25章 大いなる災い 03
翌日、朝一番でラーガンツ領の都の外に『異界の門』を設置した。
もはや『異界の門』設置は完全な流れ作業で、ほとんど時間はかからない。メカリナン王都に開いた『異界の門』との間をつないだ後、俺たちはそのまま南の大森林地帯へと出発した。
ラーガンツ侯爵領の領都から南側は広大な耕作地帯になっているのだが、その耕作地の間に通された道を馬車で南下していくと、昼過ぎには目の前に広大な森林が見えてきた。
以前見た地図では、森のさらに南には壮大な山脈があり、その向こうは海になっているはずである。だが、今目の前にある森の奥に、山脈の姿を見ることができなかった。ということは、目の前の森は想像もできないほど広いということになる。
いつの間にか耕作地帯は後ろに過ぎ去っており、道もなくなりかけていた。森までは平原が広がっているが、さすがに整地はされておらず馬車は走れそうにない。
俺たちは馬車を降り、そして森の手前まで3キロほどを歩いていった。
そして今、目の前には高さ50メートルを超えるような大木が立ち並ぶ、厳かとも言えるような森の、その入り口に俺たちは立っていた。
人を拒むような圧を漂わす木々を見上げて、フレイニルが口を開いた。
「今までいくつもの森に入りましたが、この森はそれらとはまったく違う雰囲気がありますね。非常に強い力が、この奥にいくつも渦巻いているのを感じます」
「この森は完全に人の手が入っていない森だからな。昨日ミュエラに聞いたが、過去何人もの冒険者が入っていったが、誰一人帰ってこなかったそうだ」
「そのような場所なのですね。しかしこの力を考えれば理解できます」
「フレイが感じている力というのは、モンスターのものか? それともアンデッドか?」
「アンデッドではありません。たぶんモンスターのものだと思います。Aランクのモンスターが無数にいるような、そんな気配を感じます」
その情報は普通なら恐怖を感じるものかもしれなかったが、フレイニルの顔は平然としていて、言葉を聞いたラーニ達も特に反応はしなかった。
ただ、スフェーニアはなにかに気付いたようだ。
「もしこの森に無数のAランクモンスターがいたとして、それが一匹でも外に出てきたら一大事だと思うのですが、そういった話はなかったのでしょうか?」
「ラーガンツ領の記録には、この森から強力なモンスターが出てきたという話は、前回の『災い』までさかのぼらないとないそうだ」
「とすると、今Aランクモンスターがいるのは、『大いなる災い』が近いからということになるのでしょうか」
「ああなるほど、最近になって湧いてきたということか。確かにそうじゃないとおかしいのかもしれないな」
過去に何度もAランクモンスターが出てきていたら、近くに農村など構えないだろう。むしろ砦を作って監視するほどの話である。
俺がうなずいていると、ラーニがお気楽そうな声を出した。
「どっちにしても入ればわかるでしょ。さっさと探検を始めようよ」
「そうだな。今日はそこまで進めないかもしれないが、森には入ってみようか。さて、ここからはダンジョンと同じか、それ以上に危険な場所になる。頭上や足元を含めて、皆各周囲には気を配ってくれ。先頭は俺、最後尾はマリシエールに頼む」
「承知しましたわ。殿はお任せください」
「隊列から勝手に離れるのは厳禁だ。何かあったら細大漏らさず情報を共有してくれ。シズナは『精霊』を常時出して警戒に当たらせて欲しい」
「わかったのじゃ。獣型にして皆を守らせよう」
「ソウシよ、我も『犬』を出すぞ。あやつらは鼻が利くからな」
ゲシューラの提案に俺はうなずいた。
「それも頼む。確かにこういう時は『黄昏の猟犬』は頼りになりそうだ」
俺たちは基本11人パーティだが、シズナの『精霊』は12体、ゲシューラの『黄昏の猟犬』は10匹まで呼び出せるので、総勢33の大部隊となる。
ウズウズしているラーニやカルマ、子どものように目を輝かせているドロツィッテ、鉢金を縛り直して気合を入れているサクラヒメ、じっと森の奥を見ているゲシューラ、そして大木を珍しそうに見上げているライラノーラなどの様子を見て問題なしと判断し、俺は森へ向かって歩き始めた。
この南の大森林は、ラーガンツ領では『夜王の森』と呼ばれているらしい。
『夜の王』と呼ばれた国王が昔のこの地を治めていて、彼が晩年この森に入って消息を絶ったという伝説から来た名だとか。
その『夜王の森』だが、歩いて10分も行くと、まるで別世界に来てしまったような雰囲気になっていた。
直径4、5メートルはある巨木が立ち並ぶ、神秘的とも感じられる森である。頭上は何重にも重なる枝葉によって覆われ、日の光はわずかに地上に届くのみだ。
ゆえに下生えは少なく、落ち葉に覆われた地面はしっとりと濡れている。所々大きな石や岩が転がっていて木の根も張っているが、地面そのものは起伏が少なく意外と歩きやすい。
肌を撫でる空気は冷たく湿っていて、森に入って100メートルくらいですでに深い森を歩いているという感覚に陥るくらいであった。
さて、とりあえず入ってきた『夜王の森』だが、未踏の地であるからにはルートもなく、行き先が決まっているわけでもない。
ルートに関しては、帰り道がわかるように一定の距離ごとに木に印をつけておくことにする。印といっても、大量の赤い布を用意してあるので、それを細長く切って枝に結び付けていくだけである。
行く先は完全にフレイニルの気配感知とラーニの嗅覚頼りである。遠くまで見通せない森だとスフェーニアの視力は残念ながら威力を発揮しない。
後は吸血鬼のライラノーラも人間にはない超常的な感覚を持っているらしいので、それも頼れる時があるかもしれない。
ともかく今はまだ森に入ってすぐなので、とにかく奥を目指して歩いていくだけだ。
「う~ん、さすがにこのあたりだとモンスターの気配もないわね」
ラーニが耳をピクピクと動かしながら左右をキョロキョロと見回している様子は、ダンジョンよりも楽しそうだ。
俺たちにとって、ダンジョンは本当にひたすら戦うだけの場所でしかないので、こういった自然の中を歩くのは確かに面白い。それが人跡未踏の地となればなおさらだ。
「ねえフレイ、さっき言ってたモンスターの気配って近くにはないの?」
「そうですね……。近くにはないようです。ただ、それより弱い気配は多くある気がします」
「弱いモンスターがいっぱいいるってこと?」
「たぶんそうだと思います。ただ、それもこのあたりにはいないようです。もっと奥にいかないと出会えないでしょう」
「まあそれもそうか。このあたりにいるなら、この森からモンスターが外に出てこないとおかしいもんね」
そんなことを話しながら歩いていくが、結局夕方になるまで小動物を何度か見かけただけで、モンスターの気配が近寄ってくる様子もなかった。
時間なので、少しだけ広まった場所を探し、今日の野営場所とする。
「まあ、すぐになにか見つかるということはないじゃろうしなあ。気を長くして探索するしかないのう」
というシズナの言葉にうなずきつつ、俺たちは野営の準備を始めた。




