その十三
「暮れで色々切らしてるから、注文はお任せにしてもらっていいか? 一人アタマ二千くらいで」
とマスター。これ実際は、年末年始の休みに入るというのに食材を余らせても仕方ないから、出せるものは全部出してしまおうという意味だと後で分かった。しかも安価で。
つまり、ものすごくお得な日にアタシ達は当たったのだ。
このはな村の名物と言えば野菜。だからまず出て来たのがサラダと枝豆。
冬の畑は雪に埋もれているけれど、そこに植わったままの野菜たちは冷たさから身を守るため、甘みを蓄える。味わいの深い野菜たちは、少しの塩とオリーブオイルだけで十分だ。
枝豆は、コノハナの地場野菜とも言える四粒枝豆。一説には、本来枝豆はひとつのサヤに四粒入るような遺伝子を持っているのだが、栄養などさまざまな理由から粒が少ない状態で実るのだという。しかしコノハナに伝わる枝豆は何故か四粒入りのサヤを大量につける。これまた一説には、過酷な環境、つまりやせた土地と夏でも涼しい気候に耐えつつ、長い時をかけて育ち、より多くの子孫を残すべく多くの粒を付けるようになったとも言われる。
晩春に種をまき、晩秋までかけて育てられた豆は甘みや旨みをしっかり乗せている。それがサヤひとつにつき四粒味わえるのはちょっとトクした感もある。
なお、枝豆が熟すと大豆になる。この大豆で作った豆腐や納豆も、これまた絶品。
文字通りの前菜(野菜から食べると血糖値を急に上げずに済むので健康に良いと言われ、それを実践する飲食店がこの村には多い)のあとは、怒涛の料理ラッシュ。
マスターが手際良くさばき、美しく盛り付けて出してくれた刺身は、なんとイワナ! 寄生虫が繁殖できないような清潔な水で養殖しないと食べられない高級品。口にするとフワッと溶ける。美味しい。
そして、残ったおかずを全て出すというマスターの宣言どおり、色々なものがさまざまな調理法で出される。
盛り上がったのはホイル焼き。中身が何か告げられずに出されるので、ガチャ気分で楽しい。ニジマスだったり、豚バラだったり、それらが野菜やキノコと共に蒸されることでうまみが加わる。
そ 締めは、上州と信州の文化が混じり合う地域性を体現するように、上州名物の麺類「おっきりこみ」と、信州のおやつ兼主食の「おやき」。
おっきりこみは、ほうとうやきしめんのように幅のある小麦粉の麺。ただし麺に塩を混ぜない点が特徴で、またこの店の麺は切り方があえて不揃いになっていて、いろいろな歯触りを楽しめる。また麺にコシがあるので、野菜や肉をどんどんぶち込み、長く煮込める分、味わいも深くなる。
おやきは、見た目は饅頭だけど、中身は野沢菜やなす、カボチャなど、野菜類が多く使われる。あくまで食事の意味合いが強いのだ。たまにアンコが入っているのもあるので、それを引くと当たりを引いた気分だったとは、真耶ちゃんの話。
具がバラエティに富んでいるため、何を入れても良いのだとコノハナの人々は解釈している。結果、この村のおやきにはカレーやパスタなどが入ったものもあり、国際色豊かなこの村の食文化を象徴している。その特色を活かすためにも、多くの種類を食べられるよう小ぶりにできているのも嬉しい。
それにしても、素材も良ければ調理の腕も良いことが、アタシの舌でも分かるくらいだ。今は雪に埋もれているけど、実は野菜畑と牧場に囲まれたような村だから、良い材料が入ってくる環境が整っているんだと思う。
マスターのこだわりもよく分かる。食材はもちろんのこと、調理法をしっかり吟味しているのだと思う。分かりやすいところで言えば、卓上の調味料。上州の老舗醤油蔵のたまり醤油や善光寺門前で売っている唐辛子、塩は日本海や沖縄などで作られたもの。
細かいところまで手を抜かず、良いものを集めている。
これだけの料理をお手頃価格でいただけるのは、幸せと言う他にない。楓さんによれば、普段から安いというから、村に住む酒好きの人はたまらないだろう。
——
「一番忙しいのは、もちろん夏だね。避暑地だし、学生は夏休みが長いから、合宿と言う名のバカンスで長期滞在する連中も多いんだ。目の前の静かな通りが、さほど暑くもない真夏の数週間はそれなりに賑わうわけよ」
締めを済ませたあとも、マスターを交えてのおしゃべりは続き、話題はお店のルーツについて。
別荘地を分譲するとき、そこに売店や飲食店を設けて利用者の利便性をはかるというのが、かつてはよくある事だったらしい。この店の建物もそれを居抜きで使っているため、今も保養所などの利用者が多く訪れるのだそう。
「じゃあ、お客さんは学生さんが多いんですか?」
「そうだな。学生たちは休みも長いし、仲間でまとまって来るから、多いとは感じるよな。どこのセミナーハウスにも、上級生が連れて来る店ってのは代々決まってたりするんだよ。大学とかサークルとかによって、伝統が受け継がれてるみたいでさ」
へえ、そういうのが受け継がれてるんだ、面白い。
「でもマスター、学生のお客さんって、マナー的にどうなんですかー?」
そこで、楓さんがこう問いかける。でもこれは質問というより、答えを知っていたのネタ振りだということが、すぐに分かった。
「まあな。昔の一気飲みなんつー馬鹿げた飲み方はさすがに見なくなったけど、沢山飲める奴が上位みたいな価値観は根強いね。で、格好つけでグイグイ飲んで潰れる光景は今でもよく見るもんな」
「ですよねー。限界に挑戦とか何とか言って。自分の限界を知っておいた方がいいんだ、なんて知った風な口をきいてる学生もよくいるけど、限界に挑戦して散って行った子の後始末する身にもなりなよって話」
「後始末? 何の?」
と、おとぼけ振りを発揮する真耶ちゃんはおいといて、マスターが楓さんの発言を受け取って、
「だいいち、これ以上飲むのがつらいとか苦痛だとか、美味くないと思った時点でもう限界とっくに超えてんだよ。それでも飲もうとするのは酒に失礼だし、丹精込めて作った酒を食べ物と一緒に道端にぶちまけられたら、杜氏の苦労も報われないだろうよ。あ、わりい、食事処でこんな話をしちまって」
いえ全然平気ですよ、とアタシはしっかり意思表示。十代の二人はまだピンとは来ていないようだが、
「そういう噂は大学の先輩から聞いてます。自分たちはそうならないよう気をつけたいです」
と、聞き分けが良いところを見せてくれる。
ちなみに真耶ちゃんは、話を理解したのかしていないのか分からないし、またもお酒をおかわりしている。いいや、ほっとこう。
「無茶な飲み方する連中はどこの大学にも居るね。先輩の方々には、そういうところの模範になって欲しいところだけど、そういう下級生がいる集団に限って上も便乗して騒いだり、むしろ煽ったりするわな」
「ですよね。でも酔った客ほど厄介じゃないですか? カスハラなんて言葉もありますけど、酔客は平気でそういうのやりそう……」
「いやいや、こちらのマスターさんが屈するわけないでしょう?」
アタシの問いに、楓さんが割って入る。
「怒らせると怖いんだから」
とも。
すると、
「まー、否定は出来ないし、するつもりも無いんだよなあー」
と、マスター。
「ま、こっちは酒飲ませる商売だけどさ、そういう無茶をする輩に便乗してまで酒を売ろうとは思ってねえんだ。だいいち、ハタ迷惑な客は客じゃ無えって思ってるし、言ってやるよ、容赦なく」
「言うだけで済むなら、まだ良い方だよね」
「楓! ラジオ屋だからって一言も二言も多いんだよっ、ハハハ」
このやりとり、どうやらいつも繰り広げられているらしい。楓さんは、マスターの白黒ハッキリさせたがる性格が気に入っているみたいだし、その話を聞きたいという楓さんの希望にマスターも乗ってあげてるんだと思う。
「大学とかでも他人に無理強いするなって指導はしてるみたいだけどな、今も昔も大学生がそんな言いつけ守るわけも無えんだ。だから、まあ、なんだ」
と言い淀むマスター。でも楓さんが代わりにというか勝手に補足する。
「んーと、怒鳴りつけるのは当たり前ですよ、『酒の飲み方も知らん奴ぁ幼稚園からやり直せ!』とか。言っても効かない時は、文字通りつまみ出すこともありますよ。首根っこを引っつかんで」
ニコニコしながら話す楓さんと、苦笑するマスター。
「集団で騒いでるお客さん達にバケツで水ぶっかけた事もあったっけ」
すごいな、それこそクレームが来ないのだろうか?
「で、大抵の学生さんたちはシュンとしちゃいますね。中にはキレて帰っちゃう人たちもいるけど、どこの保養所やセミナーハウスにも管理人さんが居るじゃないですか。そしたらその人たちにも、むっちゃ怒られて、翌日謝りにくるって。ね?」
「ん? まあそうだな、あちらはあちらで、部屋に酒持って集まってドンチャン騒ぎされても困るし、一度ウチに来た連中は、その後はセミナーハウスでも静かに飲むようになるらしいからな」
どうやら、ハッキリものを言う姿勢が好感を呼んで、それが人気の理由でもあるらしい。
「気に入ってくれた学生が、就職してから顔を見せてくれることもあるし、そういうのは嬉しいよな」
ところで、締めのご飯も食べたし、みんなお茶やお水で口を整えているというのに、相変わらずお酒をスイスイ飲んでる真耶ちゃんってには、ホント呆れる。今はここからもっとも近くにある日本酒蔵でつくられた冬限定の無濾過生原酒をちびちびと。いや、ひと口が結構多い。ジュースのように、どんどんノドに流し込んでゆく。
「マスターさんが地元の蔵の人たちに信頼されてるから、限定のお酒を卸してもらったりするの。これがいつも楽しみで」
「こことは長い付き合いだからな、居酒屋も小料理屋も昔は酒の種類をたくさん置くより、ひとつの酒蔵と深く付き合うトコが多かったんだよ。ウチは今も日本酒はここメインで、たまに他から仕入れる事もあるけど、群馬長野で醸したものにこだわってはいるね」
へえー、やっぱり徹底的に食と酒へのこだわりがあるんだなあ、って感心してる場合でも無いんだけど。
ほら、気がつくと終バスの時刻が近づいてる。テキパキと会計を済ませ、さあ立ちあがろう、というところで、急に、ふらっ。
しまった、いつのまにか酔いが回ってた。
「あ、大丈夫ですか」
と、咄嗟にアタシの身体を支えてくれる楓さん。
「あ、ありがとう」
と言いながら彼女の方を振り向くと、医療用ヘッドギアの奥に、にこやかな笑顔が浮かぶ。
楓さんは身体に障害を持っていて、転倒した場合に備えてヘッドギアをかぶっている。手や足は装具の力を借りないと安定して立てないし、普通の人と同じような運動は出来ないのだそう。
それでもできる範囲で自立しているうえ、酒に滅法強く、手足が不自由と言いつつも酔っ払いよりもちゃんと地に足を付けている。
もっとも真耶ちゃんみたく、華奢でいけるクチにはとても見えないのに、まだ飲んでる化け物もいるけどこちらは別格だけど。
とにもかくにも、無事に最終バスに乗って嬬恋家に帰ることができた。寒冷地の家なので暖房がすぐに効くようになっていて、すぐにあったまって、着替えておねんねすることが出来た。
——
翌日。
寝過ごした。
目覚めたらもう昼だった。これから年が明けてそして三が日、何の予定も無いけれど、あまり他人の家に居座り続けるのも悪い。
で、慌てて飛び起き、辺りを見回す。
……みんなもう起きてる!
階段を駆け降りると、真耶ちゃん達は食卓を囲んでランチのあとのデザートを楽しんでいる。
「あ、茜ちゃんおはよー。よく眠れた?」
ね、眠れた? って、見りゃ分かるでしょ、大寝坊なくらい寝てたってば! でも、
「あんまし気持ちよさそうに寝てるから、起こすのが心苦しくて。お昼もデザートも茜ちゃんの分は取ってあるから、どうぞ」
真耶ちゃん、ちっとも悪気が無いみたい。
ともかく、言われるままに椅子に座るアタシ。確かによく考えたら何が何でも今日の午前中に帰宅の途につく必要は必ずしも無い。しかも、
「さっき、希和子さんからSNSが届いてさ、せっかくだからお正月もこっちで過ごしたら? だって。まだみんなと遊び足りないらしいよ、アイちゃんとレンちゃんが」
なんて事を言われると、急いで帰る理由も無くなってしまう。後輩ちゃん達も異存は無いどころか、まだここに居られるならラッキーだって。
よし、三が日はコノハナで過ごそう。




