24章 異界回廊 34
さて、いよいよ『王家の礎』の地下50階だ。
下りていくと、やはり白い石が円形に敷かれた石舞台のフロアだった。
ただしその石舞台は直径150メートルくらいしかなく、今までよりは狭い。
周囲を巨大な石で作られた遺跡で囲まれていることもあり、絶対的には広い空間のはずなのだが妙な圧迫感を覚える作りであった。
目をひくのは、その周囲にある遺跡に縦横5メートルを超える入口がぽっかりと黒く開いていて、しかもその入口が石舞台を囲むように16並んでいることだ。
「まさかあの穴からボスがうじゃうじゃ現れるわけじゃないよね」
とラーニが口にしたが、明らかにそうとしか思えない作りのフロアである。
俺たちが中央付近へ歩いて行くと階段が消え、そして周囲からシャアッ、という鳴き声が何重にも響いてきた。間違いなく遺跡の入り口の奥からである。
「ラーニの勘が当たったかな」
「やっぱり長期戦になるのかな~。パフェもう一個食べておけばよかった」
「あれ以上食べたらお腹が冷えて大変なことになりますよ」
とスフェーニアが注意をしていると、入口の奥からジャリジャリと、なにかを引きずるような音が一斉に響いてきた。
その音は次第に大きく近くなり、そして遺跡の入り口からそのモンスターたちは姿を現した。
巨大なコブラ、それが第一印象である。ドラゴンよりも巨大なコブラが全周囲の入口から姿を現し、ズルズルと音を立ててこちらへ近づいて来て一斉に鎌首をもたげた。それぞれの胴体は列車くらいの太さがあり、広がった胸の部分の幅は10メートル近いだろう。
鱗は黄と黒との鮮やかなストライプで、腹側は鉄のような金属の光沢がある。
俺たちを見下ろす頭は地上10メートル以上上にあり、頭を狙うだけで大変である。
よく見ると、その巨大コブラは全身が遺跡の入り口から出ておらず、どうやら身体の半分だけを遺跡から出して戦うモンスターのようだ。
マリアネが近づいてきて、『鑑定』の結果を教えてくれる。
『「アナンタ」というボスです。牙に毒があり、高い物理・魔法耐性がある程度で他に目立った能力はないようですが、千の頭を持つそうです」
「つまり千回頭を潰さないといけないということか?」
「『鑑定』で示されているということは、そういうことだと思います」
「そうだよな。皆、超長期戦になりそうだ。覚悟しておいてくれ」
と注意をすると、ラーニ、カルマは、
「あ~、やっぱり~! まあそれだけいっぱい斬れるからいいか!」
「千回頭をぶった切ればいいんだろ。やってやろうじゃないか!」
とやる気を見せ、ドロツィッテ、マリシエールは、
「一匹一匹がどの程度の強さかにもよるね。見た目通りくらいなら助かるのだけど」
「前衛は一人一匹相手をするのがよろしいかもしれませんね」
と冷静な意見を述べつつそれぞれ戦闘準備を整える。
「ソウシ殿、『精霊』は獣にして皆を乗せるのがいいかのう?」
「いや、相手があの巨体だと動き回るのは無理だろう。後衛は中央付近に集まって、前衛が相手をできない奴を集中して叩いてくれ。『精霊』はその後衛を守らせて欲しい。俺の側は手薄で大丈夫だ」
「了解じゃ。皆、『精霊』の内側に入るのじゃ」
「フレイは『絶界魔法』で守りの強化を。後は補助に回ってくれ。長期戦だからフレイの働きが重要になるぞ」
「はいソウシさま。皆様の補助はお任せください」
「ボスの強さによってはひとりずつ休みを入れることも考える。集中力だけは切らさないように行くぞ」
「はい!」「は~い」「あいよ!」「了解しました」「気合を入れていくのじゃ!」
指示に従って『精霊』の身長3メートルを超えるミスリル人形が半円に壁のように並び、その内側にフレイニル、スフェーニア、シズナ、ドロツィッテ、ゲシューラら後衛陣が入る。フレイニルは『絶界魔法』を主に上方に張って上からの攻撃に備えたようだ。
その外側にラーニ、マリアネ、カルマ、サクラヒメ、マリシエール、ライラノーラの前衛陣が並ぶ。遺跡の入り口の数を考えれば、同時に出現するのは16匹。彼女らに一人一匹対応してもらえれば6匹は抑えられる。後衛陣が2匹相手にするとして、残り8匹は俺がやればいい。
後は本当に千匹出てくるかだが、マリアネの『鑑定』は比喩表現や誇張表現などは使わないだろうから、本当に出てくるのだろう。
俺たちが準備を終えるのを待っていたかのように、巨大コブラ『アナンタ』が動き出した。といっても特別な動きをするわけではなく、上体を後ろに反らして構えを取ると、そのまま口を開いて噛みつきにきた。
もちろん相手は列車の車両ほどもある巨大コブラ、それだけで世界の終わりみたいな光景である。巨大モンスターと戦い慣れた俺たちでも、これだけの大質量に一斉に襲われる経験は初めてだ。
しかしそれで臆する者はなく、皆それぞれの役割を果たすため冷静に行動を開始する。
「『神の後光』!」
フレイニルの弱体化魔法はアナンタの動きを一瞬遅らせたが、効きは弱いようだ。
前衛陣は6方向に散っていき、それぞれ正面のアナンタの注意を引き付け誘導する。
スフェーニア、シズナ、ドロツィッテ、ゲシューラの4人が同時に魔法を放ち、一匹のアナンタの頭部を集中攻撃する。
するとそれだけでアナンタの頭部は粉砕され、巨体が力を失って地に倒れ伏した。頭部を失った身体が黒い煙になって消えていく。
その様子を見ながら、スフェーニアが「なるほど」とうなずいた。
「見た目通りで、それ以上でもそれ以下でもないようです。これなら2人で一匹を相手にできるでしょう」
「うむ。当たり所が良ければ一人でも行けそうだが、ここは慎重に構えよう」
ゲシューラが同調し、自然と後衛で2匹を相手することになったようだ。
さて、俺の方だが、こちらはいつもながらの酷い戦いとなる。
スフェーニアが判断した通り、アナンタは巨体ではあるが、スキル的な力は最小限しか持っていないようだ。ゆえに俺の『圧潰波』の一発で頭部が破裂したように吹き飛んでしまう。ただ巨体のためまとめて一撃とはいかず、一匹倒すのに一発の『圧潰波』が必要なのが面倒なだけだ。
気になるのは、倒されたアナンタが消滅して次のアナンタが現れるのか。そして現れるならどれくらいのインターバルを必要とするかだ。
8匹を一息に倒して観察していると、やはり入口の奥から引きずるような音が響いてきて、まったく同じ巨大コブラが現れた。どうやら死骸が煙になって消えてから、再登場までは1分弱かかるようだ。ひっきりなしというほどではないが、それでも休むに十分な時間ではない。
「本当に千匹現れるなら3時間はかかりそうか。俺以外は休みを入れた方がいいかもしれないな」
単体のアナンタが思ったより弱いので、俺一人で10匹までは同時に相手できそうだ。
しかしそれでもこれはとんでもない試練だ。『千本ノック』なんて言葉があったが、まさか異世界まで来てこんな形でそれをやらされるとは思わなかった。
ラーニ達前衛陣は、それぞれ巨大な相手にそれぞれ余裕をもって戦っている。
ラーニ、マリアネの機動力タイプは、『疾駆』『跳躍』『空間蹴り』を駆使して、アナンタの首の周りを三次元的に動き回りながら、あっという間に巨大コブラを切り刻んでいく。
絶対的な攻撃力には劣るマリアネだが、『状態異常付与』がすぐに効果を発揮したらしく、『麻痺』が入った後に悠々と眉間に刃を突き立てていた。
カルマは正面から必殺剣の『虎牙斬』でアナンタの頭を唐竹割りにしている。巨体の突撃も大剣で受け止められるようで、さすが俺に次ぐ物理特化の剣士だけはある。
サクラヒメはバランスタイプなので、一定距離を保ちながらの連続攻撃でアナンタの身体を抉りとるように攻撃している。分身する『繚乱』、刃を増やす『幻刃』、そして連続攻撃によって攻撃力が上がる『舞踏』の組み合わせは、ツボにはまると凄まじい威力になる。アナンタの頭部が見る間に削れてなくなっていく様子はかなりスプラッタである。
一方マリシエールは『告運』で巨体をいなしながら、的確に首回りに切れ込みを入れていき、そしてあっさりと切断する戦い方である。その動きは無駄がなく、まるでアナンタが勝手に弱点を目の前に差し出して斬られているようにさえ見える。
ライラノーラは得意の『装血術』で、刃渡り3メートルの赤い剣を作り出し、それでアナンタをザクザクと斬り裂いていた。彼女は空も飛べるため、戦いぶりは極めて安定している。
後衛陣ももう一匹を余裕で倒し、全員一周目をクリアしたようだ。ただ千匹現れるなら、この後同じことを60回以上繰り返さねばならない。
一匹一匹はそこまで強くないとはいえ、巨体であるからこそ、特にこちらの前衛陣の体力の消耗はバカにならない。
これは予想外の方向で、面倒なボスかもしれないな。




