第76話 氷の国の冷たい理想社会
「あの、私たち早くここを出ないといけないんです」
それまで紫織の後ろで遠慮がちにしていた朱音が切実な表情でジルヴァに訴えかける。
「ここはなんか、一夫多妻制なんです」
「はっ?」
ジルヴァは一瞬理解が遅れた。
イップタサイ?
知識としては知っていたが耳から入ってくるのははじめての言葉だ。
「男性たちに気にいられたらハイ結婚、女性のほうも良さそうな人に声をかけてハイ結婚、みたいなノリで。三人も四人もお嫁さんがいるような男の人ばかりなのに。なのにどっちもお構いなしみたいなノリが気持ち悪くて私たち困ってるんです」
「ちょ、ちょっと待ってね~?」
早口でまくしたてられて頭が混乱する。
本来、頭脳明晰なジルヴァだが、過去の記憶と状況が一致しなくて頭の中が一つにまとまらない。
「ミ、ミチコって男尊女卑の真逆みたいな性格だったはずなんだけど~? な、なんで一夫多妻なんてことになんのかしらぁ~?」
目の前にいる十代の少女たちがウソを言っているわけではないのは確かだ。
モタモタしていたらよく知りもしない男たちと強制的に結婚させられてしまうのだから深刻である。
女三人の混沌とした会話を打ち切ろうと、後ろからコホンと咳払いの音がした。
やったのは緑色の肌をした色男、『緑風』のアルヴェインだ。
「この施設の運営に関しては、きわめて合理的におこなわれております。劣った遺伝子を排除し優れた人間を繁殖させる術こそ、選別を経た一夫多妻制度なのです」
アルヴェインは胸を張り、自信満々に解説をはじめた。
人間の知能というものは、当然のように『普通』の人間が一番多く、『愚か』な者と『賢い』者がそれぞれ少数派になっている。
ここまでは男女に差はない。
だが、男女で比率に違いがあるのだ。
女にくらべて、男のほうは『普通』の者がすこし少なく、かわりに『愚か』な者と『賢い』者の数が多くなるのだ。
つまり女は『普通』の脳みそをもって生まれてくる割り合いが男よりも多く、男は『バカ』と『天才』が女よりよりたくさん生まれやすいように設計された生物だということになる、
これは差別うんぬんの話ではない。本当の話だ。統計的な事実である。
「つまりごくごく一部の優秀な男と、平均以上の女たちによる一夫多妻制度こそが、もっともすぐれた社会制度なのです。偉大なる我らが女王陛下のご威光によって、この地に真なる理想郷が築かれたのです!」
(あ、そういうことか)
ジルヴァはアルヴェインの調子に乗りまくった演説を聞いて、ようやく根っこの部分を理解した。
こいつらも、こいつらの支配者である『女王』も、人間のことを家畜かなにかだと考えているのだ。
ジルヴァも『天使』である自分と人間が完全に同じものだとは考えていない。だが境界線はあいまいで、自分と人間はあるていど共通する部分のある存在だと認識している。なんだったら結婚して子供を授かることだって可能なのではないかとさえ考えている。
だがこいつらは完全に別の存在だと考えているのだ。
人間だって家畜や野菜、果物などの組み合わせを研究して品種改良をおこなう。おなじ感覚で『女王』たちは人間の品種改良をおこなっているのだ。
その結果生まれたのがこの国。
城の外はすてられた失格者であふれかえる巨大な貧民街。
城の中は美しく整えられた実験施設。
寒気がするほど冷徹で合理的な、氷の国だった。
(こんな所にこれ以上いるべきじゃない。心が汚染される前にこの子たちを早く出さないと)
ジルヴァは心の中で静かに決意をかためる。
ここはダメだ。
こんな場所に長くいては自分の大切な仲間たちの心まで氷のように冷えて固まってしまう。
「フーンすごいことをしているのね~。じゃあ次は男性の居場所に案内してもらおうかしら~」
余計なもめ事は御免である。ジルヴァは極力平静をよそおって移動を求めた。
男性側の小宮殿には、カズヤと鉄男の二人が来ているはずだからだ。
ジルヴァはカズヤがテストに落ちたことをまだ知らなかった。
「紫織たちもいっしょに行きましょ。男二人が待ってるはずだから」
この言葉に紫織はよろこび、朱音は顔をポッと赤くした。
「て、鉄男さんが、迎えに来てくれているんですか」
「そうよ~あなたのことを心配してもう大変だったんだから」
アリの群れを自動車で追跡中、男二人があきらかに理性を欠いていたのは事実である。
朱音を想って、とちょっぴり脚色してもバチは当たるまい。
「あっ、あのそんな、私なんて……」
真っ赤になってうつむき、ゴニョゴニョとわけのわからない事をつぶやく朱音。
紫織と二人でそんな彼女を冷やかしながら、全員で男性用の小宮殿にむかう。
しかし小宮殿の奥から出てきたのは当然ながら鉄男一人だった。
「紫織! 朱音さん!」
「お兄ちゃん!」
「鉄男さん……!」
感動の再会をはたす三人。
「ねえ、カズヤは?」
「……あいつはどうもテストに落ちたらしい」
ジルヴァと鉄男は軽くため息をついた。
小賢しくてやたら運が強い以外、わりと普通の男である。
落とされてもしかたのない事ではあった。
「ま、子供じゃあるまいし一人でもなんとかするでしょ」
「ああ。ところで……」
鉄男は警戒している様子でジルヴァのさらに後ろ。
『偽聖剣』のジークと『三騎士』の四名に視線が向けられていた。
特に『偽聖剣』は、多少興味のありそうな目で鉄男の体つきを見ている。
鉄男のほうも尋常ならざる凶暴な気配を前に、無関心でいられるわけもない。
武人と武人。視線が重なり合う。
「怖い人たちよ。気にしちゃダメ」
全員に聞こえるような声のボリュームでこんなことを言って、場を和ませようとするジルヴァだった。
しかし軽薄そうなカズヤならまだしも、鉄男は見るからに硬派で戦う人間の雰囲気を持っている。
ジルヴァの気持ちを無視してジークのほうから話しかけてきた。
「多少は武の心得があるようだな。俺に殺されてみる気はあるか?」
とんでもなく上から目線の挑発。
鉄男は背筋に冷汗がつたうのを感じながら断った。
「残念だが、今は家まで送り届けなければいけない人が二人もいる」
「フッ、うまい言いわけがあって幸運だったな」
軽く笑ってすませるジーク。
ホッと内心で胸をなでおろすジルヴァだった。
ところが、思わぬ角度からジークにむかって挑戦状を突きつける者たちがあらわれる。
『緑風』のアルヴェイン。
『鉄角』のドラグス。
『白面』のマンティース。
女王を守る『三騎士』たちだった。
「『偽聖剣』のジーク様、もしよろしければ私どもがお相手いたしましょうか」
三人を代表してアルヴェインが大胆なことを申し出る。
「我ら三人、いずれは超上級天使の位を、と夢見ております。最強と名高い『偽聖剣』様に稽古をつけていただけましたなら、これに勝る経験はございません」
口では稽古をつけてもらいたいと言ったが、三人の目つきは必要以上に挑戦的だ。
三人がかりなら『偽聖剣』のジークが相手だって負けはしない。
目がそう語っている。
こういう生意気な奴らが、『偽聖剣』は大好きだった。
「いいだろう。遠慮はいらんぞ、稽古などと言わずこの首を獲ってみろ」
さっきまで一緒に歩いていた一人と三人の天使が同時に笑顔で殺気立つ。
「どうしてこうなるわけぇ!?」
ジルヴァはあわてて小宮殿の中に仲間たちを押し込んだ。




