01 迷子
一話です。
ここは由緒ある王国のとある古城。
いつもは人っ子一人とおらず、亡霊のほうが多いと揶揄される古城だが今日は違った。
大きな庭園は美しいバラが咲き誇っており、噴水は息を吹き返したかのようにごうごうと水を噴き出している。
城の外壁も傷やヒビはあれど綺麗に清掃されており、威圧感のある大きな灰色の石壁が姿を露わにしていた。
そんな美しくも厳かな風景の中で、それに似つかない様相の少女が一人右往左往していた。
(どうしよう、迷ってしまった。)
少し黄ばんだワンピースを身に纏った少女は困り果てていた。
彼女は明日から開催される王の妃、王妃を決める舞闘会に出るため、
この古城まで故郷の村からはるばるやってきた。
この闘いを勝ち抜き、王妃になって弟妹にお腹一杯のご飯を食べさせてやる、
と決心した彼女だがいざ会場へ来ると、
城の荘厳な雰囲気や煌びやかな衣装を纏った女たちに圧倒され城前で引き返し、
思わず庭のほうへ逃げ出してしまった。
庭は複雑に入り組んでおり、出口はおろか、どこから来たのかさえ分からない。
城のほうへ進めばいいと思うが高い塀や生垣がその道を遮っていた。
田舎からやってきた少女は未知の場所に心が疲弊し、長旅の疲れもあってか一歩も動けずにいた。
もうこの闘いをあきらめてしまおうか、
少女の心が折れかけたとき、空から一筋の影が差しこんだ。
—その影は実に人であった。それも、美しい女であった。
空から降ってきた女は少女とも女ともとれる姿をしていた。
亜麻色の薄い透きとおった髪に均整のとれた体、そして何よりも印象的なのはその紫の瞳であった。
少し切れ長な形の目、その双眸は諦観の意を抱いていた。
そしてこの世のすべてを知ってしまったかのような達観した眼でもあり、
世界の何も映していないような虚で透きとおった眼でもあった。
しかし、その哀れみを持った揺らぎ以上に彼女の瞳には強い光が宿っていた。
その瞳の光が持つ意志はわからない。が、
その揺らぎがまさしく人の視線を釘づけにする。そんな眼だった。
—彼女もそのうちの一人だった。
田舎から来た娘はあっという間に彼女の姿の虜になった。
「大丈夫?」
少し切れ長でつり目の彼女が質問する。
彼女の眼に見惚れていた少女は目を覚ましたかのように少し驚いた表情で答える。
「は、はい」
「なぜこんなところにいたのかしら?」
紫色の女に問われた少女は思い出したかのように話し始める。
「初めてこんな煌びやかなトコ来て…、少し落ち着こうと思って庭に入ったら迷ってしまったんです」
「たしかに、この庭園はすごく美しいものね。少しは落ち着いたのかしら?」
「ええ、はい」
少女は答える。
「それはよかったわね。きっと庭師も喜んでいるはずよ。」
「それよりももう城内には入った?受付がはじまっていたわよ」
自分が空から飛び降りたという事実を意にも返さぬように紫の女は続けて聞いた。
「いえ、まだで…」
少女は受付もせずに庭に出でいた。
「丁度よかった。実は私も済んでいないの。一緒に城内に入らない?」
紫の女が尋ねる。
「いいんですか?ぜひお願いしたいです」
田舎の少女は即座に返事をした。
女に案内してもらいながら、二人は庭を抜け出して城内へと向かった。
庭は本当に迷路のように入り組んでいて、出るのに四半刻もかかった。
二人は足早に石畳の道を通り、城へ向かう。
二人は他愛のない会話を続けながら歩き続けた。
そこで田舎の少女は切り出す。
「なぜさっき空の上から飛び降りてきたんですか?」
しばらくの沈黙ののち、
「私ね、高いところが好きなの。だからお城のてっぺんにいたら迷子になってるあなたを見つけて」
紫の女の冗談に田舎の少女がくすくすと笑う。
はぐらかすような物言いに田舎の少女はこれ以上の言及をしなかった。
そうこうしているうちに二人は城の前へたどり着く。
城の前には門番と数人の少女たちしかいなかった。
どうやらみな受付を終え、城の中にいるらしい。
大きな二枚扉をくぐると、そこはもう別世界だった。
三階建ての家ほどの高さの天井からは、人の身長ほどもある豪奢なシャンデリアが吊るされており、
エントランスホールを明るく照らしている。
クリーム色の壁紙は明かりに照らされて、施された規則的で豪華な意匠がさりげなく壁を彩っていた。
シャンデリア以外に豪奢な装飾は少ないが、どの小物、意匠をとっても上品で洗練されていた。
少女がその圧倒的な雰囲気に気圧されていると紫の女が声をかける。
「ほら、立ち止まらないで。受付はすぐそこよ。」
「はいっ!ごめんなさいっ!」
二人はエントランスホールを進んで、両の階段に挟まれた受付に着く。
受付には仮面をつけた二人のバトラーが立っていた。
「はるばるお越しくださりありがとう存じます。」
「先ずはお名前をお決めになってくださいませ。」
受付の二人は上品な所作でひとつの小冊子を取り出し二人に渡した。
「こちらのまだ印のつけられていないものからお名前をお決めになってください。」
冊子は小さな花の図鑑だった。
ページを捲ってみると、たくさんの花の写真と名前が並べられていた。
どうやら花の名前から参加名を決定するらしい。
が、ほとんどの花に大きなバツがついていた。
それらの花はもう参加名に使われているということだろう。
二人はページをぱら、ぱら、と捲る。華やかな花は全てにバツが付けられており、
残っているのは雑草に近いような花ばかりだった。
「どう?決まったかしら?私はもう決めたわ。」
紫の女は田舎の少女に声をかける。
「はいっ!決まりました!」
「そうなのね、先に言っていいわよ」
「はい、それではお言葉に甘えていただきますね!」
田舎の少女は一呼吸おく。
「私の名前は白詰草にします!」
凛とした声で田舎の少女ー白詰草は言った。
その言葉に紫の女は少し目を開いた後、素早く小冊子に目を落とす。
選ぼうとした花が被ってしまったのだ。
そんなことはつゆ知らず、白詰草は紫の女に問う。
「あなたはなんのお花にしましたか?」
紫の女はもう一度だけ小冊子をチラリとみて答えた。
「私は、」
「私の名前は春紫苑。」
紫紺の瞳がギラリと輝いた。
これから、ここから。
美しい花が舞い散り狂い咲くパーティーがはじまる。
読んでくださり、本当にありがとうございました。




