24章 異界回廊 35
『王家の礎』地下50階。
戦闘開始から約30分後、俺たちはまだアナンタと戦っていた。
倒した巨大コブラの数はすでに200匹近い。どうやらマリアネの『鑑定』の通り、本当に千匹現れるようだ。
「あ~、もう大して強くないのに大きいから無駄に疲れる!」
というラーニの叫びはもっともで、つまり持久力や精神力が試されるボスなのだろう。ダンジョンも面白い事を考えるものだと唸らずにはいられない。
ともあれこのままだと集中力の低下から思わぬ事故も起こりかねない。最初に少し考えた通り、休みを入れる必要があるようだ。
幸い、『精霊』のミスリル人形と『絶界魔法』に守られた後衛陣の陣地は鉄壁で、単純な物理攻撃のみのアナンタ相手ならかなり信用できる。
「俺が追加で2匹相手をするから順番で休みを取ってくれ。水分の補給と、食えるなら行動食も食べた方がいい。スフェーニア、細かい指示は頼む。俺は休憩は必要ないから気にするな」
「わかりましたソウシさん。ではラーニとマリアネ、フレイがまず休憩してください。フレイ、水と食料の用意をお願い」
「助かる~。これ倒したら一旦休むわ!」
「わかりました、一旦下がります」
「わかりしました。準備して少し休みます」
指示に従って速やかに動くメンバーたちは頼もしい。
戦闘中にフレイニルが『アイテムボックス』から水の入った樽や食料を出すの光景は初めてである。いろいろな意味で、『ソールの導き』でしか見られない状況だろう。
俺は2匹増えて10匹の相手をするが、素早く叩き潰せば30秒以上のインターバルはある。俺の体力も無限ではないが、回復力も並ではない。少しでも休めれば何時間でも戦えるだろう。
さらに30分戦い続ける。倒したアナンタの数は400を超えただろうか。まだ半分行っていないことにうんざりするが、ここで少しでも集中力を切らせれば一気に崩れる可能性もある。確かにこれはこれで強敵と言えるボスである。
休憩は一巡して、全員一度は休めたようだ。
スフェーニアが休憩を取った時に、
「ソウシさん、おかげで助かりました。これでまだまだ戦えます」
と言ってくれた。
「俺は10匹相手でも問題なさそうだ。継続して休憩を取ってくれ」
「大丈夫なのですか?」
「早く片付ければ次が来るまでに少し時間があるからな。俺のことは気にしなくていい」
さらに20分ほどが経過する。
討伐数はそろそろ500か……と考えたところで、出てくるアナンタの色が変化した。もとは黄色と黒の縞模様だったが、橙色と黒になったのだ。
「半分を超えたという印か?」
と思いながらそいつの頭を粉砕する。
微妙に手応えが増した気がするし、スピードもパワーも多少上がっていたようだ。なるほど、そのあたりはさすがにそのままとはいかないか。
俺からすれば誤差みたいなものだが、メンバーにとっては気になる変化かもしれない。
「色違いは少し強いぞ!」
と叫んでおくと、「了解!」の声が返ってくる。
戦っているアナンタが全て入れ替わって、全部が橙色のものになる。見る限り苦戦しているメンバーはいないが、わずかに戦闘時間が伸びたような気はする。一体一体はわずかでも数を重ねれば無視できなくなる。思った以上に厄介なボスらしい。
さらに30分以上が経過した。
一緒に休憩していたシズナとゲシューラが、
「同じことを長く繰り返すというのも辛いものじゃのう。それが体力と集中力を必要とするものであるとなおさらじゃ」
「上の階で出た3体のリザードマンも強敵だったが、こちらはもしかしたらより厄介な相手かもしれんな」
「まっことそうかもしれん。あちらは敵とどう戦うかという形であったが、こちらはどちらかというと自分自身と戦っている気がしてくるのじゃ」
「言い得て妙だな。もしかしたらそれが狙いのボスなのかも知れぬ。ダンジョンとは面白いものだ」
と言っていて、どうやら彼女たちも俺と同じ感想を持ったようだ。
更に30分。
半分の500匹で変化の印があるなら、750匹から800匹あたりでまた変化するか……と思っていたら、案の定アナンタの色が赤と黒の縞模様に変化した。
更に全体的な能力が上がったが、特殊能力などは増えていないようだ。さすがにここでイレギュラーな変化をされたら厳しいところなので、助かったというべきか。
そしてさらに1時間が経った。メンバーたちを見ると、少し動きが鈍っているようだ。表情からも明らかにうんざりした様子がうかがえる。いい兆候ではないが、しかしそろそろ終わりが見えてくる頃のはずだ。
と思っていると、
「ソウシ、新しいのが出なくなったみたい!」
とラーニが叫んだ。どうやら今出現しているのが最後らしい。
「よし、あと少しだが最後まで気は抜くな! 最後にデカいのが待ち構えている可能性もあるぞ」
と声をかけつつ、自分の予想が当たらないことを祈って目の前のアナンタを粉砕する。
見ると、アナンタが出てきていた遺跡の入口が消滅している。確かに戦いは最終フェーズ入ったようだ。
一匹、また一匹とアナンタが減っていき、最後の一匹がライラノーラの赤い槍に眉間を貫かれて消滅した。
「これで……終わったのでしょうか?」
と見上げてくるフレイニルの顔には、はっきりした疲れが見えた。
ラーニもスフェーニアも、マリアネもカルマも、そしてゲシューラやマリシエールすら、さすがに疲れを隠せていない。彼女たちがこれほど追い込まれるのは、かなり珍しいことである。それだけにやはり恐ろしいボスだったと考えるしかない。
最後の一匹を倒したライラノーラが、こちらへ滑るように戻ってくる。いつもはうっすらと笑みを浮かべることも多い彼女だが、今はまだ真剣な表情であった。
「皆様、まだ安心するのは速いようですわ。あの穴が開いたままですから」
彼女が指さしたのは、今倒したアナンタが出てきていた遺跡の入口だ。確かにまだ開いたままで、しかもその奥から何かをこすり合わせるような音が響いてくる。
「どうやら最後の一匹ということらしいな。特別な奴が出てくるんだろう」
「その考えてよさそうですわ。皆さん、もう少し頑張りましょうか」
ライラノーラの言葉で、皆がもう一度気合を入れ直す。数時間に渡る戦いの最後だが、さてどんな奴が出てくるのか。
現れたのは、やはり巨大なコブラだった。
今までの者と比べると一回り大きく、色は毒々しい紫色をしていた。
全身がしっとりと湿っていて、しかも微妙に蒸気が立ち上っているようだ。
ただそれ以外は特に目立った点はなく、正直なところ、45階で戦ったリザードマンほどの威圧感はない。
マリアネが『鑑定』をしたが、
「全身から毒を分泌させているそうですが、それ以外はなにもなさそうです」
「ああ、なるほど、あの蒸気みたいなのは毒なのか」
といってもこのダンジョンに潜るのはAランク冒険者だろうし、『毒耐性』スキルは当然持っているはずだ。とすると、最後の最後で強烈なボスを出すほどの意地の悪さはなかったようだ。
「ソウシにはずっと働いてもらったし、あれは私たちで倒そうか」
というラーニの言葉で、全員が一斉に攻撃を始めた。
が、最初の魔法の斉射でほとんど決着がついてしまって、わかっていたことだが拍子抜けであった。
しかし最後の一匹の死骸が消滅し、遺跡の扉が閉じて、そして宝箱が出現すると、皆一斉にその場に座り込んだ。見た目は危なげなかったかもしれないが、それだけキツい戦いだったということだ。
苦戦していないように見えて、実際には前衛陣も何度か怪我はしていて、その度にフレイニルの命属性魔法で回復をしてもらっていた。
終わってみれば、むしろいい経験をさせてもらった戦いだったと言えるだろうか。




