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「店長―。今、時間もらって大丈夫ですかー?」


お湯のお代りを持ってきてくれたラッセルが嘘ろから書類を覗きこむように聞いてくる。


書類はもちろん日本語と数字の山、税務署の人間がこの世界(シルイット)に居るわけでもないので見られて困るものでもないのだが背中に感じるフニンとした柔らかい感触にドキリとする。


肌越しでもわかるこの柔らかさ、もしや下着をつけていないだと!?


と、驚いたもののそういえば頑張って運んだ古着の山にブラやショーツと言った下着類は無かった気がする。

用途不明な細めで長い布が結構な数量あったが、その中のどれかが下着代わりだったのかもしれん。


「店長―、聞いてますかー?おーい?」


いかんいかん、現実逃避で頭が桃色になっていた。

あえて見た目に触れていなかったが、この世界で会う人会う人化粧っ気はほとんどない割に見た目が整いすぎだ。

だからこうやってあまりにも無意識に近づかれるとねぇ……。


「テンチョー、ほんと上の空ですけど大丈夫ですか?」


「っとと、スマンスマン。違う事考えてた。で、どうしたって?」


「あのー、先週も言おうとしたんですが、この大量の数字と見知らぬ文字の山と上の空の店長見てたらこれ以上仕事を増やしていいものかと心配になるんですけどぉ」


「あぁ。まぁ、こっちの書類(もの)は何とでもなる。それよりどうしたって?」


「……はぁ。店長って普段何してるか全く分からなかったんですけど、なんだか大変なことしてるんですねー。っと、段ボールから空けて出しておいたペットボトルのジュースが封も開けずに空になっているのがあるんですがこんなことって普通起こるのでしょうか?」


「―――ペットボトル?」


「これなんですけどー」


と、空のペットボトルを渡される。

オレンジジュースのパッケージのビニールが巻かれてはいるものの、成る程中身は空っぽだ。

底に液1滴も残っていない。

しかも、キャップはラッセルの言うとおり空けられた気配は無くカチリと閉じられたままだ。


「先週2本こうなっているのに気づいたのですが、報告前に店長が店を離れてしまい報告が遅れてしまいました。先週の届いた荷まとめに段ボールを使う為、箱から空けたうちの1本がこうなっていて………これで被害は3本目です」


異世界(シルイット)では物理法則を無視した事象がおこるのだろうか?いや、起こし得る人や存在があるのだろうか。


確かにこの世界は『魔法』と言う物理法則を無視した事象を起こす方法が存在した。


それでも風の刃で東條(バカ)の衣服を切り裂いたり、石畳が泥の様に柔らかくなり逃げようとする東條の足をすくいとったり隙をついてケモミミを触ろうとする東條を空気を圧縮した壁が阻んだりと、少なくとも自然にあるものが形を変える内容(もの)であり、石ころが金に変わったり4次元ポケットの様に内容量を無視して容量質量を無視して道具の出し入れが出来るなど物理法則を捻じ曲げる内容(もの)ではない。


まぁいい、資金は潤沢になったのだ。

ジュースの一本や二本は大したことではないが非現実(ファンタジー)な方法で悪さをする奴がいるなら文明の利器(テクノロジー)で対抗するまでだ。


教えてくれたラッセルにお礼を言って何とかするから大丈夫と伝える。


売値が売値だけにほっとした表情で通常業務に帰っていく。

人によっては弁償だ弁済だという話になるのだろう。


日本の場合は過失の場合法律で弁済や減給の限度額が定められているがこっちの世界ではそういった決めごとがないのかもしれない。

というか、言っておくがその売値に決めたのあんたたち三人組だからな?


忘れないように計算用のコピー紙を少し破り取ってジュースの件、忘れないとメモを残し書類の山に意識を戻した。




さて、この書類の山だが死にかけた状態の通常業務で終わらなかった帳面処理―――だけではない。


シルイットより大量に持ち込んだ家具に小物に古着に金属etc…。

売り場を用意していたので処分先については問題なかったのだが、関連してかさむ経費や不透明なお金に在庫が新たに発生する事となった。


時系列順に見直してみる。


シルイットからの手作り品の輸入費用が300万、これは物々交換という体で真幸商会より砂糖や胡椒を中心に日持ちのする食品や調味料を購入・輸送としている。


とはいうものの今回の取引で使った分は額面にすると5万もかかっていない。

残りの仕入れ値で295万円分もの食料品は空になったトラック置き場に山と残っており、地震・雷・火事・親父、何が起きても軽く1年は闘えるだろう。


まずはこれをどうにかして異世界側に持って行かなくてはならない。

帳簿に残ってないはずの大量の商品が税務署関係に見つかった場合、どう考えても明るい未来が想像できない。


逆に仕入れた所品の在庫も問題だ。

今回は東條(バカ)がドナドナされた経緯もあり玉石混合でとりあえずカイネとファルシアのお眼鏡にかなった品を手に入れられるだけ大人買いしてきた。

実際には結果オーライだったのだが今回はその中の2割程を東京の方に送りつけ、東條―――というかその協力者が言うには軽く見積もっても600万(仕入れ値の倍)は軽く超える売り上げになるだろうとの事。


ついでにバックヤードどころか事務所までぎゅうぎゅうだから暫くは送らないでくれと懇願する手紙も一緒に渡された。


正直良く分からないが一定の人種にはオンリーワンというのが物凄く価値があるのだとか。


そして以外なことに値段がつくのが布の類だった。


文明が劣り機械化などされてない世界で布と言えば手で糸を紡ぎ織りなしてようやく手に入れられるもの。

そして現在の地球では、ほとんどが機械によって織られたもので、地方の有名な織物や世界的に有名な絨毯など手織りの品はゼロが5つ6つ、物によっては7つ付いてもおかしくない世界へと変わっている。

つまりは、着古して大して価値のないように見える布でも手織りと分かるだけで数千から数万円といった価値がつくらしい。


そんなわけで困ったことになったのが同じく空いてる所に詰め込めと倉庫に重ねたシルイット産の商品達(残りの8割)の扱いだ。

今回はきちんと仕入れの300万に輸送コストで帳尻合わせもなく帳簿をつけられる。


しかし、概算にして2,400万円以上の在庫を帳面に放置となると今度は経営不振かと見られるのだ。

昔の大手デパートで経営不振ながらも在庫を多く抱える事で黒字を偽装していた事例を学ばされていたので、金勘定する人間達にとって在庫過多も一つの悪となっている。


そのため、残りの在庫は帳簿にはつけられず無かった事にして倉庫の中で塩漬けになっている。


塩漬けはまだいいのだが、これらを東京に送るとなると次回から4回仕入れ値が0になってしまうのだ。

これもまたどうにかしなければならない問題点の一つである。


次に輸送の問題だ。

真幸商会から東京への輸送は問題ない。

しかし、シルイットから真幸商会への輸送費が問題になる。

手動で運ぶ為費用が0なのだ。

そうなると、この高価な品々はどこから持ってきたのかという話になる。


「………よしっ」


問題点を洗い出し一段落だ。

後はこの解決策を考えるだけ。


問題点ばかりだと思ったけど多分気のせいだよな。


冷え切ったお茶を一息に飲み立ち上がる。

おなじ体勢で長くいたせいか身体を動かすとベキベキと鈍い音がする。


いつのまにか日は沈みかけており、中にはお客も三人娘もいなくなっていた。


外でキャッキャと声がするので出てみると仲よさそうに花壇を弄っているようだ。

植えるものも決まらないまま、いつのまにか花壇は当初の倍程度の広さまで庭を侵食していたようだ。

どれだけ暇してるんだろう。


一人奥でふらふらしているのがいるけどデライトか?あれは大丈夫なのか?


と、視線に気づいたのかデライトがこちらに気づく。

走ってやってきたのはミスティとラッセルだけど。


「店長―、お疲れさまです。ペットボトルの件、どうにかなりそうですか?」


「ハヤトさん、お疲れ様です。今度ハヤトさんの国の言葉も教えてください!今日は何も手伝えませんでしたがハヤトさんのお手伝いができるようになりたいです」


「お、つかれさまです。私、も、文字や、数字の、方が、いい。重いもの運んだり、動くのは、疲れ、る」


三者三様に声をかけてくれる。

お礼を言って頭をなで、それぞれに軽く返事をして別れる。


始めて少ししか経ってないけど、この場所と繋がりを崩さない様に頑張ろうと改めて思えた。


まずは…………ラッセルの心配事を取り除くとするか。


待ってろよ犯人(?)!文明の差って言うものを思い知らせてやるぜー。





******************************





それから3週間程、平日は商会での運送業に精を出し休日はシルイットでのんびり帳面をつけながらのラッセルたちの手伝いをしたりデライトに文字を教えたりミスティと商業ギルドに顔を出したりと落ち着いた時間を過ごした。


客の入りは相変わらずの疎らだが、売上が丸々利益になるので3人の給料とデキシーさんへの家賃は賄えており問題ない。


東條はその後もチームケモミミ(だったっけ?)と親交があるらしく、東京の方に出向かない土日はシルイットについて来てなにやら楽しんでいるらしい。

ちょくちょく怪我して帰ってくるのだが……正直諦めている。


当初予定の5倍ほど大きな花壇がとうとう完成したのだが、とりあえず何か植えてみようかと蒔いてみた二十日大根(ラディッシュ)が少し、また少しと大きくなっている。

どうやら休みの日でも3人娘が順番に水をやりに来てくれているようで、赤くてまるくてかわいいと評判だ。


収穫したら浅漬けか何かで是非とも食べて頂こう。


日本では学生たちが平日でも外を走り回るようになり、最も暑い時期が訪れている。

その点、シルイットでは依然とあまり気候が変わらず過ごしやすいので休憩時間や暇な時なんかは門を越えてシルイット(あちらの世界)で時間を潰していた。


こうして定期的にシルイットに訪れる事で分かったのだが、ペットボトル内のジュースだけを盗んでいく犯人はほぼ毎日来ているようだ。

そして、一日で空にするのではなく数日に分けて中身を減らしていき5日程かけてようやく1本を空にするらしい。


昼間、不意にシルイットに行っても鉢合わせすることがなかったので犯行時刻は恐らく夜だろう。


そして、犯人を捕まえるために必要なブツがようやく東條から届いたのだ。

文明の利器を手に入れるために必要な物。


――――――現金だ。



東條との話し合いで東京のオーダーショップ(以降MAZAKI)は税金等を差し引いて2割をMAZAKIを所有する東條が受け取る事に、残りは次回仕入れの代金(扱い)として真幸商会の方に振り込まれる。


元手がほぼ0で8割を搾取はぼったくり?いえいえ、合資会社(個人企業)で単純な利益をそのまま計上したら恐ろしいほどの税金がかかるのですよ。

具体的に言うとこのペースで純利5,000万が出たとしたら2500万以上が国庫に徴収される。


個人企業という会社のシステム上、経費として申請できる範囲もかなり制限させられる。


それなら利益は小さく輸出として金貨類(外貨)を獲得する商品や必要な道具類を買いそろえた方がいいという話になったのだ。


真幸商会(うち)でのバイトは継続したままMAZAKIを東條の副業とし、MAZAKI分の利益から店舗の維持費や人件費などを管理してもらうのだ。

勿論そこから余った額は東條の懐に。

MAZAKIが潰れた時の責任は東條が取る事にはなっていて「問題ない」とのことらしい。


まぁ、万が一の時は発注のキャンセルで帰ってくる資金やシルイット充て倉庫の食料品を故買屋に流すことである程度フォローできる。

突き当たりに必要な費用も概算は確認しているのでそこまで心配はしていない。


因みに、先月のMAZAKIの売り上げは税金と広告割引きを差し引き530万程あったらしい。


つまり、今月の仕入れの為にと真幸商会に430万近い大金が渡される。

勿論そのほとんどは食料品購入として倉庫のスペースを圧縮するのだが、輸出物の一部として仕入れの一部に『電化製品』があってもおかしくは無いわけだ。


勿論発送したはずの商品が自宅や事務所にあり、私物として使うのであれば脱税なり横領なりになるのだが、現物は異世界にあるため何も問題は発生しない。


そんなわけで新しく仕入れた山積みの異世界(シルイット)送りの食料品倉庫の中に、国産最新式のデジタルカメラとビデオカメラがわりにアイパッド2台と大容量のモバイルバッテリー、新型ノートパソコンといった個人的にも欲しい家電類一式が一緒に紛れ込んでいる。


因みに、東條のおねだりで登山セット・防災セット・カップ麺にLED灯が5セット紛れ込んでいるが、………俺の方に迷惑がかからなければいいなぁとは思っている。


余談はさておき、機械類が届いたその日にさっそく目減りしていたペットボトルと入り口に向け撮影を開始する。


さてさて、犯人の顔をシルイット一帯に張り出してやろうじゃありませんか。







******************************







朝5時に設定していたアラームを止める。

自分と彩綾の朝飯を用意して先に頂いて制服に着替える。

干し肉で出汁をとったスープとトーストにピザソースを塗り、スクランブルエッグときゅうりを乗せる。


実はこの干し肉やスープの野菜、シルイットで作られたものだ。

豚肉っぽい肉は近所のスーパーの物より脂の乗りが良くて美味いし、野菜類は特有の青臭さやクセが強い半面、他の食材に混ぜ込んだり火を通したりするとむしろ香りが強くなり美味しくなった。


いい出来だと思いながらもちゃっちゃと準備を済ませ事務所へ向かう。

カチリと戸を閉めしっかり鍵をかけたのを確認してから扉をくぐる。


窓から見えるシルイットの町並みは、炊事の煙が立ち上り、桶を両手に井戸へ水を求める人で通りは溢れかえり日常のワンシーンながら新鮮な風景に感じられる。


っと、見とれている場合じゃなかった。

始業時間までに犯人の目星をつけるつもりだったんだ。


2台を並べて高速再生していく。



…………


……………………


………………………………



設置して2時間を過ぎた頃、入り口の枠あたりの所から蛍の様な光が2つ3つすり抜けていく。


ほぼ同時刻、ペットボトルの方にも似たような光が何十とペットボトルに群がっていた。

赤・青・黄・緑とほんのり色づいていて少し幻想的だ。


スキップしても群がったままでその光景は夜が明けて少し明るくなるまで続いていた。

ペットボトルの方を確認するとどうやって飲んだのか知らないが、先日より数センチ水位が下がっている。

勿論ペットボトルの方に穴など開いていない。

成る程、この蛍もどきたちが犯人か。


しかし、砂粒の様な隙間をすり抜けてくる蛍をどうやって捕まえようか。

仕事に戻り、ようやく慣れてきた作業に移りながらも思いを巡らせるのであった。



定時に仕事を終わらせホームセンターに車を走らせる。

大きな密閉できる容器を探すが見つからない。

店長さんに聞いてみても


「あぁー、中が見えて1.5Lのペットボトルを軽く入れられ密封できる容器なんて見た事ないですねぇー」


とのこと。

犯人への報復は暗礁に乗り上げた………かに見えた。

が、この妙に語尾を伸ばす店長さん―――川越さん、いいアドバイスをしてくれました。


「ってゆうかぁー。そんな容器、何に使うんですかぁー?」


「蛍みたいに光る害虫っぽいのが出るんで捕まえようかと。どうやら戸の隙間でもすり抜けるみたいなので、ジュース(餌)に群がった所を密封できる容器で一網打尽にしたいなーと思ってるんですよね」


光が現れる動画を何度も見返して気付いたのだがこの蛍達、恐らくだが戸や床板の小さな隙間から侵入してきているのではないかと目星をつけている。


「んー、その害虫(?)捕まえるんじゃなくて根絶やしにしたら駄目なんスかねぇー」


と、園芸コーナーを指さす。

園芸コーナーでは除草剤のセールと一緒に殺虫剤のセールも行っていた。


「…………あっ」






日本時間二一〇〇時、害虫駆除を決行!


とのことで罠を仕掛け、罠を作動させる紐を持ちつつの隣の部屋で見つからない様迷彩柄の寝袋に(くる)まり待機する。


この紐を引っ張ることで餌のジュースの周りを園芸用のビニールが覆う。

そのまま用意したこの殺虫剤で一網打尽にする予定だ。

因みにこの寝袋、東條依頼の品の登山セットの中に入っていたもの。

特注とかで無駄に高いと思っていたが登山グッズの中身は何故か本格的なサバイバルキットになっていた。


………いや、何目的でこの装備なのかは想像つくんだけどね。

死んだら終わりの現実世界でよーやるわと思うよ、ほんとに。


そんな事を考えていると、ふわりふわりと色とりどりの光が壁をすり抜けていくではありませんか。

厳密にいえばすり抜けてではなく板と板の間のほんのわずかな隙間を通ってだと推測するけど。


もしこの推測が外れていた場合、今回のせん滅作戦は失敗だろう。


『よっ、いーつき』


『おうっ、いいつきっ。きょうはこれたんだな』


『おまえら、はやくしないとなくなっちゃうぜ?つぎのしる、どこかにかくされてるみたいだからこのしるがなくなったらおわりだぞ』


『やべっ、まじか』


『さんきゅ、すぐいく!』


慌てて通り過ぎる光虫達。


…………こいつ、喋るぞ。


若しくは自分の耳がおかしくなっているだけか。

少なくとも違う文字を使う人達の言葉が通じるのは自動的に翻訳されている可能性もある。

もしかしたらその延長で虫たちの言葉も聞こえたのかもしれん。


もしこの世界でGの声が聞こえてくるのなら、あの扉は封印するかもしれんな。


……考えるだけ無駄か。

喋る虫だとしても被害を被っているのには違いない。

とりあえず予定通りに計画を実行するか。


目の前を横切る光がなくなったので寝袋を脱ぎ、半開きの戸で身体を隠すようにしてジュース入りペットボトル(罠)を設置した部屋を覗き見る。


おぉ、いるわいるわ。

喋る光虫(?)たちのおかげで、明りがなくとも部屋がくっきり見える。

その光源の中心はペットボトルに入っている液体から発せられているように見える。


これなら予定通りに一網打尽にできるだろう。



………………三


…………二


……一


今っ!



思いっきり引っ張るとだるんと垂れていたビニールが持ち上がり、縁日で見る金魚の袋の様に上部がキュッと締まる。

いち早く異変に気付いた何匹かは逃したがワーワーキャーキャー言いながら逃げていった。


我関せずとばかりにペットボトルにへばりつく光虫(仮)もいたが、捕えた多くはこちらに突撃しに来るか反対側に逃げようとするか――――だが、罠のビニールが両者とも阻む。

ひっぱって破ろうとする個体もいたが、ハウス用ビニルなのでそう簡単には破られない。


一網打尽を確認して、上部のすきまからノズルを突き刺す。

羽虫たちが気を取られた瞬間、先端から殺虫剤(もうどく)が噴出する。


『『『『『ぎゃあああああああああああああああ』』』』』


うっ………うるせぇ。


『げほっ、ごほっ、がはっ』


『まずい、……ごほごほっ、これどくだ!』


『くそっ、《キュア》……《キュア》………《キュア》』


『このブレスをどうにかしないとマズイ《キュア》』


『……あとはたのむ。《浄化(ピュリアフィケーション)》…ぱたり』


殺虫剤のツンとした刺激が雨上がりの森の様なやさしい香りに変わる。


『たすかった……ごほっ。《キュア》』


その後キュアキュア言いながら、ぱたりぱたりと倒れていく光虫たち。


……………うん、なんかすまんかった。






「あー、もうっ。ったく、逃げるなよ!」


倉庫からLED灯を持ってきて話のできる光虫たちと向き直る。

大部分の光虫達はグロッキーのままなのでこれも倉庫から布切れを持ってきてその上に雑魚寝させている。


回復している奴らも律儀に逃げることなく待っていた。


光のせいで光と羽しか見えていなかったが、光が弱まって姿が確認できるとその姿はまさかの人形だった。

ネバーランドに住む、緑服の少年の横にいる小さいアレをイメージしてもらえるといいかもしれない。


『あなたさまはわたしたちのすがたもみえてこえもきこえる………と』


「ん?そりゃそうだが。というかあれだけキラキラ光ってて見えないわけないだろ」


『え~っと~。わたしたちのことなんですが………』


真っ赤な髪の光虫改め精霊が説明を始める。

倒れているほとんどは妖精で格上の彼女(?)の方が耐性があったらしい。


この世界には魔物・モンスターと呼ばれる人族・亜人族・魔族などに害をなす存在がおり、そいつらに対抗する手段の一つとして『魔法』が存在する。


その『魔法』の適性に彼等妖精や精霊と波長が合うことが条件であり、普通なら良くて1体2体。

英雄や賢者と呼ばれる存在でも4・5体が限度。

過去に異世界から召喚された勇者という人でも、全種の妖精や精霊は見えたらしいが全部の妖精や精霊は見えなかったらしい。


「へー。じゃ、現状はチート?もしくはバグってやつか?」


ここ数年、娯楽関係は御無沙汰だったから昔やってたゲームしかイメージがわかない。


特定の道具入れ換え中断からのレベルカンストとかタンクモンスター相手に初期武器でコンボ稼いで経験値カンストとかパスワード入力で初期に最強武器装備してスタートとか。

コレがバグかチートなら、鍵はあの扉だろうし。


『にんげんのみる、すてーたすっていうのにとくべつなすきるがあるのかもしれないし、かってにのんだこのあまいしるがひきがねになったのかもー』


因みに、此処に寝込んでいる妖精や精霊を使役するだけでも隕石の一つや二つは落とせるらしい。

もしこの街にいる精霊の全てが見える+魔術師100人分位の魔力を捻出できれば、この地域一帯を今後百年不毛の大地に処す事も可能だとか。


いや、しないけどね。

どこの大魔王かって話だ。

ホント、前振りとかじゃないし。


で、毎晩ジュースを漁りに来てた理由は味と魔力二つの意味で美味しかったからだとか。


以前、隅っこにジュースが残ったままのペットボトルが開けっ放しで放り投げられていたらしい。

空のペットボトルでも欲しがる人が多いので最近空いたものは洗って干している。

恐らくは初日の大盛況の時だろう。


で、ジュースの放つ魔力に誘われ妖精の一人が味見した所、美味いし格が上がりそうな程魔力が補充できたと噂が広まった。

結果、我も我もで現状に至る。


袋から解放しても逃げないのは、袋から出した時に逃げるなと言った一言が効いているらしい。

契約は交わしていないが見えて言葉もかわせる時点で仮契約の状態になっているみたいだと言われた。


「…………とりあえず」


『とりあえず?』


困った。

どうしよう。


人間が犯人ならガルフコーストさんに晒してもらう、虫なら排除のつもりだった。

結果が、ファンタジーでお約束のコレである。


『???』


人形並みに整った顔立ちでこっちを覗きこんでくる。

しかも精霊は妖精と違ってある程度大きくなれるらしく親指と人差し指を足したくらいの大きさ(20cm前後)になっている。


あれだ。

48関節可動人形(ドール)の完成系だな。

以前この手の精巧なドールを量産したいからという理由で融資を求めてきた客(変人)がいたのだが………ってそうじゃない。


「………あんたがジュースを飲んで魔力を補充できればそこらで呻いている妖精たちを回復できるんだよな?」


『うん』


「じゃ、ジュース出すから回復させて今日の所は解散で。明日の夜……日が暮れてから追って沙汰下すからジュース飲んだ事ある奴等を全員集合させるように。いいな?」


『は、はいっ。………あ、あのぉー』


おずおずと手をあげる赤精霊。


「ん?」


『あのー、はんせーするしできることはするから。あのどくでおしおきはやめてほしいです!』


「あー、その姿見たらもう殺せねーって。はいはい、毒はなしな。オーケーオーケー。代わりの事を考えるから全員集合させるように、いいな」


『おーけーおーけー』


……カチン


「返事は『はい』だ!返事!」


『はいっ』

殺虫剤のスプレー突きつけたた一気におとなしくなった。


光と羽だけだったらまだ殺せたかもしれないが人の姿してる時点で殺すとか無理っしょ。

なんか、中身は完全に子供だし。


底に残ったジュースだけでレベルアップするくらい回復すると言っていたのでキャップ一杯分だけ。

同じく唸っている奴等の回復分にと紙コップ3分の1程持って行ってやるとすぐさま回復した。


原因も自分だったのだが、その事は既に忘れたかのようにてんでバラバラにお礼を言ってくるわ周りをぶんぶん飛び回るわ。

魔法が善悪関係無しに発動できる理由は妖精や精霊たち(こいつら)が忘れっぽくて幼い子供みたいなせいでもあるんだろうなと思う。

赤精霊と違って話があまり通じなかったので


「明日の日暮れ、一度でもこの家でジュースを飲んだやつを全員連れてこい。そしたらまたジュースを飲ませてやる」


って言ったら『はいっ』といい返事をして一斉に飛び立っていった。


あいつらの処遇は明日仕事しながら考えるとして…………帰って寝よう。

なんかどっと疲れた。


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