第72話 酒を友に夢を語る
男はとある廃ビルの地下へとおれを誘う。
そこは破壊されていない綺麗なままのバーだった。
「へえ」
「いい店だろ」
思わず声を上げたおれに気を良くしたか、男は自慢げに語り出す。
「地下は風雨にさらされないからな、かえってこういう店のほうが現役なのさ」
「ふうん」
男は初老のバーテンに案内もこわず、勝手に一番奥の席へおれを案内する。
「こちらにはなにかノンアルコールのやつを。俺はいつもので」
初老のバーテンはニコリともせず無愛想にはい、と言って店の奥に引っ込んでいく。
やがて男には思いきり薄めた水割りのウイスキー。おれにはぬるい麦茶が出てきた。
「カンパーイ」
ショボい飲み会だが乾杯だけは陽気に。
二人のグラスがキン、と高い音を立てた。
他に客はいない。貸し切り状態だ。
「兄さんまずは自己紹介といこうや、俺のことはジョーって呼んでくれ」
「カズヤだ。名字はない、ただカズヤって覚えてくれ」
おれたちはたがいにグラスの飲み物を一口すする。
色だけなら一緒に酒を飲んでいるように見えるな。店員が気を利かせたのだろう。
「で? カズヤ、あんたは何者なんだ?」
「ぶっちゃけ意味のない存在だ。金持ちの道楽で銃器をもらったけど、その金持ちはもうこの世にいない。生きてる理由とか使命とかそんなもんは無いんだ、ただ適当に生きてるだけだよ」
「いいねえ、究極の自由人ってわけだ」
「んじゃ今度はそっちの番だ。あんた普通の人間じゃねーな? 銃声と悲鳴を聞いて顔色変えないやつなんて滅多にいないぞ? 何屋さんをやってる人なんだよ?」
「フフン、まあこっちも肩書きなんて語っても恥ずかしいだけさ。とある秘密のお仕事でこの街に潜入している」
「おいおい秘密のお仕事を他人に言っちゃダメだろ」
「そこが難しいところよ! 誰にでも言える話じゃねえが、一人ぼっちでできる仕事でもない。仲間を増やしていかないといけないんだ」
スパイかなにかかねこの人。
公安とか自衛官とか……?
「この街をどう見る、ひどい環境だと思わないか」
ジョーさんは話を変えた。
「全体を数えたわけじゃないが、おそらく一万人以上いる。こんだけいればバケモンに支配される必要なんてない。人間の力だけで生きていけるはずだ」
「理屈の上ではそうかもね」
なんかやたらデカい規模の話をしてきたので、おれはバカ正直に乗るのは避けた。
「俺たちはここにいる人たちを助けたいんだ。まだ日本人としての心を維持している人たちを」
「日本人の、心?」
「そうさ。こんな話はつまらないかもしれないが……国っていうのはな、人と、土地と、文化が一緒になって初めて成立するんだ」
「人、土地、文化……?」
「そう、どれが欠けてもダメさ。『自分は日本人だ』って思う人間が残っているうちに俺達は集まらないといけない。そうしないと日本は復活できなくなってしまう」
日本復活。
この終末世界にそんな大きなことを考えている集団もいたのか。
思えばおれも含めて、これまで出会ってきた人間って全員、街とか集団とかの小さな組織単位のことしか考えてなかった気がする。
この世はもはや何をしても自由な無法地帯。
世界をもとに戻したいっていう壮大な夢をみる自由もあったんだな。
「へえ〜元に戻すためには、元の形を知っている人間が生き残っていないと無理だよな。だから問題を先送りにはできない、ということ?」
「理解が早くて助かる」
ジョーはグッとグラスの酒を飲み干した。
いま生きている世代がいなくなれば、かつての日本を知る人間はいなくなる。
そうなってからこの日本列島を人類が取り戻したとして、それは日本国と呼べるのだろうか?
少なくとも目の前にいるジョーという男は、違うと考えているようだ。
「今はまだ絵に描いた餅さ。だけど目標はでっけえ方が面白いだろ?」
「なるほど」
いまはまだ地下の酒場で飲みながら語らう与太話でしかない。
だけどこの人は本気で言っている
こんな人もいるんだねえ。




