表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宗教上の理由  作者: 儀間朝啓
第四章
PR
45/52

その一

 春。スタートの季節。


 新卒社員の四月は、研修、研修、また研修。私が入った会社も例外ではなく、色々な部署を見学したり体験したり。でも今の時代、スパルタ的なことも無いので、なかなか楽しい日々。

 とは言え、まだまだ新入社員の通過儀礼的な仕事は残っているらしい。合宿で登山をするとか、農業などの異業種を体験するとか、コントや芝居を作るなんてのも有るらしい。社会人の運動部がある会社では、その応援も立派な研修だと考えられているみたい。


 この会社では、大型連休のイベントに新入社員が集い、さまざまな役割につく。そんな中、私は一人しか体験できない特別なポジションに指名された。


 その仕事は、着ぐるみ。


 最初にそれを聞かされた時は、ゆるキャラみたいのを想像していた。だから、

「大変そう、重かったり、大きかったり……」

という言葉がついつい出てしまった。でも研修担当さんが、

「そんな事は無いですよ、そう、頭の大きさは実際の人間の一・五倍も無いんじゃないかな」

と答えてくれたので安心した。

「全体のフォルムも、ヒトの形とほぼ変わらないから。ぬいぐるみってイメージとは違うかも」

とも言っていたので、私が着るのは、動物のパジャマみたいなものだと、勝手に思ってた。


 ところが、いざ当日になってみると……。 


——


 私はいま、アニメの登場人物の顔を立体化したお面をかぶっている、いや、お面どころじゃない。アニメの女の子キャラクターの首から上を丸ごと自分の首から上に同化させている。

 言い換えれば、私はいま、うちの会社が深く関わる人気アニメのキャラクターに、なっている。


 子どもの頃、ピュアピアというアニメのキャラクターショーというのがあって、ショッピングモールへ観に行ったことを覚えている。

 でも、その二つが結びつくというか、ピュアピアショーに出て来たキャラクターのお面が、この会社の看板メディアミックス作品『キラパラ』にも存在するとは知らなかった。

 しかも、まさか私がそのメインキャラを演じることになるなんて、全く想像不可能だった。

 しまいには、「メン」とかマスクとか呼ばれる、キャラクターの着ぐるみをかぶるなんて場面が自分の人生に存在するなんて、知るよしもなかった。


 この着ぐるみと衣装を初めて見た時、恥ずかしさが一気に襲って来た。今までした事もない格好をする時って大抵の人はそうなると思うけど、それにしても予想外すぎる。

 キラキラ光ってフリフリで装飾だらけの衣装、そしてアニメの絵をそのまま立体にした可愛さあふれる顔。着付けの時は自分の身体を見ると恥ずかしいので、アシストのお姉さんにかなり任せてしまった。

 そして、顔をかぶった瞬間、視界が真っ暗になると同時にビニールとか発泡スチロールとかが一緒になったような匂いに襲われた。これはマスクの材料であるFRPというプラスチックの匂いらしい。こんな匂いは今まで嗅いだことがない。

 外の世界はほとんど見えず、わずかに三日月のように細く開いたスリットから、かろうじて(のぞ)といった程度。控え室から会場まではアテンド役の社員さんが案内してくれるのだけど、足元を見ようとすれば前が見えない、前を見れば……、といった状態なので、とても不安。一歩、また一歩、ゆっくりと進むことしか出来ない。


 所定の位置についたあとも、ドキドキは続いていた。

 開場前から音楽や照明が華やかに会場を彩っているのが、わずかな視界と、マスク越しの外界の音からでも、十分に伝わってくる。

 そんな時。

「ぽむ」

軽く肩を叩かれた。

「リラックス、リラックス。力抜いて大丈夫、あたしが付いてるから」


 私は、一人で着ぐるみを着てるわけじゃない。キラパラのメインキャラクターは二人いて、私がそのうちの一人を演じ、隣にはもう一人の主人公がいて、実質的に私のサポートをしてくれることになっている。

 「あ、ありがとうございます、嬬恋さん」

私たちはマスクとマスクをぶつかる寸前まで近づけて会話をする。そうしないとお客さんに聞こえないように意思疎通をすることができないから。


 私と一緒にファンサービスをするのは嬬恋真耶さん。スーツアクターという、着ぐるみを着る仕事をしている人、つまりはプロ。

 その嬬恋さんは、私がお礼を言うと立てた指を横に振ってチッチッというサインを出す。そして、

「お礼は無用、当然のこと。あとあたし今、嬬恋じゃないよ。あたしは、きさらぎ。あなたは、むつき」

 そうだった。控え室で私と嬬恋さんとで打ち合わせをして、その中で教わったのは、キャラになりきることが大事ってこと。それにはお互い自分を捨てよう、ついてはキャラクターの名前で呼び合おう、と。

 「あと、『ですます』で話すのもヤメにして欲しいかな? 友達同士だもん」

着ぐるみ経験の長いプロの言葉だから、私はそれを受け入れた。年下の私にも敬語を使っていた嬬恋さんは、今は私がタメ口で話しかけても受け入れてくれる、きさらぎちゃんになっていた。


——


 それから、短いような長いような、実際は数分のことだったかもしれない。

 急に会場の巨大展示場が、ざわついて来たのを感じた。

 開場だ。


 「ほら、ファンのみんなが来たよ」

と、嬬恋さん改めきさらぎちゃんが私の耳元と口元の間でささやく。そして、

「こんにちはー! 握手する? はい、どうぞ」

早くも、私たちの前に列が出来ているらしい。この役目も私と同期の新入社員で、いつのまにか派手目だけどオシャレなスタッフジャンパー姿になって、アイドルと化した私たちと子どもたちとを引き合わせてきた。

 で、あ、握手? え、でも、どこに居るの? 見えない……、あ、目線を思い切り下に向けたら、女の子が、いた、私のすぐ、そば。


 緊張と恥ずかしさが、一気に襲ってきた。明らかに私のことを、憧れのまなざしで見ている、のを感じる。

 注目を浴びるのには慣れていないし、あがり症だし。その上、どんな感じで自分が見られているのか、目で確認することも出来ない。


 しかもこんな時に、急に自分の身体の状態変化に気づいてしまった。

 (アツい……)

全身を覆う厚手のタイツ素材のスーツの上に、通気性の無いビニールなどの素材で作られた衣装を着ているので、次第に身体が暑くなってきた。

 同時に、着ぐるみマスクをかぶっているために、顔が蒸し器にでも入ったかのように、熱い。

 ただでさえ空気がこもっているのに、呼吸をすると、体内で暖まった自らの吐息がマスクにぶつかり、跳ね返ってくる。それによって、余計に顔がほてっているように感じる。

 何を、どうすればいい? 私は、パニックになりかけていた。


——


 すっ。

 私の手を、別の手が優しくつかんで、ゆっくりと前に差し出すように動かした。

「こんな感じ」

きさらぎちゃんが、そうアドバイスしてくれているのが、聞こえた気がした。それまでのドギマギが、すっと落ち着いた。

 すると、

「ぎゅっ」

別の柔らかな手が、私の手を握ってきた。

 あ、分かった。こっちが手を出せば、子どもはその手を受け取ってくれるんだ。


 そこからは、次第に心が落ち着いてきたし、子ども達と触れ合うコツみたいのが、だんだん感覚で分かって来た。

 子ども達は、キラパラのヒロインである私こと、むつきと握手したり、ハイタッチしたり、時には胸に飛び込んでハグを求めたりする。

 だから私も、むつきになったつもりで子ども達を迎える。自然とそんな雰囲気になってくる。

 それは、きらさぎちゃんこと真耶さんのおかげも大きい。彼女の動きは気配で分かるので、それに付いていけば自然と子ども達を歓迎する動作が出来ていた。心にも余裕が生まれた。


——


 あっという間に時が過ぎた。体調悪化防止のため一定時間着ぐるみを着たら休憩するルールなので、スタッフさんによって私たちはふたたび控え室に誘導された。

 控え室といっても、ブースの裏にパーテーションみたいな物を組み合わせた即席のスペースで、外の賑やかな音も筒抜け。それでも見られないというだけで心は落ち着く。

 こうなれば、一刻も早く着ぐるみのマスクを脱いでしまいたい。狭くて暗くて暑くて、休憩時間だけでも解放されたい。

 ところが、なかなか上手くいかない。かぶる時は完全にお任せだったのが良くなかった。どういう風にすれば取れるのか、かぶる時と逆にすれば良いと思うのだが、自分でやってないので分からない。首元から顎とかうなじとかを、手で必死に探り続けた。


 その時。

「ふっ」

顔の左右に、お面の外からかすかに、体温を感じた。そして、

「がさがさ」

という音がマスクの中にこだましたかと思ったら、首筋を新鮮な涼風が撫で、暗闇は一転し、光が私の両眼に飛び込んできた。

「ごめんね、初めてだもん、一人じゃ脱げないよね」

背後から、優しい声。

 嬬恋さん、いやまだ、きさらぎちゃんだ。


 「途中から大変じゃ無かった? ヒト型の着ぐるみさんは、急に熱がこもったみたくなるから」

きさらぎちゃんは手際良く、控え室に置かれたクーラーボックスからスポーツドリンクとおしぼりを取り出し、ドリンクは私の手に、そしておしぼりをサッと広げて、私の首のあたりにそっと当ててから、少しずつ広げて顔全体の熱気を取ってくれた。

 でも、そんなきさらぎちゃんは、というと……。


 かわいい……。


 いや、そうじゃなくて、嬬恋さんはマスクを取らずに、まず私のケアを優先してくれている。自分だって相当暑いはずなのに……。

「おかぶりは、このままで良いかな? 一度外すとかぶる時、濡れたタイツ生地の冷たくなったのが不快に感じる人もいるから」

おかぶり、全身タイツのフードのことかな。独特の表現だと思うけど、かわいい表現だな。

「はい」

「友達同士で、はい、なの?」

「あ……。うん、いいよ」

そうだった。私たち、友達キャラなんだった。


 こんな感じで、すっかりキャラクターになりきっている嬬恋さんは、この時の休憩中はマスクを完全に取ることが一度も無かった。あるとすれば、時々マスクを少しだけ上に上げて外の空気を入れつつ、袋から吸って飲むタイプのドリンクで水分を補給する程度。

 その間も、私のことをすごく気にしてくれて、タイツを絶妙な長さに伸ばして中の肌を冷やしてくれたり、通気性の無い衣装を適度にゆるめて風を通してくれたり。

 「あ、あの」

つい声が出た。尋ねたくなってしまった。

「どうして、マスクを脱がないんですか、じゃない、脱がないの?」

 すると、きさらぎちゃんこと、嬬恋さんは即答した。

「だって、脱ぎたくないんだもん。かわいいでしょ?」

この着ぐるみを着る機会は少ないし、せっかく着られたんだから、少しでも長い時間、この姿でいたいと思うじゃない? と、彼女は嬉しそうに語った。

 そして、

「むつきちゃんも、そうだよ? そろそろ休憩終わるから準備しよ?」

と言って、私のかぶっていたマスクを手に取り、頭からかぶせてくれた。そして、

「前、見て? あ、この辺かな?」

と何やら私の前に差し出して来たのを感じた。


 「こ、これが、私?」

そこには卓上サイズの鏡があって、その中には、むつきに変身した、私がいた。


 かわいい。

 自分で自分に見とれる時が来るなんて思わなかった。でも、それくらい、かわいかった。

「そうだよ?」

と、きさらぎちゃんが言った意味、納得させられた。

 なんか、自信出て来た。さっきまでは、きさらぎちゃんにアシストされながらだったけど、なんか、自分から積極的にやってみようかな、って思えてきた。


 途中、何度かの休憩を経て、一日が終わった。

「お疲れ様。疲れてないですか?」

きさらぎちゃんから元の姿に戻った嬬恋さんに問われて、私は、

「疲れたけど……、楽しかったです!」

と、自信を込めて答えた。嬬恋さんはニコッと笑顔を作って、

「良かったです。あたし、一緒にお仕事する人も、楽しくキャラになりきってほしいって思ってるから」

と答えてくれた。そして、

「でも、楽しそうにやってるのは分かってたんですよ。キャラになりきって、すごく良かった。かわいかったですよ」

と。


 嬉しかった。もしかして社会人になって一番楽しかったし、ほめられて嬉しかったかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ