その四
ま、集まっているメンバーの半分は今更自己紹介も必要ない顔見知りなんだけど。私がここで着ぐるみキャストをしていた頃からの仲間。
で、中堅とかベテランとかに当たる先輩が、もれなく新人キャストをこうしたわちゃわちゃに巻き込んで仲良くなっていくのも良い伝統ではあるのだけど。
この仕事、敷居が高いと思われてるんじゃないかな。
今やバイト探しもインターネットで簡単に出来るし、「着ぐるみ」などのキーワードを使って仕事検索をすれば沢山の求人にヒットする。かつては未経験の着ぐるみキャスト志望者が業界に飛び込むには、紙の求人誌を毎号根気よくチェックするくらいしか無かったので、入り口は随分と広く、見つけやすくなったと思う。
一方で、スーツアクターという職業名が認知されて来るとともに、ハードな肉体労働のとしての側面も知られるようになった。そして、スーツアクターのイメージとして真っ先に思いつくのは戦隊ヒーロー、という人も多いだろう。
確かに特撮ヒーローを演じるにはアクションのスキルは必要で、アクション専門の劇団員が演じたりもする。都内の遊園地にほぼ常駐してアクションショーに出演するアクターは相当なハイレベルだとも聞く。首都圏にアクションショーを運営する会社は幾つもあるが、そこで活躍するアクターたちの目標でもある。
でも元々は、選ばれた人のみが独占するような仕事では無いと思ってるし、この仮面劇団268は初心者を積極的に受け入れている。
アクションショーから手を引いて、ピュアピアなどの女の子向けアニメを主な題材としたメルヘンショーに演目を絞った。
そして、求人を女子大の学生課に絞った。
そもそも、ここに応募してくる子達が何をしたいかといえば、着ぐるみを着てみたいというのが当たり前の答え。とは言え、いきなり着られるわけではないし、最初は列整理などのスタッフとして現場に入りつつ、先輩たちの演技を見て覚えてゆく、という所からキャリアが始まる。
言わば下積みのようなものだが、彼女たちの本音は、
「早く着ぐるみを着たい!」
なのだ。見習い期間が要らないとは言えないが、どこくらいスタッフとして場数を踏めばキャストデビュー出来るのか、先の見えない状況ではモチベーションも持ちにくい。
だから必要なのは、キャストデビューまでのロードマップ、つまりどれくらいの期間と経験を経てデビュー出来るかを見える化することなのだが、いかんせんこの業界は小さな会社が多くてそれを作る余裕がなく、いきおい経験者の取り合い、そして経験者ばかりが仕事をするようになりがち。
それを何とかするためにも、扱うショーを絞り、かつ研修のなかで、それぞれの子に見合った役を与えてまずそれを演じきることに集中させる。これによって目標がハッキリする。
ひとつの役を身につけられれば、コツを得て次々と別の役もマスターしていく。そうすれば演じることが楽しくなる。
とにかく、新人の子達が道を見失わずに、キャストデビューまで見通せるようにする。そうすれば人材不足の昨今、まだ右も左も分からないキャストをつなぎ止める事ができる。
新人キャスト候補の子達と積極的に遊んでいこうというのも、その一環でもある。
見習い修行とか上下関係とかには深くこだわらない。
学生に与えられた時間は短い。一年時から在籍しても四年後には就職してしまうし、その前の就活だってある。少しでも長くキャストとして活躍してほしい。
ならば、堅苦しいことは抜き、楽しくやろうよ、そんな機運が自然とキャストの間から生まれてきた。
良い事だと思う。楽しみながら、でも本番はしっかりと。それが劇団のモットーになっている。
とは言え。
女子校出身者が多いだけに、お互いの制服について写真とかで見せっこしているうちに、取っ替えっこがしたくなり、そのタイミングでやってきた私(子持ち)にまでセーラー服を着せ始めるのは、やり過ぎだと思う。
——
「というわけで、こちらが上原香奈恵さん。何年か前にワタシ達と一緒にキャストやってたんだけど、久々だから慣れないこともあるだろうし、フォローよろしくね」
順序が逆である。私を着せ替えごっこの輪に入れる前に紹介すべきではないのか。
もっとも下手をすれば延々と自己紹介の無いまま場が進みかねないムードだったし、それを察したか私を紹介してくれたのが、ベテランキャストの鷹野。私が前に在籍した頃はまだ大学生だった。
数年前の在籍時、共に舞台を踏んだ仲間はまだいて、鷹野同様私より歳下だったりもする。でもここでは年齢の上下も経験の長さもあまり関係なく、友達のようにものを言い合うのが普通なので、私に対しても遠慮がない。
それは私にとって、とても心地の良いことだ。
ところで、今日こうやって集まっているのは制服を持ち寄って着せ替えっこするため、だけではない。
これから私たちはいわゆる「前乗り」で地方のショッピングモールへ巡業に行くのだ。その割に緊張感が無いというのは言いっこなし、今から緊張するよりリラックスした方が伸び伸び演技ができるものだし。
明日のステージは、標高の高い街にある商業施設にある。もう、涼しくなってるのかしら。
そうそう、前にここでキャストやってた頃、みんなでキャストの子たちの地元を探訪するのが流行ったんだけど、そのとき思いっきり高原リゾートな所に泊まりがけで行った事があった。
あそこって、えっと、リゾートだけど穴場の観光地で、確か地名は……、そうだ。
コノハナ、ってところ。
——
八月も下旬なのに、下界はまだまだ連日の暑さに見舞われているらしい。いっぽう、我らの住まう木之花村は気候変動なんのその、今夏も冷房要らずの涼しさに恵まれている。
板谷楓という芸名(?)でコミュニティFMのDJをしているわたしは、天気予報もよく読む。ここは別荘地なので、そのオーナー達の住む都会の天気もお伝えするのだけど、今年の夏も気の毒なくらいの暑さ。こちらコノハナは最高気温が二十五度を超える夏日というだけで、ちょっと村民がざわつくと言うのに。
暦の上ではとっくに秋になっているのだから、コノハナの気候はそれに従っているだけ、他の地域が暑過ぎるのだ、とは思ってる。
秋の到来にひときわ敏感なのは植物たちで、村のあちらこちらで秋の花が咲き始め、風景に彩りを添えている。
秋の七草と言いつつも平地では夏前から咲き出すキキョウは、やや遅れて夏の訪れと共に次々と咲き始める。同じく秋の七草である、背の高いオミナエシと、その下を這うように陣を広げるヤマトナデシコのコントラストも綺麗。ほかにもフシグロセンノウやエンビセンノウなども鮮やかな赤や朱色を見せてくれる。
月遅れの盆あたりに花を咲かせる彼女たちをこの辺りでは「ボンバナ」と呼んでいて、民家の庭や畑の隅で栽培し、仏前に飾る習慣がある。いずれも自然環境のなかでは数が減っているが、コノハナではそちらの保全状況も比較的良好なようだ。
これらの花たちには、村の各所にみられる大小のお花畑で会える。お花畑といえば聞こえはいい。ただの原っぱだけど。
これは寒冷地で養分の少ない土壌であるがために森林が形成されず、畑地としての開拓も思うように行かなかった結果だ。でも、隣接する町村では草原だったところに木々が育ち、日当たりの良い草地を好む盆花たちが減ってきている。だから、痩せに痩せた土壌が花々の楽園を保ち続けてくれている、とも言える。
この村の原野における植生は、面白い特徴を持つ。乾いた土地を好む草花と、湿った土、さらには水を保った状態の土を好む草花が、乾いた原野を好む草花と同居しているのだ。
例えば、キキョウは乾いた土地を好む花だが、名前の似たサワギキョウは別の仲間で、湿地を好む。そして、この両者が並んで咲いていることもある。
土の好みが違っている花と花が同居できる理由は、コノハナの気候にある。この村は山また山の重なるその奥に現れる高原にあるので、夏は天気が特に変わりやすく、毎日のように夕立が降る。この雨が水分をこまめに供給してくれるので、湿った環境に適した植物も生きていける。
そこまで降るのか? と言えばそうなのであり、周りの地域に比べても極端に夏の雨量は多い。
何故なら地形の影響なのか、積乱雲がよそから集まってきたり、村の上空で発達したり、一度発達した雨雲がそのまま留まって大量の雨を降らせ続ける事が実に多いから。
このため、夏の雨量は内陸部にしてはとんでもない数字になる。アメダスが無いことから公式には認められていないものの、村の設置した雨量計は、八月ひと月の降水量が県内で一番多いことを示している。
この貴重な環境は自然科学の領域ではよく知られていて、もともと村のほとんどが国立公園内だという事もあって保護されている。
また、これだけ見事な花々の楽園なので、観光スポットでもある。ただし、村の立地が著名な観光エリアの間に埋もれて知名度が低く、しかも交通が不便、宿泊地というよりは別荘地なので、訪れる人はそれほど多くはないんだけど、そこが良い。
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「上原さん、ありがとう。キャストに入ってくれたうえに、この子たちの遊び相手にまでなってくれて」
本来なら練習場であるところの広い板の間に座り込んで制服交換会をしていたところに、私たちキャストをまとめるリーダー、唐沢さんがやって来た。そしてその模様を見られるや否や、
「いくらなんでも、はしゃぎすぎ!」
と、怒られた(私的には助かった)。
今回、キャストの現場から退いていた私に声をかけてくれたのは唐沢さんだし、頼んで来てもらった人に取っ替え引っ替え制服を着せて遊ぶとはどういうことだ、という思いも彼女にはあるのだろう。
私は構わないんだけど、声を掛けてくれたのはむしろ嬉しかったんだから。まあ、着せ替え人形になってたことが恥ずかしいのは確かだが。
そんな私と唐沢さんのやり取りをよそに、
「ねえねえ、光堕ちする前とあと、どっちが好き?」
「んー、前かなー」
「やっぱり? あたしも」
みんな立ち直りが早く、会話に花が咲く。唐沢さんに率いられて乗り込んだ現場行きの車内は、明日私たちが演じるピュアピアについての話題で盛り上がっている。
今年のピュアピアは「光堕ち」キャラが登場する。これ自体が数年ぶりのことなのだけど、その子が変身した姿がとてもミステリアスで美しいと評判で、何年も追いかけているピュアピアファンが大いに沸いた。
娘の保育園でも、彼女の人気は高いらしい。でも二月から始まる番組の前半では悪者側にいたので、正義の味方を応援するべきだと考える子どもと議論になったりもしたらしい。
それについては、先頃ようやく光堕ちを達成したことで解決したのだが、その際に変身後の衣装が変更となり、黒を基調にしたものから白系へと変化したし、我々キャストもそれに対応した。
「なんか、悪の側にいた時の方がカッコ良かったなー」
そんな声がこのチーム唐沢内でもメインストリームになっていて、私はそれを黙って聞いていたんだけど、それを許してはもらえなかった。前方の席からスマホがすっと差し出され、
「かーなさんも、そう思いません? ほら、カッコいいでしょ?」
このキャストは、典型的な元気娘でムードメーカーの堀田。大学入学とともにキャストに応募、その後就活もろくにしないので何かと思っていたら、卒業と同時に結婚し、ほどなく子どもを授かった。その間、二回の「産休(日ごと契約のアルバイトでそんな制度は無いけど)」以外はしばしばキャストとして活躍しているのだとか。
堀田も鷹野も、熱烈なピュアピアのファン、というわけではなかった。
鷹野は単に家と練習場が近かったからだし、堀田は元々、動物の着ぐるみが着たくてやって来た。そのように、主な仕事はメルヘンショーのキャストだってことを知らずに来る子も結構いるのだけど、幸い動物の着ぐるみもうちにはあるし、時々はそういう仕事もあることを説明してつなぎ止めている。
そして堀田は、まんまとピュアピアの沼にはまってしまった。学生時代は毎週のようにキャストに名を連ねていたし、主婦になった今も積極的に参加、ピュアピアを視聴しての勉強も怠りなく、お陰で子どもとのコミュニケーションも良好だとか。
で、その堀田が見せてくれた闇にいる時のピュアピアの写真は当然着ぐるみである。確かにこの衣装はミステリアスだし、他のピュアピアとは一線を画した大人の魅力に近いものも感じる。
それにしても、なんだか既視感のある写真だ。もちろんこのキャラクターは初見だけど、もしかして……。
「あの、このピュアピアの、動画って、あるかな?」
「もちのロン! ちょっと待ってくださいね」
と言って、堀田が見せてくれた再生録画を見て、直感した。
「真耶ちゃんでしょ? この子」




