第81話 アウトドア大作戦
「イイィィヤッホオオオウ!!」
ザッパアアン!!
おれが川に飛び込んだ衝撃で水しぶきがダイナミックにはねる。
川遊びなんてはたして何年ぶりのことか―――。
いや待て。おれの脳内にある記憶の断片は泉銀二のものだ。
つまりおれは今、人生初の川遊びを楽しんでいるのだった。
「もー。遊んでないでちょっとは仕事してくださいよ」
「いやだなーおれは今こんなにも真面目に仕事をしているっていうのに」
紫織が河原からクレームをつけてくる。
彼女は近くの空き家から拝借してきたバーベキューセットで川魚を焼いているところだ。
となりでは朱音が野菜を包丁で刻んでいる。この野菜は近隣の放置された畑から採ってきたやつだ。
「でもこんなに平和な気分で外にいるなんて、不思議ね」
朱音がスライスしたナスやピーマンを網にのせながら、しみじみとつぶやく。
紫織は笑顔で「そうだね」と答えた。
「あたしたちが生まれる前は、こういうのが普通だったんだよね。きっと」
「うん」
二人は料理をしながら青い空をまぶしそうに眺める。
そして二人で見つめあい、もう一度笑いあった。
しかたなく城で実行するしかなかった鉄男との『新婚ごっこ』は、ギクシャクしていた紫織と朱音の仲を改善するというメリットがあったようだ。
二人はまるで昔からずっとそうであったように、親友という関係に戻れたらしい。
おれはそんな二人の微笑ましい光景を、川の中から見つめている。
まるで河童みたいだが、これにはちゃんとした理由があるのだ。
青い空。まぶしい太陽。キャッキャウフフしている乙女たち。
平和な光景のさらにむこうから、大人たちが大きな荷物をかかえて笑顔で走ってきた。
「おーい! いい獲物がとれたぞ!」
ジョーたちレジスタンスのメンバーに鉄男も加わった一団が、野生化した豚を仕留めたようだ。
グッタリと動かなくなっているブタを数人がかりで運んでいる。
「今日はバーベキューだぜ」
「ヒャッハー!!」
子供のようにはしゃぐ大人たち。もちろんおれも嬉しい。
おれも川からあがって皆のもとへ合流した。
「なんだか戦争のためにこうしているなんて信じられないなあ」
「ま、これも役得ってやつだな。人生はもっと楽しまないと!」
ジョーに笑顔で背中をたたかれる。
おれは冷えた身体を温めるため、火のそばに近づいた。
さてどうしておれたちがこんな風に川で遊んでいるかというと、戦争のためだ。
もっとくわしく説明すると、『女王』アナスタジアが始めようとしている戦争計画を妨害するための作戦行動中なのだ。
おれたちが滞在しているこの川付近は、『女王』アナスタジアが支配する街よりもさらに上流にある廃村だ。
人間はとっくの昔に誘拐され、あるいはゾンビになって誰もいなくなってしまった廃墟だけの村。
ここにおれたち。つまりカズヤ、鉄男、紫織、朱音、そしてジョーたちレジスタンスが滞在している。
ジルヴァはいない。彼女には城にのこって敵軍の状態を観察してもらうという重要任務があるのだ。
おれたちが川の上流にかくれ住むことに、どんな意味があるのかというと……。
ずばり、『エリクサー』をつかった水攻めである。
すこしニュアンスが違うが、毒攻撃といえなくもない。
おれの体液はZ-ウィルスを破壊する『エリクサー』である。
これを川の上流から流し続けることで、少しずつ少しずつ『女王』の街そのものにダメージを与えていこうというのが作戦の概要だ。
人間が生きるためには水が必要不可欠である。
飲み水はもちろん、農作物にまく水、家畜に飲ませる水も毎日大量にいる。
家事炊事洗濯にもたくさん水を使う。
それらすべてに『エリクサー』が混ざっていたら?
一つ一つの物事は微量ながら、体内に蓄積されていっていつか大きな結果を生むのではないか?
人間は『エリクサー』でいつの間にかZ-ウィルスにたいする免疫を獲得し、天使たちは死、あるいは弱体化をねらえるのではないかというのが、ジョーのたてた作戦だった。
時間のかかるまどろっこしい作戦だ。
本当に効果があるかどうかも疑わしい。
だがおれたちの貧弱な戦力では、これくらいが精一杯なのだ。
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「あ”ーいい湯だ」
おれは河原に用意されたドラム缶風呂で「あ”ー」とか「ん”ー」とかうなり声を出していた。
理由はない。あえて言うなら日本男子のサガではないだろうか。
満天の星空の下、川のせせらぎを聞きながら風呂に入る。
こういうとき月にむかって「あ”ー」って言いたくなるんだよ、どうしてかな。
実にいい気分だ。
戦争のことなんて忘れそうになる。
「よう、いいダシ出てるかい?」
闇夜の中からジョーが近づいてくる。
街から持ってきていたウイスキーの瓶を片手に、ほろ酔い加減のようだ。
「ん”あ”あ”いい湯だ。きっといい出汁が取れてるだろうよ」
おれは鬼平犯科帳の長谷川平蔵みたいな声を出してジョークを返す。
「ははっそうかい。結構結構」
ジョーは適当な大きさの石をみつけてそこに座る。
そして月を見上げながら酒を一口。
「さっきのブタ、残りは燻製してハムやベーコンにしようと思うんだ。しばらく楽しめるぜ」
「おっ、そりゃいいな!」
「……カズヤくんも相当だが、他のメンツも面白いねえ」
酔っているせいかジョーの会話は内容がコロコロ変わってしまう。
彼が指さす先には、紫織とスライムの群れが集まっていた。
「あのでっけえスライム、たぶんやる気だぜ」
「やる気って?」
「女王と戦う気だ。そのために戦力を片っぱしから集めていやがる」
「マジでか!?」
ここからは離れた場所に焚き火があって、そこに仲間たちが集まっている。
紫織とスライム軍団もそこにいた。
あのスライムたち、ご主人様の紫織と合流できたんだからそれでOKだろうと思っていたのに。それ以上を望んでいやがるのか?
売られた喧嘩を買ってやると。ナメられたまま黙っちゃいられないと。
そういう覚悟なのか?
そういえば山野の野良スライムたちを集めてなんやかんや謎の行動をしている様子だったな。
あれはつまり、地域の全スライムをあつめて一大作戦を実行しようと計画していたってことなのか。
そんなに社会性のある生き物だったとは。
「面白いねえ。まっ、我々に反対する理由はねえわな」
酔ってトロンとした目でジョーはスライムたちを見つめる。
彼からしたらぶつける戦力が大いに越したことはない。
縁もゆかりもない謎生物が勝手にやってくれるのなら、最高の展開なのだろう。
「楽しいねえ。こんなに楽しい気分は久しぶりだ」
頬杖をついたまま動かなくなったと思ったら、彼は酔いつぶれて眠っていた。
「おいおい風邪ひくぜ」
おれはザバッと音をたててドラム缶風呂から出る。
まさか全裸でみんなの前に行くこともできず身体をふいて、服を着て……と多くの時間をかけてしまってから仲間を呼ぶ。
それでようやく勝手に宿として使わせてもらっている空き家にジョーを運ぶことができた。
その間ずっと、ジョーは笑顔で酔いつぶれていた。




