イヤな笑顔
超上級天使数人と蟻の大軍勢による関東制圧作戦。
それを告げられたあとジルヴァたち超上級天使はそれぞれ部屋をあたえられ、豪華な接待を受けることになった。
女性であるジルヴァにとって一番うれしかったのは風呂だ。
女王専用の浴室を特別に解放してもらえた。もちろん専属の使用人つきだ。
世界崩壊前ですら体験したことがなかったような高級エステ体験をさせてもらって極楽気分。
ホンワカしながらもジルヴァは『女王』アナスタジアから得意気に聞かされた戦争計画を思い浮かべる。
(こーいう時、テキトーに生きてきた人生のツケが回ってくるわよねぇ)
ジルヴァには、つまり『水銀』のメルクリウスには支配下にある軍隊がない。
錬金術研究所もカズヤたちもせいぜい『友人』という範囲を出ない。
アナスタジアのように「妾のために戦って死ね!」と命令できるような支配対象を持っていないのだ。
だから武力で『女王』を押さえつける事もできないし、交渉するのも難しい。
自分の『友人たち』を攻撃対象から除外してもらうために、一体どれだけの条件を要求されることやら。
あの高慢ちきな女の笑顔を想像しただけで胸がムカムカした。
こんな時、ジルヴァ自身にも固有の戦力があれば。そうすれば自身の縄張りを主張してアナスタジアの野望をはねのける事もできたのだが。
(そんなの面倒くさいからゼッタイ嫌だけど~)
王様だの、大統領だの、あるいは神様だの。
そういう権力にはまったく興味がない。
権力欲のないジルヴァにとって、権力者とはとにかく責任が重くて忙しい大変な職業でしかない。
だから錬金術研究所でも所長の座は勝や真美に押しつけて気楽な立場にいたのだ。
本質的な指導者はジルヴァだったのに、あえて裏方でいたのだ。
しかし楽な立場で居つづけたツケが、今ここにきて彼女を苦しめている。
やがて夕食の時間になり、『女王』アナスタジア、『偽聖剣』のジーク、そして『水銀』のメルクリウスの三人で晩餐会となった。
今となってはここでしか食べられないような超豪華な食事をいただきながら、ジルヴァはボンヤリと弱気な気分になっていた。
(いざとなったらみんなで逃げ出すしかないかもねぇ)
基地も街もほうり出して、ほとんど身の回りのものだけで遠い遠い土地へ逃げる。
逃げた先で新しく生活を作り直す。
それしかないのかもしれない。
きっと半分くらいの人間は死ぬだろう。
車いす生活になってしまった勝もおそらく途中で……。
ほかにも脱落者は多そうだ。こんな時に備えてのマッチョマンたちだが、筋肉って燃費最悪だからもしかすると……。
カズヤ、紫織、鉄男あたりは若いからか環境適応力が高く、どうとでもなるだろうがそれでも自分の居場所を捨てる決断ができるかどうか。
「……あっ!」
ピタリ、とジルヴァの動きが止まった。
「どうしたメルクリウス」
アナスタジアに軽くにらまれてジルヴァは苦笑いした。
「あたしここに来た理由をすっかり忘れてたわ」
誘拐された紫織たちを助けに来たのだ。
そのために城へ侵入したというのに、紫織のことを思い浮かべるまで完全に忘れていた。
女王にわけを説明すると、「なんだそんなことか」と簡単に解放を承諾してくれた。
しかし、例によって『女王』アナスタジアは暗い笑顔を見せる。
「出すのはかまわぬが、ここに残ったほうがその娘たちのためだと思うぞ? ここは選ばれし者たちの楽園ゆえなあ?」
なんともイヤな笑顔だった。
思い上がった支配者の笑顔。
他者を見下した笑顔だ。
「……とにかく会わせてよ」
「食後に案内させよう。その場を見ればお前の考え方もきっと変わる」
やたらと自信満々だ。
ジルヴァとしてはなにかイヤな予感がするのだけれど。
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豪勢だったが楽しくない晩餐会は終わり、ジルヴァは三騎士たちによって女性用の小宮殿に案内された。
なぜか『偽聖剣』も一緒である。
「なんであんたも一緒なわけ?」
「暇つぶしの観光だ」
顔色一つ変えずに『偽聖剣』のジークはそう答える。
三騎士の一人、『鉄角』のドラグスが余計なことを言った。
「お気に召した女がいれば、お部屋に向かわせますよ」
無礼なひと言に無言でジークはにらんだ。
それ以上くだらんことを言えば斬り捨てるという気迫のこもった眼。
ドラグスはジークの眼光を恐れて首をすくめた。しかし彼は不満そうだ。ドラグスとしては気をきかせたつもりだったらしい。
小宮殿に入り、わずか数分後。
簡素なドレスに着替えた紫織と朱音の二人が姿を見せた。
「ジルヴァ! きっと来てくれるって信じてた! でもすっごい早かったね!」
「フフ、ちょっとしたコネがあるのよ」
元気に飛びついてくる紫織。そして朱音のほうも、ケガひとつないようだ。
「な~によ二人ともドレスなんて着ちゃって。あわてて損したかしらね」
「ううん、早くて良かった。ここは良い所かもしれないけど、でもちょっとね」
紫織と朱音は微妙な顔で見つめ合う。
「ここにいる女の人たちは、子供をたくさん産むのが義務なの。無理に結婚させられてしまうらしいの」
ジルヴァの脳裏に『女王』アナスタジアのイヤな笑顔が浮かび上がった。
あの女、たぶんここでろくでもない事をしている。
そのくせ本人としては正しい事をしているつもりなのだ。




