24章 異界回廊 32
いよいよ『王家の礎』5日目だ。
地下46階からのスタートとなるが、実は昨夜のうちに地下50階で切り上げようという話になっている。
理由は、昨日のダンジョンの難度を考えるとさすがに1日10階は厳しいだろうと判断したからだ。
セーフティゾーンで野営道具をすべてしまい、各自出発の準備を確認する。
フレイニルとラーニは、それぞれ新しい防具を身に着けている。
ラーニが装着している『紫電の女王』は、黒と紫の色合いがやはりラーニに良く似合っている。鎧としては覆っている面積が少なめではあるが、彼女のスピード特化の戦闘スタイルを考えるとこれが限界だろう。
なお、ラーニの新しい鎧『紫電の女王』の『金剛壁+3』が、彼女がすでに着けていたネックレスの効果と被るので、そのネックレスはシズナのものとなっている。
一方フレイニルの白い神官服『聖女の白』は儚げなフレイニルのイメージに合っていて、杖の『母なる星の祈り』と合わせるともはや完全に聖女の装いだった。
「今回のダンジョンで一番見た目が変わったのはフレイかもしれないな。とても似合っているし、これで見た目も完全に聖女という感じになったな」
「あ、ありがとうございますソウシさま。この杖もこの服も、身に着けているだけでとても強い力を得られる感じがいたします。まるでソウシさまに抱かれているかのようです」
杖を両手で胸の前に抱えるようにして、頬を赤くしはにかむように微笑むフレイニル。
彼女の装備が一新できて俺もホッとしたところなのだが、フレイニル自身は気分が高揚しているようだ。なにか妙なことまで口にしている。
もちろんそれを聞き逃すラーニではなく、
「フレイってソウシに抱きしめられたことがあるんだ?」
とからかい始めた。
「い、いえっ、そういうことではなく、ものの例えというもので……」
「あ、でも前は時々一緒に寝てたもんね。それならわかってもおかしくないかも」
「で、ですから、それは関係なくて……。もう……っ」
ラーニのニヤニヤ顔に気付いて、フレイニルは顔を赤くしたまま頬を膨らませた。
そういえば、最近はフレイニルも俺と一緒に寝るということもなくなった。当然この1年で彼女も成長しているし、俺への依存も徐々にだが薄れているのだろう。
と、そんなやり取りをスフェーニアやシズナたちは笑って見ているのだが、一方でドロツィッテやマリシエールが意味深そうな目を俺に向けてくる。
「なるほど、フレイとはすでに同衾する仲だったんだね、ソウシさんは。フレイが公爵家令嬢であることを考えるとこれは重要な話だね」
「ふふっ、そうですわね。もうフレイはソウシ様に嫁ぐしかありませんし、アルマンド公爵にとっては朗報でしょう」
そういえば、彼女たちは冒険者になって日の浅かったころのフレイニルを知らないのである。二人とも目が笑っているので勘違いをしている訳ではないと思うのだが。
「そのあたりはもう公爵閣下とも話し合い済みだから大丈夫だ」
と言っておいて、階段を下りてゆく。
地下46階は41~45階と同じように、円形の石舞台になっているダンジョンだった。
直径300メートルはある広い石畳の形状も同じだが、その周囲は一面の砂漠になっているのが違いである。遥か彼方にはピラミッドやスフィンクスのような遺跡も見える。
ただし、空は曇っているので気温は高くない。むしろ少し肌寒いくらいだが、戦うには丁度いいだろう。
「この感じだとまた集団戦かねえ」
とカルマが言うと、それに答えるように周囲の砂漠が山のように盛り上がり、その砂の下からモンスターが現れた。
それは一言で表現すれば、金属でできたサソリであった。
大きさは本体部分だけで普通の自動車くらいある。一対のハサミや八本の脚、そして先に針のついた尻尾までを含めると大型の重機にも勝る迫力がある。
外皮の表面には金属の光沢があり、その細かい造形も生物というよりは板金鎧のパーツをつなぎ合わせたように見える。つまりサソリ型の金属製ゴーレムということなのだろう。
そのゴーレムは俺たちを囲むように次々と砂漠の下から出現し、最終的に8体になった。
「『ヘビースコーピオン』というモンスターだそうです。見た目通りゴーレムに近いもののようですね。尻尾の先の針は毒針ではなく、なんらかの魔法を射出する器官のようです」
マリアネの『鑑定』からもゴーレムと確定する。
「要注意は尻尾からの飛び道具か。ハサミに捕まるのも厳禁だな」
「あの大きさじゃ速さはたかが知れてるでしょ。逆に正面から受けるのはソウシ以外無理だから、わたしたちは逃げ回りながら戦う方法でいくのがいいと思う。半分任せる感じでどう?」
「基本はそれでいこう」
ラーニの助言通り俺が半分引き受けて、残り4体をメンバーたちに任せることにする。
シズナの『精霊』は全て獣形態、後衛陣はその背に騎乗、機動戦の用意をする。
「前衛陣は二人一組で、後衛は最初の一撃以降はそれぞれ補助に当たってくれ。シズナ、1体は『精霊』を使って引き付けておいて欲しい」
「了解じゃ。周囲からちょっかいをかける感じで遊ばせておこうぞ」
「見た目通り防御力は高そうだ。フレイは『神の後光』を頼む」
「はいソウシさま」
指示が終わる頃には、8体のヘビースコーピオンはすでに動き始めていた。ガチャガチャと金属音を響かせながら、包囲を狭めるよう迫ってくる。
「よし、攻撃開始」
俺の指示と同時にフレイニルが『神の後光』を放つ。新たな装備を得たフレイニルの魔法は強烈で、強い効果があったらしくヘビースコーピオンは大きく巨体を震わせた。
続いて後衛陣の先制攻撃が一斉に放たれる。スフェーニアとゲシューラの『ライトニング』が2体のヘビースコーピオンの巨大なハサミに命中すると、凄まじい破砕音が響いてそれぞれのハサミを半ばから粉砕した。
「『ロックジャベリン』じゃ!」
シズナはすでに岩の槍なら7~80本くらい撃てるようになっているが、今回放ったのは威力を高めた10本だ。その先端はもう岩ではなく金属の質感で、ヘビースコーピオンの背中や脚に命中し、外皮を貫き脚を砕いて有効なダメージを与えていた。
ドロツィッテのお気に入り魔法『レーザー』が縦に一薙ぎされて、片方のハサミを根元から切断し、さらに本体にも深い爪痕を刻んでいる。
これは思ったよりもフレイニルの『神の後光』が効いているのか、それとも皆の魔法が強力なのか。
「もしかしたら手応えはあまりないかもねえっ」
「油断は禁物でござるぞ」
カルマとサクラヒメがそんなことを言いながら、自分たちの担当の一体に向かっていく。
2人の接近を感知してヘビースコーピオンが尻尾の先を二人に向けた。その毒針の先端が光を発し、次の瞬間、そこから拳大の石が無数に発射された。まるでショットガンの散弾である。
「おわちっ!?」
「むっ!」
無論カルマとサクラヒメはそれを正面から受けるほど鈍くはない。左右に跳んで躱したが、何発かは食らったようだ。
「こりゃ防具が弱かったらマズいねっ」
「直撃は危険であるな!」
2人は掴んでくるハサミを避けて、左右からまずは脚に攻撃を加えていく。防御力が高そうなヘビースコーピオンだが、『神の後光』が効いているところで細い部位を狙われればひとたまりもない。カルマの大剣とサクラヒメの薙刀に次々と脚を切断され、動きが鈍くなる。
「おらッ!」
「させぬっ!」
巨大なハサミをカルマが叩き斬り、そのカルマを狙おうとしていた尻尾をサクラヒメがズタズタに引き裂くと、そこで勝敗は決した。
ほかのラーニ、ライラノーラ組、マリアネ、マリシエール組も危なげはない。残り一匹は5体の獣型『精霊』が囲んで翻弄している。そこに後衛陣が魔法で集中攻撃、それで倒してしまった。
どうやら俺たちの相手にはならなそうだと一安心しつつ、俺は近くまで迫ってきていた4体を『圧潰波』で一薙ぎにした。飛び道具の岩の散弾はかなり強烈ではあったが、『不動不倒の城壁』と『神嶺の頂』、俺の防御スキルの前には豆鉄砲に等しい。
残り2体もメンバーたちの手によってすぐに倒された。
マリシエールが、
「46階にしては手応えがありませんわね。それだけフレイの『神の後光』が効いているのでしょうけど……」
と怪訝な顔をするが、それはたぶん皆が思ったことだろう。
そしてその疑問への答えは、意外な形で返ってきた。
なんと、再び砂漠から8体のヘビースコーピオンが現れたのだ。
「なるほど、こういうことなのですわね。納得がいきましたわ」
マリシエールが口元に笑みを浮かべ、反対にラーニは眉間を寄せて嫌な顔をする。
「え~、1回だけじゃないんだ~。メンドくさっ」
「なるほど、そういうことでござったか」
「へえ、こういうパターンもあるんだね。これは詳細な記録は必要だ」
サクラヒメとドロツィッテもそう応じつつ、再びそれぞれの相手へと向かっていった。




