その六
「転校生の、長峰楓です、よろしくお願いします」。
わたしがこの村にやって来たのは、中学校一年生のときだった。
木之花村は、世帯数に対する里親の数が日本一だという。
この村はキャッチーな「日本一」に恵まれない。というか、すんでのところでそれを逃しがちである。
例えば、
「日本一高いところにある村役場」
の座は一位の村に二メートル及ばないし、
「日本一高いところの小学校」
というのは、わずかに一メートル足りず二位に甘んじている。
どうも、観光パンフレットなどで話のつかみに使うのに丁度良い、分かりやすくビックリしてもらえる日本一が、なかなか見つからない。
でも、一言で、とか、一目みて、とかではない日本一ならあって、それが里親制度の利用率ってわけ。
前置きが長くなってしまった。要するに、木之花村には、里親制度を利用してやってきた子どもが多い。
そして、わたしもその一人だった。
身体に障害を持って産まれ、幼いとき母子家庭になり、その母も病がちで、やがて入退院を繰り返すようになってしまった。命には別状の無い病気だけれど、わたしを育てることは出来なくなった。親類にも一人余計に子育ての出来る余裕がある家は無かった。
そんなとき、里親制度の話が持ちかけられ、わたしは新しい家族を授かった。
里親家庭には、あたたかく迎えてもらえた。
いっぽう学校では、障害への配慮はあったけど、里親家庭だからどうこう、なんてことは無く、逆にそれで救われたところがある。腫れ物にさわるような扱いをされるよりも、ずっと居心地が良かった。
ここに来る前は家庭事情や自分の身体状態が心配で、中学生になっても部活に入るのは無理だと思っていた。
それも杞憂だった。とは言え他の子と同じような運動は出来ない身体だし、文化部の中から家庭科部を選んだ。
家庭科部は二年上の先輩が三人という小編成だけど、そのぶん結束は強かった。そのうちの一人が、嬬恋真耶先輩だった。
金髪に青い目の真耶先輩は、外国から移住した人が多いという木之花村の歴史を象徴するような存在だった。
「これでも、神社の子なんだよ、あたし。面白いでしょ」
初めて家庭科部の見学に行った時、クスクス笑いながらそう言われたのが、挨拶の直後、最初の会話だった。
「黒髪のほうが、神社の鳥居とか建物に合うと思うんだよね」
って。
真耶先輩のお母さんは、父方のおじいさん以外はフランス人。コノハナの出身ではないけれど、すでに多くの村人が外国にルーツを持つこの村だから良かった、神社に白人の嫁が来るのに反対する氏子もいるのでは、とかいう心配は皆無だった、とのこと。
神使という言葉もその時に教わった。普通は神使といえば神の使いを務める動物なのだが、真耶先輩はおそらく日本でただ一人、神使を務める人間なのだ。
言い換えれば、先輩が住まう天狼神社は、おそらく日本で唯一、人間の少女を神使とする神社ということになる。
そんな感じで、わたしが知ったら驚くかもしれない自分の身の上を、真耶先輩は次々と教えてくれた。確かに、先輩のプロフィールはコノハナでしかあり得ない、珍しいものだと思う。でもそれをあらかじめ教えておくことで、わたしがあとから驚かないように配慮してくれていたのだ。
ところが。
あえて言うならば、真耶先輩についてのいちばん奇妙な、とんでもなく奇妙な、あることは教えられなかった。
どこからどう見ても女の子である真耶先輩が、実は男の子だということを。
——
真耶先輩が「女子」であること。
それは村において、あまりにも当たり前すぎることなので説明するまでも無いというのが村民の共通認識だった。
でもさすがにそれはマズいと自分で気づいたのか、部活の終わり際に真耶先輩自ら、
「本当は、あたし、男子なんだよ」
と、わたしの耳元でささやいてきた。
その時のわたしは、案外落ち着いていて、それをすんなり受け入れたと思う。なぜなら、真耶先輩が男子だという事実を周りの先輩達がどうでも良いこと、むしろ普通に女子だと思って付き合っていることを感じとっていたのかもしれない。
外国にルーツを持つ生徒が当たり前のように沢山いる、わたしが引き取られたような里親家庭も沢山ある、わたしのように身体に障害があっても出来ることが沢山ある。
だったら、女子そのものにしか見えないし、女子扱いしかされていない男子がいることだって、なんの不思議も無いじゃないか。
理屈で考えれば、そうなる。
今はあまり使わない言葉になったが、真耶先輩の女子力はずば抜けていた。
衣と食に関して本気を出せば部内ではもちろん、校内でも右に出る者は居ないとの評判だった(小さな学校だからというのもあるにはあるが)。
コノハナ中(と、カタカナ表記することがわたし達生徒の間では多かった)の女子制服はトラディショナルなセーラー服で、わたしのような里子の経済的負担が少ないよう、汎用性の高いことが採用理由だと言われていた。同じ理由で男子は学ラン。
真耶先輩の制服(当然女子の方)の着こなしは美しかった。丁寧な洗濯やアイロン掛けで、しわやシミの一つも見つからないスカートとジャケット、そして完璧に整形された真っ赤なセーラーのタイ。まったくもって乱れが無い。
先輩が、ぴんと伸びた背筋まで伸びたサラサラストレートの金髪をなびかせて登校してくると、朝の太陽に照らされて、天使の輪がキラキラ光る。
神々しいとは、まさにこの事だと思った。
女子からも憧れの目線を独り占めするような女子の中の女子、そう表現して誰からも異論は出ないような女子の鑑としか見えない。それが真耶先輩。
男子だけど。
もちろん周囲は彼、もとい彼女を女子として扱った。
体育の授業も女子と一緒。
トイレも、更衣室も、女子と一緒。
それを、学校の誰もが何の疑問も持たずに受け入れていた。
学校でそれが当たり前にされる理由は他でもない。そもそも木之花村の人々がみんな、
「嬬恋真耶は女の子」
だと思っているからだ。
天狼神社は村社である。そこの事情で男の子を女の子として育たなければならないとき、村の人々が協力するのは自然なこと。
だから、村ぐるみで嬬恋真耶という男子を女子に仕立て上げることも、平然となされていた。
そして当の真耶先輩も、それを当然のこととし、女の子として日々を過ごしていた。
それがこの村の当たり前だと理解したわたしは、その後は大して疑問も持たぬまま、その状況に馴染んでいった。
それによって、本人にも周囲にも、何の問題も起きなかった。
その頃は。
——
そして、その真耶先輩こと、大人になった真耶さんは、今わたしの目の前で、なみなみとチャイの注がれたマグカップを両手で包み込むように持って、ふうふうしている。普通の女子が下手に真似したら即あざと認定されそうな仕草を気負いなく自然にやってのけるあたり、いまだこの人は徹底的に「女子」なんだと感じる。




