25章 大いなる災い 05
翌朝、早朝から行動を開始する。
森の様子は昨日と変わらず、朝のひんやりと湿った空気が頬を撫でていくのが心地よい。
木の枝に印をつけながら、フレイニルの感覚に従って森の中をひたすら歩いていく。
「ん~、昨日も思ったけど、この森はすごく落ち着く感じがするわね。獣人族は好きな森かも」
「ラーニもそう思うかい? 獲物も多そうだし、うちらの狩人にとってはちょうどいい森な気はするね」
ラーニとカルマが、周囲を見回しながらそんなことを話している。
「昨日から動物の姿を見かけないが、獲物なんているのか?」
「そりゃソウシさん、アタシらみたいに大人数でガチャガチャ歩いてたら動物は逃げちまうよ。でもあちこちに動物がいる痕はあるからね。ここはいい狩場になる森だと思うよ」
「動物の痕跡か……。さすがにそれを見分けるスキルは俺にはないな。だが人が足を踏みいれたことがない森なら、動物にとっては天国のような場所なのかもな」
まだ森に入って2日目だが、このあたりにもまだモンスターの気配はまったくない。モンスターは野生動物も捕食するので、それがいないというのも大きいだろうか。
そんな雑談をしながら、それでも周囲への警戒は忘れずに、小休止を取りながら歩いていく。
スフェーニアはエルフらしく(?)植物に詳しいので、初めて見る草花を興味深そうに眺めたり、時には採取したりしている。
「この森は薬草の宝庫かもしれません。ホーフェナを連れてきたら大変なことになりそうです」
ホーフェナ女史はエルフの薬師である。単身人族の町で活動している変わった人だが、それも珍しい薬草などを求めてのことだと後から聞いた。確かに彼女は珍しい素材を前にすると人が変わったようにはしゃぐところがあるのだが、この森に来たら勝手にどんどん奥へ入っていってしまいそうだ。
昼になったので、朝大量に作ったサンドイッチを全員で食べる。ちなみにサンドイッチ一番人気は俺が前世から持ち込んだタマゴサンドである。初めて作った時は怪訝な顔をしていたラーニなど、今は大好物で下手をするとそれしか食べない時があったりする。
昼食も摂り終わり、再出発。
そこでフレイニルが急に立ち止まり、進行方向右、すなわち西側へ顔を向けた。
「どうしたフレイ」
「はい……なにかがあちらに現れた気がするのです。しかし、その気配はすぐに消えてしまいました」
「それは気になるな。行ってみるか?」
「いえ、もう気配は消えてしまいましたので、向かっても正確な場所はわからないと思います。かなり遠くでしたので」
「そうか……。しかし気配が現れて消えるというのは不気味だな。しかし今は元の気配の方へ進んでいくしかないか」
「はい。奥の気配の方がとても強いですから、それがいいと思います」
細かな気配の動きは気になるが、個別に追うよりは大元を探るのが先だろう。
俺はフレイニルの言う通り、元の方向に歩き始めた。
その後2時間ほどは何事もなく、静かな森をひたすらに歩いていくことになった。カルマ、マリシエール、マリアネ、ドロツィッテら冒険者としての経験が長いメンバーはモンスターの痕跡を木や草や地面などに見つけようとするが、それもまったく見つからないようだ。
「まあ、森に入って1日2日のところにモンスターが出られたら狩人なんてやってられないからねえ。気長にいこうよソウシさん」
とカルマが俺の肩を叩いてくるが、確かに彼女の言う通りである。そもそもモンスターは地上にそう現れるものではない。そう考えると、ザンザギル領に三千のモンスターが現れたというのは異常なのである。
森の様子は夕方が近くなっても変わりはなかった。フレイニルもあれ以降は妙な気配を感じとった様子はなかった。
結局何匹か鹿のような中型の野生動物を見た以外はなにもなく、今日も野営の時間となった。
森に入って3日目。
やはり昼頃まではモンスターの痕跡すらなく、森をひたすら進むことになった。
かなり奥地まで入ってきたはずだが、森の様子はそこまで変化はない。樹齢が千年を超えるような大樹が並び、神秘的な景観を作り出しているが、それももう見慣れてしまった。
時折現れる小さな水の流れなどを越えていくと、不意に森の向こうが明るくなった。
どうやら森が開けた場所に出たらしい。なにかあるのか……と思って歩いて行くと、なんのことはない、そこにはきれいな川が流れていた。
川幅は10メートル以上あるだろうか。大小の石がちりばめられた河原も広がっていて、久しぶりにきちんと見る日の光が非常にまぶしい。
川の流れは穏やかだが、奥の方は水底が見えないほどに深く、そのまま渡ることはできそうもない。
もちろん未開の森であるので橋がかかっているはずもなく、先を進むのに困った状況になってしまった。
「ふむ、どうするか」
と俺が頭を掻いていると、ラーニがあっけらかんと、
「木を一本切り倒して橋にすればいいでしょ」
と言ってのけて解決した。
手近にあった一番細い木――それでも直径3mを超える――をカルマに斬ってもらい、倒れる前に俺が抱えて河原に横たえる。
先の方の枝葉などはゲシューラの風の刃魔法で切り落としてもらい、さらに幹を平らに整形してもらうと、それだけで簡易の橋が完成した。
それを俺が持ち上げて川にかければ、それで橋が架かってしまった。作業時間はほんの30分。こういうところでも自分たちのおかしさを確認してしまう。
即席の橋を渡り、全員が対岸へとたどり着く。
そこでサクラヒメが、
「魚を捕らえて食べてみるのはどうであろうか」
と、興味深い提案をしてきた。
俺のアイテムボックスにはダンジョン産の魚の切り身もまだ入っているが、やはり天然の魚の味も捨てがたい。ただ歩くだけになっている森の探索だ。少しアトラクションがあってもいいだろう。
「時間は掛けられないが、手短にできる漁があるからやってみるか」
「どうするのでござるか?」
「衝撃で魚を気絶させるやりかただ。有名な方法だな」
川面を覗くと、大小の魚が泳いでいるのが見えた。この森は魚の天敵となるような動物が少ないのだろう。無防備といっていいくらいで、釣りをすれば入れ食いで釣れるだろうと思われるくらいである。
俺は『アイテムボックス』から網を何本か出して、ラーニやカルマ、サクラヒメやマリシエールといった運動神経のいいメンバーに渡す。なお、網はもちろんこういう時の為に用意していたものである。
俺はさらに『万物を均すもの』を取り出した。それでなにをするのか察したのか、網を持ったメンバーは、俺より下流の川岸に移動した。
「じゃあいくぞ」
俺は『万物を均すもの』を軽く川面に向かって振り下ろす。それだけで爆発したように凄まじい水しぶきがあがり、近くの木に留まっていた鳥が驚いて逃げていく。
少しすると、水面に魚が大量に浮いてきた。今の衝撃によって気絶したり、内臓にダメージを受けて動けなくなったりしたのである。
後はそれを、網を持ったメンバーたちが器用にすくい上げていけば、新鮮な数百匹の魚が手に入る。
「なるほど、石打漁と同じ原理でござるな。しかしメイスの一撃で魚がここまで浮いてくるとはすさまじい」
「やりすぎると自然破壊になるからな。まあここは一発くらいなら大丈夫だろうが」
ラーニ達が採ってきた魚を『アイテムボックス』にしまって、俺たちは再び森に入った。




