさん、真耶さん、こんばんはー! みんな、待ってたんですよー!?」
やっぱり。
時間に余裕を持って来たつもりだったのに、他のキャスト達はすでに集合済み。そして先頭に立って私達を迎えてくれた彼女たちの手には、セーラー服が。制服ランウェイ、再び。
って、二着?
「はーい、二人ともポーズ決めてー、そーれっ」
いや、真耶ちゃんが着せ替え人形と化すことは予想してたし、それが彼女の希望でもあるから良いんだけど……。
あー! 恥ずかしいなあ、もう!
私は紺のカラーに赤いラインとタイが印象的な横浜のお嬢様学校の制服、そして真耶ちゃんは白のラインとタイ。
私、とっくに三十路街道を闊歩してるわけだから! 真耶ちゃんとは違うんだから! 高校のセーラー服を今更着るなんて無いわー!
って思いつつ、レンズを向けられるとついポーズを取ってしまうのは声優からの歌手ユニット時代についた条件反射。そしてシャッター音のあとには後悔とともに、地団駄を踏むが如き恥ずかしさに悶える。
だいいち、今日みんなが集まっているのはレッスンのためで、ファッションショーごっこをするためではない。
メルヘンショーと呼ばれるアニメキャラの着ぐるみショーは、れっきとしたお芝居。だから新たにキャストを始めたならば、台本に沿ってのリハーサルは当然だし、加えて日頃から舞台に立つために必要な稽古を積まねばならない。一回の通し稽古で役がモノになるわけもないわけだし。
うちの場合、初心者は研修として一定時間、基礎レッスンを受ける。研修なので時給も交通費も出る。
そこを通過し、現場に出ることになるが、最初は列整理などのスタッフから始めて雰囲気に慣れてもらう。それを何度か経験してからキャストデビュー、となる。
このプロセスをしっかり見える化することで、いつになったらステージに立てるのだろうという初心者の不安を和らげ、またキャストのレベルアップも容易にしている。
もちろん、それだけで一人前のキャストになれるとは限らないけど、ここでは得手不得手よりもやる気、やる気よりもこの仕事が好きかどうか、が大事。そのスタンスこそ我らが劇団のポリシー。
というわけで、ここでは自主レッスンがさかんに行われている。本番の音源を使った模擬ステージもあれば、それらの基礎となるダンスレッスンも。
自主練だからお金は出ないけど、キャストになれるチャンスは近くなるし、役の幅も広がる。うちがほぼ専門に上演しているピュアピアショーはメルヘンショーとアクションショーの両方の要素を持っているし、さらにダンスも必須となれば、身につけておくべきスキルは多くなる。
けれど、それらの基礎を身に付けることはここでの仕事ばかりか、今後の人生に役立つこともあると思う。特に女子大生たちはいずれ就活という試練にぶつかるので、その時にダンスなどのスキルがあれば面接でインパクトを与えられると思う。
もちろん体育会系みたいな厳しいレッスンは、やらない。それでは今の子達はすぐ逃げ出してしまうし、昔からここは、和気藹々と楽しみながらレッスンを進めているのが伝統だし。
ただ、それが行きすぎて、今日のようにレッスンそっちのけで着せ替えごっこにみんなが夢中になってしまうことも、ままあるのだけど。
結局、ショー現場リーダー役の唐沢さんが登場し、呆れ顔で、
「いい加減練習したら?」
と言ったことでようやく遊びは終了した。
もっとも、今日の私と真耶ちゃんは自主練のために来たわけではない。たまたまレッスンの時間と、私と真耶ちゃんの用事がかぶっていただけのことで。
現在の仮面劇団268はピュアピアのキャラクターショーをメインに活動しているが、それ以外にも仕事はあるし、お芝居とも限らない。
毎年この時期になると、ピュアピアの劇場版が公開される。それに合わせて舞台あいさつがあり、なんと私たちはそれに出演する栄誉を得たのだ。
と言っても、もちろんピュアピアの着ぐるみでの登場だけど。
そして唐沢さんがここにやって来たのも営業役として関わっているためで、これからオンラインも含めての打ち合わせが始まるのだ。
なお、私はすぐに着替えさせてもらったけれど、その脱いだセーラー服を、
「あ、あたしも着たい!」
と言って素早く着替え、そのまま打ち合わせに参加した真耶ちゃん。「着る」ことへの執着心は人一倍だと思う。
——
というわけで、翌週の土曜日。
私たちは都心の映画館の舞台裏にやって来た。
今年のピュアピアは四人なので、私と真耶ちゃん以外にも二人のスーツアクターが他のプロダクションから派遣されている。
ショーの運営会社もさまざまだけど、大抵は子ども全体を対象としたメルヘンショーと戦隊シリーズなどのアクションショーの両方、しかもそれぞれの複数作品に対応しているのがほとんどで、演じているキャストもスーツアクターを本業と心得て、生活の軸にしている人が多い。
我らが仮面劇団268は、パッケージのショーとして請ける作品をピュアピアシリーズに絞り、キャストも主に女子大生やそのOGで回している。
だから、着ぐるみの仕事を最優先し、あくまで自分の本業はスーツアクターだと思って頑張っている人たちの目に私たちは、甘いとか遊びだとか、そう見えるかもしれない。私は言われた事は無いけれど、過去にそんな事もあったとか無かったとかは聞いている。
ところが、私にとって初めての対面だった共演者のお二人は、会うなり、
「わあ、嬬恋さんお久しぶり」
「嬬恋さんがいるなら、安心ですね」
と。
なんと、真耶ちゃんと共演の経験が何度かあるのだとか。この業界、けっこう狭い。
お二人の所属するプロダクションもピュアピアショー公演のレベルには定評があり、言ってみればそこの代表なので、全身タイツに着替えた瞬間からモードが切り替わり、衣装を一つずつ身に付けるごとにピュアピアへと近づいてゆく。
そんなプロの二人に、真耶ちゃんは認められているわけだ。ならばその相方である私も負けてはいられない。気合いを入れなければ。
ところが、真耶ちゃんはすっかりリラックスした感じ、マイペースで着替えを続けている。きっと彼女には他のプロダクションと張り合おうとかいう気持ちは無いのだろう。
私は無駄な対抗心に囚われていたことに気づいた。大事なのは勝ち負けじゃない、四人のピュアピアが、子どもたちと共に楽しい場を作ることが大事。だから、まず自分が楽しまなきゃ。
それにしても、真耶ちゃんは単にピュアピアに変身することを楽しんでいるだけで特に気負いも無いのに、
「嬬恋さんにはかなわないなあ、マスクかぶる前からピュアピアに成り切っちゃってるんだから」
と、先方のアクターさんにため息混じりで言わせてしまうのだ。
——
準備万端整って、舞台あいさつへ。
ステージの袖まで伝わってくる客席を埋め尽くす子どもたちの熱気に気圧されなかったといえば嘘になるが、三人のピュアピアと共に立っているということが、心を落ち着かせてくれた。
配役は、他のプロダクションから来た二人が主役級(最初にピュアピアに変身した子と二番目に変身するその親友がメインキャラクターとなるのが、ピュアピアの基本設定)の二人、ピアクエスとピアポラールを担当。真耶ちゃんは元悪役からの光堕ちピュアピア、ピアエニグマ。すっかり当たり役だ。そして私はピアルミエール、中学生がメインの登場人物の中では最年長の十六歳。
私達が舞台に飛び出すタイミングは、司会の方に呼ばれて、という段取り。さすがは日本屈指の人気アニメ、MCも本物のアナウンサー。滑舌の良い説明ののち、呼びかけが聞こえた。
「それでは、ピュアピアと、映画にご出演の声優の皆さん、どうぞ!」
四人揃って両手を頭の上で振りながら登場する私たち(ピアエニグマだけは恥ずかしそうに胸元で手を振る)。会場のテンションは爆上がりする。
すごい。普段のショーでも子どもたちの声援は大きく元気だけれど、それを超える熱量が伝わってくる。
……あれ。でも、何かが違う。
何が違うのか、はじめは会場の熱気で私自身も興奮気味だったこともあって分からなかった。
でも、着ぐるみマスクのスリットからわずかに見える、外の賑わいを見るうちに……。
……あ。




