その十二
午後からも引き続きショッピングなんかをしつつ村内を巡り、そのあといったん嬬恋家に戻って、お風呂であったまってから再度出かけることに。
「今夜は冷えそうだよ」
と、夕暮れの空を見て真耶ちゃんが一言。昼間は時々小雪が舞ったかと思えば晴れ間ものぞいたりという変わりやすい天気だったが、いつしか雲は無くなり暗くなった空には星がきらめき始めている。
晴れた夜は放射冷却が起き、冷え込みが一層厳しくなる。昼間ですら手持ちの服装では足りないくらいだったのだから、安心して外出するには……?
というわけで、アタシ達もスキーウェアでお出かけすることにした。だって真耶ちゃんが強力におすすめしてくるんだもん。
しかも、ちゃんとアタシたちの人数分が揃っている。真耶ちゃんによれば普段着扱いだからこまめに洗濯できるため、また寒さの度合いによって使い分けるためなのだとか。
でも一番大きな理由は、真耶ちゃんが気に入ったスキーウェアをすぐに買いたがるから、だと思う。
実はアタシ、スキーの経験が無いので初めてウェアを着る。触ると中綿が豊かでモコモコとした感じだけど、着てみると思ったより軽いし、かさばった感じもなくて動きやすい。
真耶ちゃんのコレクションの中にはスノボウェアもあるんだけど、村の人たちはスノースポーツの服は便宜上すべてスキーウェアと呼ぶらしい。そこで両方を試着したうえで、スノボ用の方がゆったりしてる感じで着やすいので、こっちに決めた。
しっかり防御を固めたうえで外に出ると、ホントに寒くない! 特に、腰周りまでパンツがカバーしてくれるので、スースーしないのはとても助かる。
「スキーウェアは、究極のお洋服だと思うんだ、あたし。あったかいし、動きやすいし、カラフルもこもこでかわいいし」
とは、真耶ちゃんの弁。ただ、
「東京でも、みんな普通に着るようになれば良いんだけどな」
という願望は、叶いにくいと思う。
——
乗るバスは楓さんと打ち合わせて決めていたので、何個目かのバス停で無事合流できた。
そういえば、楓さんもスキーウェアだ。もしかして大人の普段着でもあるのかな? とも思ったりしたのだが、アタシたち以外に乗ってくるお客さんは、厚着ではあるけどそうでもなかった。どうやら、真耶ちゃんのファッション的なシュミの面が大きいらしい。
再びやって来た村の中心部、その名もズバリ中央広場。
ここからは放射状にいくつか道が分かれていて、そのうちの一つが保養所通り。文字通り大学や企業などの研修所が道沿いに続いているのだけど、このはな村の建物は木々に囲まれたなかに建てられ、これによって夏の日差しと冬の冷たい北風、そして横殴りの雪をシャットアウトしている。
もちろん建物どうしも大きく離れているから、家が建ち並んでいる感じは無い。まるで林の中を歩いている感じ。
しかも年末とあっては合宿や研修もあるわけなく、通りはひっそり、心も薄ら寒くなってくる。そんな時、緑色のちょうちんを提げた一軒の平屋建てが目に飛び込んで来る。
「いらっしゃい、お、今日は団体さんだねえ、ありがたいねえ」
威勢の良い挨拶に迎えられ、入った店内にはカウンターと小さめのテーブル席が二つ。でもアタシたち以外にお客さんはいないので、貸し切り状態。
「年の暮れだし冬だし、そろそろ閉めようかと思ってたところだよ」
カウンターの中でそんなジョークを飛ばすのが店主の女性。女性だけど、なかなかキップが良い。
「突き出しどうする? 要るかい?」
「チャージですか? おいくら?」
「百万円」
「うわー、ボッタクリだ、逃げろー!」
なんて軽口を叩き合う楓さんとお店の女主人。
楓さんが自信を持って案内してくれたこの店。当然彼女はここの常連。
ちなみにコノハナにはお通しや突き出しの習慣は無くて、チャージと称してお金を取る時は必ず入り口に明示しておくか、もし何かつまむものを出す場合はタダ(!)。そういう慣習なので二人のやり取りはお約束のジョークというわけ。
このお店、カテゴリとしては小料理屋なのかな。でもメニューと値段がハッキリ書いてあるのは居酒屋っぽい。
まずは楓さんが先陣をきって注文。
「ビールください」
生ビールはこの時期やってないらしく、大瓶が出てきた。そして、
「茜さん、飲み物が決まってなかったら、一杯いかがですか?」
とすすめられたので、お相伴にあずかることにする。
「この子はねえ、こんな童顔のくせして結構いける口だから。気をつけなよ」
と、マスター(コノハナでは飲食店主のことは性別関係なくマスターと呼ぶ)が良いタイミングで忠告。
「童顔は余計だってば」
と楓さん。この言葉のキャッチボールが心地良い。
なお楓さん、この直後にはコップに注いだ手酌のビールをひと口で飲み干した。なるほどこれは要警戒だ。
ところで、お茶で身体をあたためている未成年ふたりの隣りに座る真耶ちゃんは、というと。
「いつものを、ホットでお願いします」
いつもの! これまた常連しぐさだなあ、もう。
勿論マスターは二つ返事で、適温のお湯がキープされている熱燗器に一升瓶から「いつもの」を注ぐ。
アタシは前に来た時、この「いつもの」を頂いたことがある。これは寒冷気候のために米が取れないコノハナで独自に発展した、寒冷な気候にも強い作物のヒエをベースに作られたお酒。
収穫したヒエを蒸し、そこに麹を配合し(昔は麹もヒエから作っていたようだが、今は日本酒と同じ米麹を使っている)天然の酵母の力で発酵させる、ほぼ昔から変わらぬ製法。
だが、厳しい気候にも耐えるヒエですら貴重な穀物であったこと、そして今は逆にヒエを作る農家が減っていることから、昔も今も村人と一部の観光客のみが口にする程度の、ごく少量しか生産していない。村外に流通する事は、まず無い。
現代は、さまざまな種類の酒がこの村でも入手できる。というか、別荘から始まった外国人の移住で大きくなった村は、むしろさまざまな国や地域の酒が集まって来た。
それなのにこの、一見ただただ素朴な酒が生き残ったのはなぜ?
答えは、その味にある。
「お待たせー」
マスターが真耶ちゃんの前にそっと差し出した細長いコップには満々と白濁した液体。そこから湯気とともに湧き立つ、ほのかな香り。甘い中に爽やかな酸味を感じさせる。
例えるならワイン、はたまた近頃はやりのフルーティーな日本酒。苦味や雑味は一切ない。しかも燗をすることで、心地良い香りが一層強く引き出されている。
「すぅ」
音もさせず、静かにひと口目をそっと唇に流し込んだ真耶ちゃんの顔が変化した。普段からにこやか穏やかな顔のことが多い彼女だけど、そこからさらに表情がやわらいでいる。
村に長く住む人が単に「おさけ」と言うと、通常はこの飲み物を指すくらい、定番の飲み物。その理由は美味しさと、冷暖どちらでもいける上に、食前食中食後のどれにも合う味わい、そして、安さ!
実は、雑穀の醸造酒というのは、酒税法で定められた酒類のカテゴリのどこにも当てはまらないらしい。普通そういう場合はリキュールなど、税率の高いもののうちとして定義されるらしいのだが、裏で色々あったのか、その他の雑酒という、税率の非常に安いものとして扱われることとなった。そのため、ものすごくリーズナブルな価格になったらしい。
だから、商品名としては「薬酒」と呼ばれて売られている。実際、味を調整するため複数の薬草が入れられているのだが、その一点突破で酒税を安くしたのだろう。




