第58話 涙の女剣士
街にはすんなり入ることができた。
なにせ鉄男さんは自警団のメイン戦力だった人だからな。出入口の門前に姿を見せた時点で「大原さん!」とむこうから声をかけられた。
「無事だったんですね!」
「ああ、運よく助けられたんだ」
ゾンビに傷つけられてからもう数か月。
それでもこうして元気な姿を見せたのは、無事だったことのなによりの証明だ。
「中に入れてくれるか?」
こんな簡単なひと言で正門は開かれた。
いまこの街は天使の攻撃にさらされて大変なことになっているらしいからな。戦力になりそうな人は大歓迎したいはずなんだ。
次の展開はいつぞや別の街にはいった時とおなじ。
街の連中はおれたちの近代的な装備におどろいていた。
木刀や鉄パイプでゾンビと戦っていた連中からすれば、本物の銃火器なんて夢か幻に見えるよな。
まるで別次元から来たようなおれたち四人の姿に興味津々の様子だったが、鉄男さんは彼らを手で制して話を変えた。
「まずは先生に挨拶がしたい。藤堂先生はご健在なんだろう?」
「あ、うん。しかしアンタ無事だったんだな……だったら……」
知り合いの自警団員はそう言って語尾を濁した。
この男は鉄男さんがZ-ウィルスに『感染しなかった』のだと誤解しているのだろう。
だとすると濁した部分はこう言おうとしたんだ。
『無事だったんなら、追い出すんじゃなかった』
こういう甘えた事をつい言ってしまうのが人情。
でもヤバいと気づいて途中で止めるのも人情なのだろう。
部外者のおれはあえてなにも追及しない。
鉄男さんが気づいたかどうか知らないが、彼もなにも言わなかった。
背中にどこか哀愁をただよわせながら、鉄男さんの乗ったバイクはおれたちを先導する。
鉄男さんは平屋建ての純和風屋敷の前までおれたちを連れてきた。
大きく立派な木製の看板には『藤堂錬武道場』と墨で大きく書かれている。
ここが鉄男さんの通っていた道場か。
「変わってない。いや当たり前なんだが」
鉄男さんはしみじみと門を見上げる。
対極的に紫織は苦しげな表情でうつむいていた。
おれたちは門をくぐり中へ。
先頭をゆく鉄男さんは母屋ではなく道場へまっすぐ進んだ。
厳めしく立派な剣道場。
パンパンという竹刀の音が聞こえてくるかと思いきや、妙に静かなものだ。
だが人の気配はする。少人数が動きまわる小さな物音が。
「失礼します!」
鉄男さんは閉ざされた扉の前に立ち、大声でそう呼びかける。
ガラっと扉を開くと、中央にまだ若い十代後半の女剣士が。そして奥には油断なく正座している老剣士の姿があった。
「大原鉄男、ただいま戻りました!」
堂々とした大声を道場全体に響きわたらせる鉄男さん。
「大原さん……」
女剣士は信じられないという顔で鉄男さんの姿を凝視すると、握っていた竹刀をポロリと落としてしまった。
すかさず老剣士の叱責が飛ぶ。
「これ! 戦場ならば死んでおるぞ!」
「も、もうしわけありません。ですが」
鉄男さんを見つめる女剣士の両眼に、みるみる涙がたまっていく。
「ですが……!」
なにかを察するには十分すぎる涙だった。
鉄男さん、こういうことはいかにも言わなそうな性格してるもんなあ。
水くさいぜ。故郷に残してきた女性がいる、なんてこと知らなかったぞ。
しかしお堅い空気感でみちている道場内でそれ以上のラブロマンスは発生せず、老剣士が主導権を握って声を出す。
「まずは入りなさい」
「はい!」
鉄男さんにつづいておれたち三人もゾロゾロと道場の中に入る。
涙目で鉄男さんに熱い視線をおくっていた女剣士は、紫織の顔を見ても喜びの笑顔を見せた。
「紫織ちゃん……!」
小さくそう呼びかける彼女に対し、紫織は「うん」と小さくつぶやくだけだった。
紫織はとても気まずそうな表情。
おれはピンときたね。
別れるときに何かひどいことでも言ったんだなコレは。




