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宗教上の理由  作者: 儀間朝啓
第三章
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その九

 このはな観光を満喫したいなら、車で巡るのが効率的ではあるが、村営バスの方が村の雰囲気をよく味わえると思う。


 天狼神社の参道の下にも、しっかりバス停はこしらえてあるのだけど、長い石段に雪が積もると危険なので冬季は閉鎖されている。それで困らないのかと聞けば、ほんらい参道は神様のための道だし、うちの神様はオオカミさんだから雪があっても登っていけるんだよ、とは真耶ちゃんの弁。

 したがって我ら人間は、ぐるりと山腹にカーブを描く狭い車道をトコトコ歩いて、参道下のバス停へ。


 雪の中でバスを待つのは寒かろうと覚悟していたが、簡単な屋根付きの、三方を板で囲んだ待合室の中は案外過ごしやすい。風がよけられるし、雪のおかげで湿度が高く、空気がしっとりしているのも良い。

 でもさすがに、東京よりも暖かい、というわけにはいかない。スカートを避け、パンツの下にしっかりとしたタイツを履き、寒さ対策はしっかりしてきたつもりだった。それでもなお、ジワジワと寒さが伝わってくる。

 そんな中でも、さすが地元っ子の真耶ちゃんは寒さ対策を心得ているというか、いやそれとも地元ゆえのラフなスタイルなのか。

「着替えてないんだ?」。


 彼女は、朝の境内でお務めしていたときと同じスキーウェア。雪の中の作業着には適していると思って見ていたけれど、実は彼女のここでの普段着らしい。

 そういえば朝食の準備のときも、上はルームウェアだけどボトムスはスキーウェアだった。その時は出かけるときに着替えるのかと思ってたけど。

 雪の降らない土地に住むアタシたちは、スキーウェアは当然スキーの時に着るものだと思っていたけど、雪国ではどうやら色んな用途があるらしい。


 やがてバスが到着。

 村内を巡るコミュニティバスは、おとなの運賃すら、なんと百円均一! ちょっとそこまで、なんて時にも気軽に乗れるし、一時間に一本来るのはこの規模の村では高頻度。これは便利。

 その便利さのお陰もあって、経営も順調。多くの村民が足代わりに使っていて、地元の子どもたちもバスが停車するたびに乗ってくる。

 そこで、

「あ、そっか」

子ども達の服装を見て気づいた。みんなスキーウェアだ。雪国の子どもはスキーウェアが冬の普段着なんだね。

 まあ、真耶ちゃんみたいに大人でそうしている人は、さすがに珍しいようだけど。


 カラフルなスキーウェアは見た目もにぎやかで、枯れ木と雪に包まれた村に花が咲いたかのようでもある。

 それはそれとして、行儀良くバスに乗っている子どもたちは、何だかざわざわ、そわそわしている感がある。

 その真相は、バスを降りるとき、分かることになる。


——


 コミュニティバスは、昨日クルマで寄った中央広場のバスターミナルに到着。ターミナルと言っても、となり町の駅まで行く村営路線バスと乗り換えられるだけの、ささやかなものにすぎないけど。

 乗客は皆バスを降りてゆく。アタシたちはゆっくりと、他の人へ先に順番を譲りつつ、真っ白な大地に再び踏み出す。

 すると。


 バスから降りてアタシたちを待ち構える、子どもたちの姿が目に飛び込んでいる。瞳を輝かせている彼女たちから、

「真耶さまー!」

「まやさまー!」

「マヤさまー!」

と、様々な声で歓声が上がる。そしてそのどれもが「さま」付け。

 どういう事か? と思ったが、なかにはこんな呼びかけをしてる子もいる事で納得した。

「神使さまー!」

天狼神社の神の御使いである真耶ちゃんは、人々の信仰の的。そして天狼神社の神使は、村の女の子たちの憧れでもある。あたかも神使という地位が、日本的な意味でのアイドルとしての立場を保証するかのように。


 「あ、順番だよ順番。ゆずりあって、ね」

女の子たちが真耶ちゃんの言葉に従って列を作る。そして思い思いの持ち物を取り出す。その多くはノートなどの学用品。

「どれがいいかな?」

真耶ちゃんが列の最初の子に尋ねると、

「あ、あの、ローマ字で!」

 それを聞いた真耶ちゃんは、その子のノートを受け取ると、サラサラっとそこに何やら書き付ける。


 天狼神社では御守りなどの販売は行っていない。

 そのかわり神使は、自らの名を想いを込めて書くことで、お手製の御守りを作ることができる。

 もちろん、その形を決めるのも神使。ちらっと見えた真耶ちゃん作の御守りは、まるで芸能人のサインのようで、これは年頃の女の子たちにとってオシャレなものに映るだろう。

 なお、御守りサインはローマ字と平仮名がある。またご高齢の方に好評な漢字バージョンもあるんだそうで。

 で、受験が近い時期ゆえ、御守りの需要が高いのだろう。前にも同じ光景を見たことはあるけど、その時より人数が明らかに多い。


 なお、群がるこどもたちの目的は御守りのサインだけではない。サインがひと通り終わったと思ったら、彼女らの自主的に列が作り直され、今度は……。


 「……ぎゅっ!」

女の子たちが次々と真耶ちゃんの胸に飛び込み、しっかとハグをされている!

 なんと、神使様にハグしてもらうと幸せになれる、のだという。


 天狼神社では、神の持つ力は神使の体内に託され、そしてそれは神使が人と触れ合い想いを交わすことにより、受け渡されるのだという。

 そのやり方が神使の署名=サインなのだけれど、それとは別に、産まれたばかりの赤ん坊を神使が抱くと健康に育つ、という信仰も古くから存在する。

 そしていつしかそれがエスカレートし、女子たちがこぞってハグを求めるようになったらしい。


 いまは受験シーズンなので、分厚いコートやダウンジャケットの下にセーラー服の襟のラインが見え隠れする女子中学生も、恥じらいながらも真耶ちゃんの抱擁を受け、これ以上ない満足感に包まれる。

 なかには感極まって涙を流す子もいて、真耶ちゃんが如何にこの村で尊い存在として敬われているかが分かる。

 真耶ちゃんは着ぐるみショーの中でも特にグリーティングで実力を発揮する。それは、普段からこうやってグリーティングのようなことをしているからなのだと思う。


 ちなみに、ハグの対象は乳幼児や園児を除けば女子限定。そういう暗黙の了解なのだとか。

 まあ当たり前の事ではあるけど。年頃の男子にしてみれば、真耶ちゃんみたいな子に抱き締められるなんて刺激が強すぎるし、ハタから見ても穏やかではない。


 もっとも、どこからどう見ても女子にしか見えない真耶ちゃん。

 ホントは男子なんだけど。

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