その五
もっとも、そこまで開けっぴろげに門戸を開くことで、一体何の得が? なんて事を思う人もこの国には多いのかもしれないけど。
でも、あらゆる属性の人々を分け隔てなく迎え入れると、ゆくゆくは双方に利益と発展をもたらす、という事実はコノハナの歴史が証明している。
四方を山に囲まれたこの村は、永いあいだ天狼神社を中心とした小さな集落でしか無かった。だが近代の到来とともに海の向こうの様々な国から人々が訪れ、それまでの日本人が持っていた価値観を揺るがし、ときに変化させていった。
「高原」とか「避暑」という概念も外国人に由来するという。彼らは日本各地に別荘を建て始める。それはコノハナも同じだった。だがこの村が他と大きく異なっていたのは、別荘に住まう人々のなかで、そのまま定住することがブームになった点だった。
もともと、コノハナの里の人口はわずかであったので、あっという間に外国人や、彼らを相手に商売を始める日本人の数がそれを追い越してしまった。気がつけばコノハナは多くの国や地域にルーツを持つ人々が共存する、当時としては珍しい村になっていた。
では古くからの村人は、そんな変化をどう捉えていたのだろうか?
といえば、おおむね歓迎していたようだ。新たな文化や知見に触れられることは、十年一日の変わらぬ暮らしを送る村人たちには良い刺激だった。
こうして他民族共生の村、コノハナが出来上がった。その象徴的な存在が天狼神社の神使、嬬恋真耶さん。その出立ちは神官装束に似つかわしい黒髪長髪、かと思いきや金髪碧眼に白い肌なのだから。
わたしがコノハナに引っ越して来たときは、クラスメイトの顔立ちのバリエーションに驚いた。さまざまな地域をルーツに持つ生徒たちが集まっていた。
生徒たちの多様なすがたは、人種や民族に限らなかった。現にわたしは装具を使う身体障害者だったけれど、それをもって奇異な目にさらされたことは一度もない。
そんな多様性のいちばんの象徴が、ふたつ上の先輩、嬬恋真耶さんだった。どこからどう見てもその姿は女子中学生、なのに実は男子なのだから。
だが、彼女の存在が実は村の持つ保守的な側面の象徴であることに、わたしは気づいた。それはずっと後の話だけど。




