魔法って凄い
「水回りの説明は、一人一か所ずつにしないか? 早く終わらせて、彼女たちだけにして上げたいし」
トイレに行きたいの、ばれてる?
亜美奈はミケルたちに背を向け、こっそり舌を出した。
そういえばさっき、自分でトイレに行きたいと言った気がする。
ちょっぴり恥ずかしいが、生理現象なので仕方ないと開き直ってみた。
「じゃあ、亜美奈はキッチンな」
「はいっ」
心菜は洗面所、真鈴は風呂だ。
真鈴は案内して貰うついでに、風呂にお湯を用意すると嬉しそうについて行った。
そして亜美奈は、寝る前でも食べられそうな軽いオヤツか果物が無いか、漁るつもりでウキウキだ。
「まず、このスイッチ。各部屋に付いてるから、覚えておいてくれ。これは浄化、つまり掃除だな。自動でしてくれるスイッチだから、部屋を出る時は必ず触って行くこと。癖にするくらいで丁度良いかな」
白くて丸いパネルは、確か玄関入ってすぐと階段の所にも有った気がする。
勝手に掃除をしてくれるなんて、なんて便利な装置を付けてくれたのだろう。
誰が考えたのか判らないが、感謝したくなって来る。
「次。水はこの球に手をかざすと出て、もう一度かざすと止まる。
これは日本にも有った。
主にトイレだったし、止まる処までは考えられていなかったが、キッチンに有る場合深底の鍋を洗ったりする時、勝手に止まられては困るので、日本の物よりこっちが良い。
そして食器棚が三竿。それぞれ色が違い、クリーム・ピンク・グリーンだが、ピンクとグリーンは白にうっすら色が入っている程度だから、もしかするとクリーム色の方も、クリームでは無く黄色なのかもしれない。
「この食器棚は、三人それぞれに一つずつ。何を入れるかは自分で好きにすれば良いけど、下は冷蔵と冷凍になってるから、食器とかは上のガラス張りの所とこの引き出しだろうな」
「木製の棚に冷蔵庫? あっ、中に入ってるんですね」
「いや、冷気の魔法を付与すれば出来る。外に漏れないようにするのも、魔法付与で調節してる」
「魔法って凄い………」
キッチンの中だけでも、きっとたくさんの魔法が使われているのだろう。
見上げれば丸い電球の付いたシーリングファンが有った。引っ越しの時荷物持ちでくっついて行った電気屋で見て、欲しかった照明だ。
そう言えば、エアコンもヒーターも無いのに、ぬくぬくだがこれも魔法だろうか。元居た世界と遜色無い、いや上回るほどの便利さを魔法で実現している。
もし元の世界にこの技術があれば、地球温暖化は無かったに違いない。
「少しだけど流し台の下、真ん中の扉の中には調理道具が入ってる。料理は基本的にスキルを使ってやるけど、初めの内は大した物作れないし、異世界から来た人間なら普通に料理した方が良い物作れるらしいから、一応用意しておいた」
「そんな、大したもの作れないですよ」
三人居ればなんとやらで、たぶん普通に食べられる物は用意できるだろうが。
「向かって左にはオヤツが入ってる。右はお茶やコーヒーな。女の子だから沢山用意して有るから、当分大丈夫だろう。もし気に入ったのが有ったら、言ってくれれば補充するから遠慮なく」
お茶にオヤツ。
それはとても魅力的な響き。
「こっちのカウンターだけど。この垂れてる板を起こすとテーブルになる。椅子はあの隅に置いてある奴な」
バタフライタイプのテーブルが付いたカウンターは、カントリー調でハートと波がモチーフになっているデザインで、とても可愛い上、引き出しが多くたっぷり収納が良い感じだ。
「テーブル側の扉を開くと、当面の食事が入ってる。向かって右から、朝食・昼食・夕食で、一週間分用意したから明日から利用してくれ」
「ここに一週間分?」
どう見ても入らないだろう。
カウンターの幅は、二メートル有るかどうかという程度なのだ。しかも一週間も経てば、痛むものも出て来る。缶詰が並んでるのを想像し、亜美奈は顔を引き攣らせた。惣菜系の缶詰は癖が有って、あまり好きではないのだ。
けれど亜美奈の疑問は無視され、ミケルは調理台側へと戻ってしまう。
「こっちの引き出し。上の段三つは果物が入ってる。入るだけ詰め込んだから、結構持つんじゃないかな? 一つ開けてみるか?」
「は、はい………」
ミケルが開けた引き出しを覗くと、小さな箱が並んでいた。
高さは十センチ程度、上下の面は五センチ角の立方体で、上部に丸い持ち手が付いている。
「これに果物?」
「開けてみれば判るよ。あっ、カウンターの上に置いて開けるんだよ」
「はぁ………」
箱を一つカウンターの上に置き、小さいが観音開きの扉を開けてみた。
すると箱は、一気に大きくなった。
子供の頃偶に見た、岡持ちと呼ばれる出前用のケースくらいの大きさで、中も三段に分かれていて、一人分ずつ果物が紙の袋に入っていた。
「お茶も料理もおやつも、全部それと同じ箱にはいってる。箱の中は時間が止まってるから、蓋を開けなきゃいつまででもそのまま保存できるよ。一度開けても閉めればまた時間は止まるから、中を見てからどれを食べるか決める事も出来る、安心してあれこれ開けて見て良いよ」
「じゃあ、料理は?」
「もちろん熱々」
小説に有るような、無限に入るバッグは無さそうだが、これだけ小さくなるのなら工夫次第で色々使えそうだ。
空になった箱は三人に全部くれるというので、即座にお礼を言って置く。返せと言われても、幾つかは絶対に貰おうと思った亜美奈だったから、これは渡りに船という奴だ。
「亜美奈~、そっちぃ、どうだったぁ?」
心菜の声に振り向くと、真鈴もその後ろを歩いて来るのが見えた。
「果物が有ったよ。今夜はそれ食べて寝ようよ」
「お風呂もすぐに入れるよ。しかも、三人一緒に入れる広さ」
「お風呂先にする?」
「食べてぇ、すぐに寝るとぉ、良くないよねぇ?」
「じゃあ、果物先に一票で」
「けどぉ、その前に~」
「「「トイレだトイレっ!!」
しばらくは我慢と思っていた入浴と、おいしそうな果物。
やっぱり逃げて来て良かったと、心から思う亜美奈達だった。
一晩明けて朝食の後、家の周りを見て歩いていた時にミケルがやって来た。
今日は一人だけのようで、あいさつの後すぐに家に戻り、『お手伝い』の内容を聞く事になった。
いくつか渡すものが有るということで、場所はキッチンのテーブルだ。
三人、椅子を並べて座り、ミケルはカウンターの向こう側から三人の前に、小さな本と金属プレートを一山ずつ、それから金と銀のブレスレットを一本ずつテーブルに置いた。
次いで、手の平より少し大きい生成りの巾着袋が十枚だ。
「まず一つ目は、この袋を使って精霊を保護して欲しい」
「これで………?」
「精霊は保護すると、五ミリくらいの石に閉じ籠る性質があってね。その袋に入れた時点で契約が完了するように魔法が付与してある。一袋にだいたい百個入るかな。出来るだけ沢山保護して欲しい」
「絶滅の危機とかですか?」
中国のパンダのようだと、亜美奈は思った。
亜美奈達の知る精霊と同じなら、乱獲もあり得そうだ。
「精霊の幼体っていうのは、とても綺麗なんだ。だから、これから増えて行く人間族の興味を引いてしまう。捕まえてペットにしたり、金儲けに使おうとする向きも出て来るだろう。その前に保護して、成長させる必要が有るんだ。
なぜなら、成長した精霊は隠れるのが得意だし、人の作った容器から逃げ出す力を持っているからね
「つまり保護して、大人になったら放してあげれば良いんですね」
成長して行く過程で仲良くなれたら、遊びに来てくれるかもしれない。
こちらから行っても良いし。一緒に遊べたり出来たら良いなと、亜美奈はまだ見ぬ精霊達を夢見ていた。
つづく