第102話 ちょっとだけ、ちょっとだけだから!
「あんた正気で言ってんの!?」
「このまま殺し合いになったら全部パーだろ。友好的になんとか争いを避けられんものかね?」
「無理でしょ……」
ここまで結局ズルズルと戦いつづけてしまったおれたちだが、いま『女王』アナスタジアと真っ向勝負をするのはどう考えても得がない。
勝てるかどうかも分からん。
たとえ勝てたとしてもさらなる犠牲が出るだろう。
そしておれ個人の話になるが、まだ彼女のZ-ウィルスを手に入れていない。
彼女のZ-ウィルスも手に入れたらおれの『エリクサー』はさらにレベルアップする。
ずいぶん強力になってきたからもう十分かもしれないが、それでも「欲しいか、欲しくないか」でいえば欲しいに決まっているのだ。
つまり、できればこの争いは避けたい。
どうにかして穏便に血の一滴でももらって帰るわけにはいかないものか。
「なにをゴチャゴチャ言っておるか?」
頭上から神のごとき冷厳な声がふりそそぐ。
ふり返れば『女王』アナスタジアが虫ケラでも見るような視線を。あるいはもう石コロでも見るかのようにとことん無関心な視線をおれにむけている。
あっこれキツイわ。ひと目でおれは察した。
死んだアルヴェインとおんなじ眼。
完全にこちらを見下しているやつの視線だ。
「えっえーとですね女王陛下。実はちょっとお願いがございまして……」
「……」
女王は無言で視線を変えてジルヴァにむけた。
おのれ! 反応までアルヴェインと同じかよ!
人間ごときと口をきいたりしないってか!
だがこれしきで諦めるものか。
やってやる! やってやるぞー!
「女王陛下の血を一滴いただけないでしょうか!」
「は?」
とてつもなく予想外だったのだろう。
女王の視線はおれのほうに戻ってきた。
超上級天使の体液には特別強力なZ-ウィルスが含まれている。
人体にとって極めて危険な猛毒だ。人間は触れただけで即死し、ゾンビになってしまう。
そんなものが欲しいとは、何に使うつもりなのだ?
―――みたいなことをこの元・研究職の女王は気にしたのだ。ちょっとした職業病みたいな感覚で。
「なんとする?」
「えっ?」
「妾の血を得て、貴様はどうするというのだ?」
「えっ、えーとですね」
あれ、なんて言って誤魔化したらいいんだ?
『エリクサー』の秘密は隠したまま伝えないと。
「あっ、あのーちょっと、ちょっとだけ……舐めてみたいな、なんて」
へへっ。
笑うおれを見て、女王はゾクッと肩をふるわせ顔を青ざめさせた。
石コロを見るような目から、ゴキブリでも見るような目つきに変わっている。
あれっ、なんかちょっと変な伝わりかたしちゃったかな……?
女王は無言で巨虫ガルガントを動かしはじめた。
グオオッと擬音が鳴りそうなド迫力で大きな前足が振り上げられる。
ターゲットはおれ。
「ちょっ、ちょっと待ってミチコ!」
ジルヴァが横から加勢してくれる。
いいぞ、ナイスなコメントをビシッと言ってやれ!
「こいつはね、別にあんたのことが好きだからこんなこと言うんじゃないのよ?」
んっ?
「こいつが欲しいのはあんたの身体だけだから安心して?」
「それのどこが安心かぁぁ!!」
青ざめていた顔を真っ赤にして女王は激怒した。
巨虫の前足がおれたちめがけて振り下ろされる。
ドゴォォン!!
『ギャアアアッ!!』
おれたちは左右に分かれ、間一髪で回避した。
「お前のせいで怒っちまったじゃねえかよ!」
「人のせいにするんじゃないわよ変態プレイヤー!」
言い争っているヒマはない。
交渉決裂だ。
どうしてこうなった。
「全員退避!! とにかく全力で逃げるのよ!!」
ジルヴァが味方にそう告げると同時に、戦場はまた大騒ぎになった。
周囲の建物から脱出する味方。
また道路を全力ダッシュするおれ。
羽を生やして空へ飛びあがるジルヴァ。
巨虫ガルガントの攻撃はジルヴァにむかったが、目にも見えないほどの速さでこれを回避する。
ジルヴァが敵を引き付けてくれている間に、おれは大急ぎで避難する。
また走るのかよォ~。




