第84話 破裂寸前の風船のような
『エリクサー』による水攻めを始めてから、一か月近い日数がたった。
正直まさかここまで、というレベルで水攻めは強力な効果を発揮しつづけている。
アリたちはもうハッキリ明確に症状が深刻化しており、死んでしまう個体が増加しつづけている。
『女王』アナスタジアと『三騎士』たちまで体調を崩しはじめた。
彼女たち四名は国内だけに異常が発生していることを理解していたが、プライドかなにかが邪魔しているのか城から離れようとしない。
良い事ばかりでもなく、この段階でジルヴァ、つまり『水銀』のメルクリウスがギブアップしておれたちの隠れ家に逃げてきた。
いくら特製ポーションで中和しているといっても、一か月弱ものあいだ『エリクサー』で攻撃されつづけるのはキツすぎたらしい。
いまは川上で静養してもらっている。
水は高い場所から低い場所に流れていくわけで、おれが水浴びしている位置よりも高い場所にいれば『エリクサー』から身を守れるわけだ。
できればもう少し城にのこってスパイ活動をつづけてほしかったが、まあ仕方ないよな。
もう百匹ちかく集まっているスライム軍団も、死なせないために川上に移動させた。
スライム軍団は紫織がストップをかけてもおさまらないくらい戦意が高いらしく、ちょっとどうしたものかと困っている。
ヘタに数が多いのが厄介なんだ。そこそこの戦力だとは思うんだが、敵の本拠地にカチコミかけて勝てるもんかね……?
ジョーさんたちレジスタンス集団は、街へ行ったり来たりしてなにかをしているらしい。
彼らは俺たちの友人ではあっても仲間ではない。
東京にいる仲間たちを守るためになにか作戦行動をしている様子だが、内容までは教えてくれなかった。
だけど助言はしてくれた。
「カズヤくん。君たちはさらわれた人たちを助けるためにここへ来たんだよな? その人たちをこの隠れ家に避難させたほうがいいかもしれない」
「……何がはじまるんです?」
危険そうな気配に眉をひそめるおれ。
ジョーさんは軽く笑顔をみせながら話をつづける。
「念のためさ。どうなるかは俺たちにも分からない」
「ひょっとしてクーデターでも起こす気、とか?」
「いやそこまでは無理だろう。ちょっとくらいダメージを与えてやれたら大成功さ」
どうやら城の外にいる人間たちをけしかけて暴動でも起こさせるつもりらしい。
騒ぎに巻き込まれないよう関係者だけは避難しておけ、と。
末端のアリ軍団が弱っている今、人間の力でもある程度の戦果は期待できる。
……けどそれって、すっげー大勢の死人が出るんじゃないのか?
「他人を巻き込むなんてひどい奴だって思うかい?」
おれの顔色をみてジョーさんが言う。
「だけど向こうは戦争をはじめる気なんだ。まったく犠牲を払わずに止めるなんて不可能なんだよ」
「……はい」
彼の真剣さに対し、おれはなんの反論もできなかった。
助言にしたがい鉄男たちに避難誘導をお願いする。
一度に全員動くと目立ってしまうから、闇夜にまぎれて数人ずつ移動中。
……とここまでが水攻めをはじめてから四週間目くらいの出来事。
おれは川で水遊びをしていただけだってのに、ドンドン話が大きくなってきやがった。
たださらわれた人たちを助けるだけのつもりだったのに、このままじゃ全面戦争になっちまいそうだ。
おれは脳内コンピューター『ノヴァ』に相談してみる。
最近は周囲に人がいるせいで居ない者あつかいしがちなコイツだが、やはりいざという時にはコンピューターの分析を聞いてみたくなる。
「ノヴァ。おれたちは『女王』と戦っても大丈夫だと思うか?」
『きわめて危険な可能性が高いと言わざるをえません』
おれの予想通りの答えが電子音声で返ってきた。
『しかしながら民衆の暴動と合体スライムによる挟み撃ちという構図は、現状の攻め手として最善でしょう。先々の展開を見すえるならばこの地である程度敵の戦力を削っておくのも有効な手段といえます』
ここで戦力を削いでおけば、『女王』の関東制圧は非常に難しくなる。
完全勝利は不可能でも無理のないレベルで戦っておくのは得かもしれない。
『安全を優先するならすぐに避難民をつれて帰還するべきです。それならばプレイヤー・カズヤも仲間たちも無事にミッションを終えることができるでしょう。
また将来の脅威を排除したいと思われるのなら工作員ジョーたちと共闘し戦闘行為を行うべきかもしれません。
敵勢力を弱体化させ、民衆感情を不安定にさせたのはまぎれもなくプレイヤー・カズヤの功績です。さらなる功績をあげてジョーたちの組織と友好関係を深めるのもよい選択肢の一つでしょう』
むむむ。
まさに一長一短。
どっちが良いかなんて分からんぞ。
なにはともあれ、さらわれた人たちの避難がまだ終わっていないので、今すぐおれに実行できることは川遊びしかない。
内心悶々としつつ毎日同じことをくり返しつづけるおれ。
転機はこちらからではなく、敵のほうからやってきた。




