25章 大いなる災い 04
『夜王の森』の一日目夜。
野営についてはいつもの『ソールの導き』流なので快適である。
夜の森といえば当然ながら危険を伴うものだが、野生動物は冒険者には脅威とはならず、しかもモンスターは意外なことに夜行性のものは数が少ないので、俺たちにとってそこまで危険ではない。
もちろんなにがあるかわからない未開の森であるので、12体の『精霊』と10匹の『黄昏の猟犬』には周囲をガッチリと警備してもらう。さらにフレイニルの『結界魔法』『絶界魔法』を使えば、Aランクモンスターですら易々と突破できない要塞が完成してしまう。
さて、野営の準備を終えて迎えた夜の『夜王の森』は、この世界でも稀な、完全な静寂と闇に包まれた世界であった。
ただでさえかすかな月や星の光すら枝葉に遮られて地上に届かず、虫や動物の鳴き声などもほとんどない。たまに聞こえるのは、はるか頭上から降ってくる葉擦れの音くらいである。
テント周辺では『灯火の魔道具』を灯してはいるが、それがかえって木の陰の色を濃くして、恐らく一人であったらそれだけで言いようのない圧迫感を覚えていただろう。
夕食後、俺が外に置いたテーブルでティーカップ片手に闇と静寂を味わっていると、ライラノーラがテントから出てきた。
魔道具の灯りに照らされる白銀のロングヘアをなびかせた女吸血鬼の姿は、背筋が寒くなるほど美しい。俺を除いて美形揃いの『ソールの導き』だが、ライラノーラの容姿は『神』が手ずから作り上げただけに、現実感に乏しいまでに整っている。
「ライラノーラは、この森に入ってからなにか感じるものはあるか?」
茶を注いだカップを渡すと、ライラノーラは優雅な所作で俺の隣に座ってきた。
「ありがとうございます。そうですわね、この森に入ってから、わずかにわたくしの中のなにかがざわめく感じはいたします」
「ざわめき、か。今までに同じような感じを覚えたことは?」
「『異界』で『冥府の燭台』と対した時にあったかもしれません。それと、あの『緑の種族』を見た時も感じましたわ」
「とすると、なにかイレギュラーな存在に対してライラノーラの感覚が反応しているのかもしれないな。ライラノーラ自身はそのざわめきの正体はわからないんだな」
「ええ、わかりませんわね。わたくしという存在自身まだわかっていないところがありますので」
「そうなのか?」
「ええ。ソウシ様のおかげで再構築されたこの身体ですが、なにしろわたくし自身初めての経験ですから」
そういえば、もうすっかりライラノーラはいて当たり前みたいな感覚になっているが、ライラノーラはもとは『彷徨する迷宮』を管理するシステムみたいな存在であり、それがたまたま自由な肉体を得て活動しているという特異な存在なのである。
見た目が超然としているので余計に勘違いしてしまうが、どちらかというと外の世界に初めて出てきた箱入り娘、というのが実態に近い。
「ライラノーラがいつも落ち着いているから、そういうのを忘れてしまうな。しかしライラノーラが仲間になってからも俺たちは全然落ち着かないな。『大いなる災い』が来るまでは少し休めると思ったんだが」
「それは仕方ありませんわね。わたくしは度々『彷徨する迷宮』とともに地上で形を得ますが、これほど多くの『災い』の兆候があったのは初めてですから。ソウシ様が『天運』スキルを十全に使いこなしてくださって、本当に良かったと思いますわ」
ライラノーラのスキルに対する言い様は奇妙に聞こえるが、スキルは『神』が作ったものなので、同じ『神』によって作られたライラノーラが「使いこなしてくれてよかった」と言うのはおかしなことではない。
「そういえば、ライラノーラが『彷徨する迷宮』を設置して、それが踏破されなかったことはあるのか?」
「ええ、何度もありますわ。わたくしと戦ったソウシ様ならおわかりと思いますが、わたくし自身、並の冒険者、覚醒者では倒せない存在です。残念ながら試練に耐えきれなかった方たちは少なからずいらっしゃいました」
「その場合、『災い』はどう対処されたのだろう」
「わたくしにはわかりかねますが、今もこうして人が地上に残っているのですから、きっと乗り越えたのでしょう」
「それはそうか……。だが、その都度人口を大きく数を減らした可能性はありそうだな」
厳しい話ではあるが、前世地球でも疫病の流行などで多くの人間が犠牲になった歴史はある。それと同等の話だと思えば、あり得ない話ではない。
しかし、俺たちが相対した『黄昏の眷族』の侵攻も、『悪魔』の出現も、『冥府の燭台』の陰謀も、俺たちがいなければどうなっていたかと考えると恐ろしい。
もしかしたら今後現れる『大いなる災い』と三つ巴になって、この大陸は壊滅的な状況になったかもしれない。
そんな想像に密かに身体を震わせていると、それに合わせてライラノーラも身体を震わせた。
「どうした?」
「今、強いざわめきがわたくしの中に少しだけ起こりました。やはりこの森にはなにかがあるようです」
「現在進行形でなにかが起き始めているということかもしれないな。うまく突き止めることができるといいんだが」
その後フレイニルやラーニを呼んでなにかありそうか聞いてみたが、彼女らは特になにも感じないということだった。
ライラノーラだけが感じる微妙な変化というか、『災い』の気配みたいなものがあるのだろうか。
まあまだ森に入って浅い。結果を求めるのは性急に過ぎるだろう。
一応交代で夜番を立て、俺たちは一日目の夜を過ごすのであった。




