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EP 2

超音速の死神ゴースト

 1942年6月4日、午前10時22分。

 高度一万五千フィート。分厚い雲の切れ間から、アメリカ海軍のSBDドーントレス急降下爆撃機の編隊が、獲物を見定めて機首を下げた。

 彼らの眼下には、見渡す限りの大海原と、そこに浮かぶ巨大な四隻の空母――日本の誇る南雲機動部隊が、無防備な甲板を晒している。直掩の零戦隊は低空に引き付けられており、上空には一機の護衛もいない。

 完璧な奇襲だった。

 米軍パイロットたちは勝利を確信し、照準器の中心に『赤城』と『加賀』の巨大な日の丸を捉え、急降下爆撃の引き金を引こうとした。

 その時だった。

 空が、物理的に引き裂かれるような『絶叫』を上げた。

「――っ!? なんだ!?」

 米軍パイロットのひとりが叫ぶ。彼らが知るレシプロエンジンの野太い駆動音とは根本的に異なる、空気を切り裂き、鼓膜を直接殴りつけるような甲高い爆音。

 それが何なのかを理解するよりも早く、彼らの横を『黒い影』が通り過ぎた。

 ――ドゴォォォォォォンッ!!

 遅れて叩きつけられたのは、大気を震わせる巨大な破裂音。

 音速の壁を突破した際に生じる衝撃波、ソニックブームだ。

 時速四百キロ程度で飛ぶ1940年代のレシプロ機にとって、マッハ1.2で駆け抜けたF-35Bの生み出す後方乱気流ウェイク・タービュランスと衝撃波は、まさに不可視の竜巻だった。

 急降下体制に入っていたドーントレスの編隊は、まるで見えない巨大な蠅叩きで殴られたかのように空中で体勢を崩した。

 ある機体は錐揉み状態に陥って海面へと激突し、ある機体は主翼のジョイントが衝撃に耐えきれず空中でひしゃげた。パニックに陥ったパイロットたちは、狙いも定めずにデタラメに爆弾を投下し、四散していく。

「一発も撃たずに編隊が崩壊したか……。紙飛行機みたいだな」

 F-35Bのコックピットで、坂上真一は冷静に状況を分析していた。

 彼がやったのは、米軍機の編隊のど真ん中を、音速を超えて通過しただけだ。だが、八十年の技術格差は、それだけで十分な殺傷能力を持っていた。

 坂上は操縦桿を引き、急激な上昇プルアップに移行する。

 強烈なGが坂上の全身を押し潰そうとするが、HMDと連動した最新のGスーツが下半身を締め付け、血液の降下を防ぐ。

 坂上は「フッ……」と短く息を吐き、丹田に力を込めた。北辰一刀流の修行で培われた強靭なインナーマッスルと呼吸法が、ブラックアウトを完全に抑え込む。剣術の極意は、そのまま最新鋭機のパイロットとしての適性に直結していた。

 眼下の海面では、日本艦隊の頭上に落ちるはずだった爆弾が、見当違いの海面で虚しく水柱を上げている。

 空母『赤城』の甲板では、水平員や将校たちが、信じられないものを見るような目で上空を見上げていた。

 彼らの目には、ドーントレスの群れを一瞬で蹴散らしたF-35Bが、尾を引く太陽のようなアフターバーナーの炎を輝かせながら、天に向かって駆け上がる『黒い流星』に見えただろう。

「まずは第一段階フェーズ・ワンクリアだ。だが、飛んでくる矢を払い落とすだけじゃ、ジリ貧になる」

 坂上はバイザーの表示を切り替えた。

 F-35Bの機首に搭載された、AN/APG-81 AESA(アクティブ電子走査アレイ)レーダーを最大出力で稼働させる。

 当時の日本軍が必死に双眼鏡で水平線を睨み、米軍が初期の原始的なレーダーで索敵を行っていた時代。F-35Bのセンサーは、数百キロ先のピンポン玉すら識別できる次元の違う索敵能力を持つ。

「見つけた」

 坂上の視界に、複数の巨大な熱源とレーダー反射波がポップアップした。

 現在地から東北東。ミッドウェー島近海に展開する、アメリカ海軍第16任務部隊および第17任務部隊。

 史実において、日本艦隊を海の底に沈めるはずだった空母『エンタープライズ』『ホーネット』『ヨークタウン』の三隻だ。

「燃料の残量は……ギリギリだな。帰りの分を残せば、一撃だけ叩き込める」

 坂上はスロットルを調整し、高度を高位で維持したままスーパークルーズ(超音速巡航)の姿勢に入った。

 彼が狙うのは、米艦隊の「撃沈」ではない。そんなことをするには、この機体の武装では足りない。

 F-35Bのウェポンベイ(機内兵装庫)に搭載されているのは、GPSと慣性誘導を組み合わせた1000ポンド級のJDAM(統合直接攻撃弾)が二発のみだ。

「空母の命は、飛行甲板だ。そこさえ潰せば、ただの鉄の箱になる」

 坂上はシステムに攻撃目標をインプットした。

 ターゲットは、敵艦隊の中核である『エンタープライズ』と『ヨークタウン』の飛行甲板中央部、および航空機を昇降させるエレベーター部分。

 ステルス機であるF-35Bが接近していることに、米軍は全く気付いていない。彼らのレーダー網には、ノイズ一つ映っていないはずだ。

「ウェポンベイ、オープン」

 腹部のハッチが開き、二発のスマート爆弾が海風に晒される。

 坂上は照準レティクルが目標に完全にロックオンされたことを確認した。相手の顔は見えない。だが、これも国防だ。祖父が守ろうとした国を、焼け野原にさせないための防衛戦だ。

 真鍮のライターの「カチン」という音を脳内で響かせ、坂上はトリガーを押し込んだ。

「フォックス・スリー」

 機体から切り離された二発のJDAMは、自らの小さな翼を展開し、誘導システムに従って、はるか下方の米空母へと正確に滑空していく。

 坂上は着弾を見届けることなく、即座に機体を反転させた。

 数秒後。

 F-35Bの光学センサーが、後方の海域で二つの巨大な火球が膨れ上がるのを捉えた。

 エンタープライズとヨークタウンの飛行甲板に、誤差数十センチの狂いもなく直撃したJDAMは、分厚い装甲板をたやすく貫通し、格納庫内で爆発。

 爆風は甲板を吹き飛ばし、エレベーターをひしゃげさせ、艦載機の発着艦を『物理的に不可能』な状態へと陥れた。沈没こそ免れたものの、これで米機動部隊は航空戦力を完全に喪失した。ミッドウェー海戦の勝敗は、ここに完全に決したのだ。

『警告(WARNING)。燃料残量、限界ビンゴ

 無機質なシステム音声が、坂上を現実へと引き戻す。

 残された燃料では、現代の基地へ帰投することは当然できないし、どこかの陸地まで飛ぶことも不可能だ。

「行くアテは、一つしかないか」

 坂上はHMDの視界に、先ほど救った日本艦隊――南雲機動部隊の旗艦である空母『赤城』の座標をセットした。

 通信設備が違うため、こちらから無線を入れることはできない。突然やってきた正体不明の黒い戦闘機を、彼らがどう迎えるかは賭けだった。

 下手に未来人だと名乗れば、特高警察か憲兵の拷問コースが待っている。

 だが、坂上真一は、真っ赤な嘘を吐けるほど器用な人間ではない。

「……なるようになるさ」

 坂上は軽く肩をすくめ、胸ポケットの真鍮ライターを一度だけ隔壁にコツンと当てると、巨大な日の丸を掲げる木甲板に向かって、機首を向けた。

読んでいただきありがとうございます。

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