生産計画
「交渉してきました!」
俺たちがレッドドラゴンの討伐に行っている間にカーティが両親に相談してくれていた。
「どうだった?」
「はい、やはりライアンさんの言った通り、自分たちにも良い話だから、洗濯袋を作ってくれるそうです。でも、あまり売れる気はしていないようで、初期投資はどうするのかと聞かれました……」
「あ、言うを忘れてたね。お金は僕が出そうと思ってるよ」
「そうだったんですね。じゃあ最初はウチのお店だけで少し売る感じですか?」
「いや、最初から広げていこう。そんなに難しい商品じゃないから、売れるとわかると簡単に真似されちゃうからね」
「え、それだとそれなりのお金が必要になりますけど……」
カーティは申し訳なさそうに俺を見上げる。
だが、安心してほしい。
俺も勇者の息子としてそれなりに名を馳せた人だ。
トップクラスの冒険者としての蓄えはある。
「大丈夫。じゃあ早速ご両親に生産してもらいに行こうか」
「は、はい……」
いきなり俺が話に行っても聞いてくれないだろうが、すでにカーティが連絡済みだ。
最後の締めは責任者として俺が行こう。
「貴方がライアンさんですか」
かなり体格の良い熊型の獣人はカーティのお父さんだ。
その怖い風貌はカーティには引き継がれていないらしい。
その分、お母さんはカーティに瓜二つの猫型の獣人だ。
「洗濯袋の作成はご依頼いただければ承りますましょう。ただ、貴方のご計画はどうにも上手くいく気がしないのですが……」
俺たちの商売の先行きを心配してくれるのは、カーティもこの話に関わっている以上失敗してほしくないという純粋な親心だろう。
俺は冒険者が抱える課題と変曲点が来ていることを説明した。
「そんなに上手くいくものですか……? 最初は使い方もわかってもらえないんじゃないですか?」
これももっともな指摘である。
今までにないものは簡単には受け入れてもらえない。
どんなに便利になったり、費用が抑えられるようになったとしても、人は今までのやり方を変えたがらない。
何となく嫌という理由で買わない人も多いだろう。
「そこは考えがあります。まだ言えないですが勝負をかけるタイミングがあります。そこを突破できれば、この商売は流れに乗れるはずです」
「そうですか……」
ご両親はカーティの方に目をやり、少し考える間を取っている。
「わかりました。私たちも協力させてもらいましょう。正直なところ、まだ信じ切れてはいませんが、カーティがやりたいと言っていることは応援してあげたい。戦いが苦手で今まで苦労してきたのを知ってますから、楽しくやる気を出せるものが見つかるなら私たちとしても嬉しい話です」
「ありがとうございます。後悔はさせません」
俺たちはがっしりと手を握りあった。
安心してもらうために、力強く握りしめたが、俺自身も不安と隣り合わせだ。
だが、皆を騙しても俺の不安は見せてはいけない。
どこまでも俺が俺自身のことを一番信じて突き進むんだ。
「さあ、量産だ! カーティ、ここの仕切りは任せるよ。テスト品ができたら送ってくれ。再来週の頭から販売開始だ」
「え、そ、そんな早くですか!」
「そうだよ! これは時間との勝負だ。あ、そうそう、お金を置いていきますね」
俺はパンパンに金貨が詰まったバッグを机の上に置いた。
「こ、こんなに!」
「本当に持ってたんですね……!」
俺が冒険者時代に貯めた金の大半を注ぎ込む。
これは俺自身が後戻りをしないという決意表明でもある。
進め。進め。進め。
世界を変えるまで立ち止まることは許されない。
販売開始から一週間後のカーティの店。
「……」
「…………あの」
「なに?」
「えっと……人が来ないですね……」
「……うん、来ないね……」
テスト品は問題なく素晴らしい出来前だった。
販売までにギルドや街の服屋を中心に営業活動も行った。
カーティの家だけでなく、各地で販売してもらえる約束も取り付けた。
だが、客が来ない。
「みんな他のお店で買ってるのかも! ここは都心から離れたとこにありますし」
「……他の店でも売れてない」
「えっと……もう販売開始したことを知らないのかも!」
「……もう1週間経つ」
「……」
「大丈夫だよ! まだまだ始まったばかりだ」
いかんいかん。
弱気の空気が漂っている
このくらいは想定の範囲内だ。
まだ慌てるような時間じゃない。
新しいものが浸透するまでは時間がかかるものだ。
「あんな、これ拾ったんやけど……」
リマが店に持ってきたのはボロボロになった洗濯袋だった。
「どこにあったの?」
「ギルドの裏や。多分、捨てられたんやと思う」
「そんな……」
「……無慈悲」
ギルドには試供品として置かせてもらっている。
そんなに多くの量は置いていなかったが、それでも売れないし、何に使うのかもピンとこないモノは邪魔だったのだろう。
「やっぱりそう上手くはいかんのかな」
「そうなんでしょうか……」
「ウチらは金も出してへんから、まだええけど……」
リマたちは俺に憐憫の目を向ける。
ダメか?
もうダメなのか?
俺の心にも疑念の種が芽生えそうになっていると、店の扉が大きく開け広げられた。
「みんな!! 来るわよ!」
アイナが息を切らしながら駆け込んできた。
「来るって?」
「客よ!!」
アイナの後から波のようにお客さんが押し寄せてきた。
「い、いらっしゃいませ!」
「なんや! 突然来たな!」
みんな洗濯袋を求めて来てくれたようだ。
しかし、ここまで人気になるのは、完全に俺の想定外だ。
「あ、アイナ、ちょっと来て!」
ふふんと、自慢げな顔をしているアイナを呼んで事情を聞く。
「どうしてこんなにお客さんが来たの?」
「アタシが言われた通りに仕事をした結果よ!」
アイナには広報を頼んでいた。
元々、冒険者としても実力があったので、過去のツテを使って、冒険者の中に広めて欲しいと頼んでいた。
実際に使ってもらえば、良さもわかるはずだし、仲間に頼まれたら一回くらいは試しで使ってもらえると期待したのだが、ここまでの反響があるとは思っていなかった。
「いったい誰の影響なんだ?」
「そりゃ世界で一番強い主婦の力よ」
おい、そりゃまさか……
「アンタでも知ってると思うけど、大魔導士ルーミア・ユニシスよ」
「マジか……」
「驚いた? 実はアタシ知り合いなのよね。広報として一番効果的なのはあの人に使ってもらうことかなって思ったのよ」
アイナは自慢げな顔でそう言った。
確かに有名な冒険者に繋がることを期待していたが、まさか俺の母さんに行ったか。
俺自身は両親には商売に興味があることを隠しているので、アイナがその繋がりを使ってくれたのは助かる話だ。
よし、この勢いに乗って一気に売ってしまおう。
「……問題発生」
ミーシャが深刻そうな顔でやってきた。
世の中そう上手くはいかないようだ。




