第61話 月下の涙にバカ語る
「紫織ちゃん」
月に銃口を向けるという謎行動をとっている彼女の背中に、おれは声をかけた。
紫織ちゃんはまるで歴戦の傭兵かのようにバッ! と素早く方向転換。
あえてボーっと突っ立って見せているおれの姿を確認して、さらにもう一度周囲をよく確認して、ようやく彼女は緊張をといた。
「カズヤさんも眠れないんですか」
「いやトイレ行ってただけ」
「そうですか」
彼女は可愛いピンク色のパジャマ姿に拳銃という自分の姿を再確認して、奇妙な笑顔を見せる。
「いやだなあ。大丈夫だって頭では分かっているのに、武器がないとどうにも落ち着かなくなっちゃって」
まるでベルセルクのガッツみたいなことを言う。
だがその気持ちはよく分かった。
「しょうがないよ、おれだってそうさ。トラウマになっちゃうよねこんな人生だもの」
毎日が生きるか死ぬかの過酷な戦い。
こんな人生じゃ武器を手放せなくなるのも当り前さ。
「そんなこといって、カズヤさんは武器もってないじゃないですか」
紫織はおれの両手をジロジロ見ながら、責めるように言う。
「いやおれは、おれにはエリクサーパンチがあるから」
左右の拳を彼女に見せる。
おれの身体を流れる諸々の体液はZ-ウィルスを破壊する『エリクサー』だ。
普通に汗をかくのでおれの全身はつねに『エリクサー』まみれ。
素肌で触ればゾンビは数秒でただの死体と化す。
発症して間もないフレッシュゾンビなら人間に戻すこともできる。
遠距離攻撃という利点をのぞけば、おれに銃はもう必要ないんだ。
「……ずるい」
「たははは」
紫織のジト目をおれは笑ってかわす。
次の瞬間には彼女の表情が変わっていた。
「でもこの街の人たちからすれば、わたしやお兄ちゃんだって十分にずるいんです」
ギュッと強く、存在を確かめるように愛用の銃をにぎる彼女。
「こんな武器、この街には無いんだから」
紫織の視線が左右に泳ぎ、どこか落ち着きのない様子。
心に迷いがあるんだきっと。
「昼間に会った知り合いの女の子たち……人数が減ってました」
「敵にいっぱい誘拐されているっていう、あれだね」
「別に、今さらあんな人たちどうでもいいって、そう思ってたんですけどね」
紫織はつらそうな顔で左右に首をふる。
「でも実際この目で、いるはずの子がその場にいないのを見ちゃうと。残ってる子たちのヘンな笑顔を見ちゃうと、私……」
紫織は無理をして笑顔を作る。無理をし過ぎていて、目に涙がうかんでいた。
「笑っちゃいますよ、超ムリしたヘンな作り笑顔で私の機嫌をとろうとするんだもん! 私に嫌われたら大変だってわかってるんですね! 私たちに助けてもらわないともうどうしようもないって思ってるのよね! あいつら全員、お兄ちゃんが一番つらかった時になんにもしなかったクズどものくせに! 自分たちの時は助けてくれって言うの!? 調子よすぎない!?」
とうとう泣き崩れる彼女。
おれは。
「助けたいなら助けようよ。おれも手伝う」
なんとなく彼女の本心を理解できた気がして、おれはそう告げた。
「はあ?」
紫織は泣きながらおれに怒りの視線をぶつけてきた。
だけど、これはきっと本心じゃない。表面的なパフォーマンスだ。
おれって変なやつだよな。苦しんでいる女の子を癒すことはできないのに、こんな部分は見抜くことができるんだ。
この子は、本心ではこの街を救いたいと考えている。
昔の思い出と優しい心、つまり感情論でそう思っているんだ。
「助けたいんだろ友達とこの街を。そりゃひどい目にあったっていうのは事実なんだろうけど、それでも助けたいんだろ君は?
やればいいよ。協力する。理屈にあわなくたっていいじゃないか。おれたちは自由なんだ、ひどい奴らは見捨てなければいけないなんて世間のルールに縛られる必要はない。かわいそうだと思ったから、っていうそれだけでいいじゃん」
「バカじゃないの」
紫織はおれの横を通りすぎて家の中へ駆けこんでいく。
すれ違いざまドンと肩がぶつかったが、たぶんわざとだ。
「バカ」
もう一度おれを罵倒して、紫織は行ってしまった。
「二度も言うことなくない……?」
おれの勘は間違っていない、たぶん。
だけどおれの言動は彼女を怒らせてしまった。
考えは正しかったけど行動はまちがえたようだ。
やっぱり人生って難しい。




