第96話 無能の烙印
緑色の超巨大スライムがドラグスを押しつぶした。
スライムたちも合体を維持できず分裂&拡散し、地面に緑色の津波みたいな現象を作り出す。
「うっぷ、ぷあっ!」
緑色の海の中からスライムマスター大原紫織が顔をだした。
つづいて、彼女が作り出した水色スライムも出てきて紫織の頭にピョコンとのる。
「ピーッ!」
「うん、やったね私たち!」
念のためドラグスの遺体を確認する一人と一匹。
敵の肉体はすでに粉々に砕け、バラバラになった外骨格の破片が緑色の海にただよっている程度。
完全に勝負ありだ。
やっちまったよあの子。
本当に自分の力で上級天使に勝っちまった。
「ドラグス、貴様まで」
アルヴェインはぼう然とその場に立ちつくした。
「なぜだ、なぜ下等生物ごときに我々がこうも……」
「そんなこと言ってるからですよ」
紫織が厳しい表情でアルヴェインに声をかける。
アルヴェインは彼女の顔を見た。
いつもだったら人間ごときの言葉に耳を貸したりはしない。
だがここまで徹底的に劣勢では、さすがの傲慢さも維持できなくなってしまったようだ。
紫織はスライムたちがつくる緑色の海の中にいた。
その海がまるでモーゼの十戒のように二つに割れて、アルヴェインまで一本の道を作る。
今の彼女はまさにスライムの支配者だった。
なにも言わなくても大量の下僕を自由自在に動かすその姿に威厳すら感じられる。
「下等だとか上等だとか、勝手にそんなことを決めつけているから。だから相手のことをちゃんと見れなくなるんですよ。ちゃんと見つめて分かってあげれば、こんなに賢くて強い子たちなのに」
「人間風情が……」
アルヴェインの口調もこうなっては弱々しい。
三騎士のうち二人はすでに戦死。
最後の一人である自分も片腕をうしなってまともに戦えない。
さらに、後ろのほうから追加で不都合が押し寄せてきた。
ずっと戦いつづけてきたこの街の住民たちである。
アルヴェインはおれたちとの戦いを優先してドラグスと巨大アリをぶつけてきた。
そのぶん後方の住民反乱へまわす戦力が足りなくなり、結果アリたちは敗れたのだ。
前門の虎、後門の狼。
もはやアルヴェインに打つべき手はない。
勝負ありだ。
「お、おのれ……」
彼はうろたえるばかりで何もできずにいた。
もはや逃げるくらいしかないが、それは騎士のプライドが許さない。
しかし絶望的な劣勢の前に出来ることがなにもない。
退くこともできず進むこともできず、ただ立ち尽くすのみだ。
「なんと無様な姿か、アルヴェイン」
まさに無様をさらしていたアルヴェインの頭上に、女性の声が降りそそいだ。
「じ、女王陛下!」
アルヴェインは焦った表情で城の屋根を見上げた。
そこにはこの国の支配者、『女王』アナスタジアが冷たい表情で立っている。
「我が国を守る騎士ともあろうものが揃いもそろってこの醜態、一体どう責任を取るつもりか?」
「ち、違うのです!」
アルヴェインは必死に弁解をはじめた。
敗北。失敗。逆転不可能。
そんな言葉はアルヴェインの辞書には無い。
だから彼のそこそこ優秀な頭脳は言いわけの言葉をひねり出す。
自分のせいではない。周囲の責任なのだと。
「ドラグスとマンティースが勝手な行動をとったばかりに作戦に乱れが生じたのです。そうでなければこの私が人間ごときに後れを取るなど」
「黙れ! この私の眼を欺けると思うてか!」
天からの落雷のような怒声が降りそそぐ。
アルヴェインの口は一瞬でふさがれた。
「住民反乱がおこった直後にさっさと三人がかりで対処すれば、こんな騒ぎはとっくに終わっておろうが! それなのに貴様は現場をはなれてどこぞへ遊びに行きおった、その判断の甘さが原因でこうなっておる!」
「そ、それは、しかし行った先で私はメルクリウスの裏切りの証拠をつかんだのです! ここ数日の異常はメルクリウスが川から流していた毒が原因だったのです、それを私は突き止めたのです!」
「ならばなぜメルクリウスがここに居るのだ? なぜ殺さなかった? 一人では殺せぬと思ったのなら後で戦力を整えてから攻撃するべきではなかったのか? 貴様が中途半端に刺激したせいでこやつはここに居るのではないのか?」
「……」
アルヴェインは言葉もない。
おれも女王の意見に賛成だった。
アルヴェインに見つからなければおれたちはこの国から離れていたのだ。
あの時、おれたちを襲撃せず偵察のみで済ませていれば、こんな事には。
おれたちがここに来なければマンティースとドラグスは死ななかった。
二人が生きていれば住民反乱は余裕で鎮圧できていただろうし、そのうち『エリクサー』の効果も切れて全員健康を取り戻していただろう。
すべてが上手くいったのではないか。
つまり今のこの状況は、アルヴェインの短気と傲慢さが原因だった。
少々いい加減な行動であったとしても、自分なら上手くやれる。そんな甘い考え方が根底にあったからここまで事態が悪化してしまったのだ。
まあこれは結果論なので、しかたのない部分もあるとは思うけどな。
「役に立っていればこそ多少の思い上がりにも目をつぶっていたが、この程度の男であったとはな」
「ア、アナスタジア様」
絶望にふるえるアルヴェイン。
しかしそんな事はお構いなしに事態が急変する。
突然大地が揺れだした。
反乱のきっかけになった地震よりもさらに揺れが激しい。
大地の真下でなにかが動いている。なにかが出てこようとしている。
とてつもなく巨大ななにかが。
「もはやこうまで穢された国に用はない。一度まっ白な更地に戻し、より優れた理想郷の建国ををここに宣言する」
揺れがさらにひどくなる。
やがて大地が割れ、地の底からとてつもなく巨大ななにかが飛び出してきた。




