第48話 『水銀』がしめす選択肢
もはや普通のゾンビなんておれたちの敵ではないわけで。
基地への車旅は順調そのものに終わった。
途中、錬金術研究所の傘下になっていた例の街にも立ち寄った(芝浦軍治と共闘してネクロスを退治した場所)。
けどまあ『エリクサー』による予防接種をおこなっただけなので省略する。
おれの基地は以前となにも変わることなくそこに建っていた。
「へえ、思ったよりいい所に住んでるじゃない」
「そうだろ」
楽しそうに基地を見上げてるジルヴァを中へと案内する。
おれたち三人は正面ゲートを静かに潜った。
シーン……。
ジルヴァが通ったのにアラームが鳴らない。
あれ? おかしいな?
「ノヴァ、超上級天使が通ったのにアラームが鳴らないぞ?」
『はい。設定どおり簡易ウイルススキャンを行いましたが、ジルヴァさんからZ-ウィルスの反応はありませんでした。またプレイヤー・カズヤと大原紫織の二名からもZ-ウィルスの反応はありませんでした』
「ええ? 故障か?」
入り口でグダグダやってるおれを、当のジルヴァがとがめる。
「なにゴチャゴチャやってんのよ」
「いやあのさ、このゲート、人体をスキャンしてZ-ウィルスの検査ができるのよ。でもお前に反応しなかったなーって」
「ああ、そういうことなの」
ジルヴァは右の手のひらを上にむける。
すると手のひらの中央に銀色のプルプルとした雫、おそらく水銀が浮かび上がってきた。
「これがあたしのZ-ウィルスよ。錬金術研究所でうっかりバラまいたりしないようにね、心臓の奥にずっと閉じ込めてたのよ。忘れてたわ」
「そんな事もできんのか」
超上級ってもはや常識が通用しねえんだな。
怖いような面白いような。
……なんてことを考えていると、なにを思ったかジルヴァは手のひらのZ-ウィルスの塊をゲートの下に通した。
次の瞬間。
とんでもなくやかましい警報と、目が痛くなるような赤色灯が基地内を埋めつくした。
『緊急警報! 緊急警報! 重大事案が中央ゲートに接触! ただちに対応してください! 緊急警報! 緊急警報!』
「おわあ! なんじゃこりゃー!!」
「アッハッハッハ! こうなるんだ、いい施設ねここ!」
「遊ぶな~!!」
まるで火災報知機を鳴らしてふざけるクソガキ。
正体バレてもこういう所は変わらない奴だなあ。
さて車に積んだ物資の荷下ろしもそこそこに、おれたちは鉄男さんのお見舞いにむかった。
地下の食品冷凍庫の裏、おれが目覚めたスタート地点に冷凍睡眠用のカプセルが設置されている。
……合理的なのはわかるけど、冷凍食品の隣に冷凍人間を置くって、なんか気持ちがモヤモヤするな。合理的なのはわかるけど。
「お兄ちゃん、ただいま」
紫織は兄の眠るカプセルに手を当て、なんともいえない複雑な表情で見つめている。
「じゃあカズヤさん、お願いします」
「おう」
長かったような、短かったような。
何度も命をかけた冒険の結果、ついに鉄男を治す時がきた。
おれはカプセルを停止させようとコントロールパネルを探る。
「待って、カズヤ」
部屋のすみでジッとだまって様子を見ていたジルヴァが、妙にシリアスな顔で口をはさんできた。
「その人、だいぶ状態が悪いんでしょ? もっと成功率をあげる提案があるわ」
「マジか、どんなだ?」
「うん、まあ……これよ」
ジルヴァはさっきのように、手のひらの上に自分のZ-ウィルスを集めた。
「これをね、あんたの体内にいれればあんたの『エリクサー』はさらにレベルアップする。血液だけじゃなくて涙とか汗とか、色んなもので治せるようになると思うわ。効果そのものも飛躍的にあがるでしょう」
「お、おおそうか! なんだそういうことなら早く言ってくれよ!」
「そうですよもう、人が悪いなあ」
シンプルに喜ぶおれと紫織。
だがジルヴァは笑顔を見せない。
「今以上にすごい存在になっちゃうとね、たぶんあんた普通の人間として生きることができなくなっちゃうのよ」
「は?」
「血や汗でゾンビを治し、パンチやキックで退治する。そんな奴を放置するほど今の世界に余裕はないのよカズヤ。強引な奴らならあんたを誘拐・監禁して『特効薬自動生成マシーン』として死ぬまで利用するでしょうね。悪どい奴ならタダ同然で手に入るあんたの体液を超高額で他人に売る商売を始めるかもしれない」
「う……」
脳内に「幽遊白書」っていう昔の超大人気漫画が浮かび上がった。
その中に雪菜っていう雪女みたいな女の子のキャラが登場する。
雪菜の涙はすごく高価な宝石になるという設定で、そのせいで悪者に監禁されてしまう悲劇のキャラだった。
おれも、同じ目にあわされるかもしれないって?
「自分で決めなさいカズヤ。普通の人間として生きるか、もっと上を目指すか。あんたが自分で選ぶことよ」
普通か、救世主か。
想像したこともない選択肢を突きつけられてしまった。




