第62話 招致状の行方
評議会書証課から来た封書は、一枚の照会文書だった。
「証人招致状の発送に際し、以下の人物の現住所を御確認のうえ、七日以内に書証課宛に御回答ください」
横書きの書面に、名前が一行。
セドリク・ポルヴォ。
ハルトは封書を机に置いて、額に手を当てた。招致状を送るには住所がいる。しかしポルヴォ自身が、ドアーレ側に追われているために潜伏中だ。どこにいるかは、ハルトにもわからない。最後に会ったとき、彼はそう言っていた。
「審問まで身を潜める。招致状を待っている」
待っている、はわかる。でも待っている人間の場所がわからなければ、招致状は届かない。七日以内に回答できなければ、手続きが止まる。証人が確保できなければ、三年分の証言が宙に浮く。グレタが扉の向こうで待ち続けた時間も、一緒に。
肩の上でメモがはばたいた。
「回答が間に合わなければ、証人招致状の発送ができなくなるですのです。証人確保ができなければ、審問がですのです。それはつまりですのです」
「わかってる」
「わかってても、どうするんですのです?」
「それを考えてる」
「考えている時間は六日しかないですのです」
「……だから急いでる」
ハルトはリーシャを見た。
「補償院に行こう。フィア&フィナに確認したいことがある」
「今から、ということですね」
「うん。急ぎで」
■■■
補償院の受付カウンターに着くと、フィナが真っ先に顔を上げた。
いつもの軽い笑みが、今日はなかった。
「ちょうど来てほしかったんですよ、結城さん」
声が低い。フィアが隣で表情を引き締めながら、カウンターの端を指した。
「昨日から、知らない人が来てます。三人。男が二人と、女が一人。財務局の様式を持ってたのが見えました。名前の欄に、ポルヴォさんって書いてあったんです」
ハルトの背すじが冷えた。
「ポルヴォさんの現住所を探してる?」
「そうとしか見えなくて。窓口には直接来なかったけど、ずっとこのあたりをうろついてて、さっき出ていきました。今朝も一人来ています」
「財務局の様式というのは、どんな書類でしたか」
リーシャが静かに確認した。フィアが少し考えてから答えた。
「上に紋章が入っていました。評議会の紋章じゃなくて、財務局の独自の紋様です。書き込んでいた欄は……住所照会の様式に見えました」
住所照会。制度を使って人を探すのは、こちらだけじゃない。
「それと、もう一つあるんですけど」
フィアが声を少し落とした。
「評議会の庁内に出ていた内部通達の写しが、書証課から回ってきたんです。被申立人……ドルカさん側の審問対応について。弁護人を立てず、単独で出頭するという申告が出たそうです」
ハルトは一瞬、返答が遅れた。
「単独で、か」
「規則上は認められているそうで、評議会も受理しているとのことでした。ただ、珍しいとは書いてありました」
弁護人なし。ドルカ・ドアーレが、自分一人で審問に立つということだ。規則を信じる男が、規則の場に一人で立つ。それが信念からなのか、それとも何か別の判断なのか、今のハルトには読めなかった。
フィアが続けた。
「私たちには、どうすることもできなくて……そもそも、ポルヴォさんがどこにいるか知らないんですけど」
「知らなくて正しかったです」
ハルトはそう答えた。フィアが少し肩の力を抜いた。
ドアーレ側の動きが、招致状の締め切りと重なっている。七日という猶予の間にポルヴォの居場所が割れれば、すべてが崩れる。招致状が先か、ドアーレ側の手が先か。
「メモ。評議会の規則を調べてくれるか。証人の住所が不明な場合の扱いが、何かあるかもしれない」
「もうあるですのです」
メモが胸を張った。
「評議会規則第四十八条の二。証人の所在確認が困難な場合、申立代理人の宣誓書と暫定住所記載をもって招致状の発送を許可する。公示扱いで、評議会の掲示板と本庁舎正面に張り出す。ただし証人本人が受け取る意思を持って行動していることが前提ですのです。結城さんがそれを評議会書証課で宣誓すれば、いいですのです」
「……ポルヴォは、待ってると言っていた」
リーシャが静かに確認する。
「はい」とハルトは答えた。
公示で送ってもいい。制度が届く場所に、彼はいる。受け取ろうとしている人間には届く。制度はそう言っている。
「行こう」
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評議会書証課は午後に入ってもひっそりしていた。
白髪交じりの担当官が、ハルトの話を聞いてすぐに規則集を持ち出した。しばらくページをめくってから、「第四十八条の二ですね」と顔を上げた。
「宣誓書に申立代理人の署名が必要です。暫定住所の記載は指定書式があります。本日付で受理できます」
「お願いします」
手続きは一時間かかった。
書証課の窓口には、宣誓書の記入台があった。住所を書く欄は、通常の住所ではなかった。
「招致状を受け取る意思を持って行動中の証人に対し、評議会の公示をもって本状の送達とする」
その一行を、ハルトは自分の手で記入した。
住所の代わりに、意思を書く。待っている人間には、届く。制度がそう言っているなら、それでいい。
担当官が宣誓書に受理番号を押した。小さなスタンプの音がした。
「七日以内に公示を発送いたします。本申請を審問手続きの一部として記録いたします」
「ありがとうございます」
ハルトは頭を下げた。リーシャが傍らで静かに息を吸った。
ドアーレ側がポルヴォを先に見つけたかどうかは、まだわからない。招致状が届くかどうかも、確証はない。でも手は打った。制度の中で動いた。あとは、ポルヴォ自身が持っている。彼が待っているなら、そこで会えるはずだ。
■■■
帰り道は夕暮れ手前の石畳だった。
リーシャが少しだけ歩くのが遅かった。ハルトが足を止めると、彼女は石畳を見たまま、小声で言った。
「ずっと考えていたんです。ポルヴォさんを、私たちが危険にさらしてしまったのかと」
「リーシャ」
「彼が身を隠さなければならなくなったのは、私たちが申立を進めたからです。それは、事実です」
ハルトはしばらく何も言わなかった。
石畳の継ぎ目を一歩踏んだ。
「そうだな」
「……はい」
「でも彼は自分で決めた。三年間、黙っていたと言っていた。証人として出頭すると言ったのも、自分の言葉で。俺たちが強いたわけじゃないですよ」
「わかってます。でも」
「でも、か」
ハルトは少し考えてから続けた。
「制度の中で正しく動く。それが今できる、唯一の守り方です。手を打って、待つ。招致状が届く場所に彼はいる。ドルカが弁護人なしで立つなら、こちらは手続きの正確さで答えるしかない」
リーシャは少しの間、黙っていた。
「……わかりました。私も、もっとしっかりしなければ」
「十分しっかりしてますよ」
「それは慰めですか」
「事実です」
メモが「ポルヴォさんに感謝してほしいですのです。本当は」とつぶやいた。
二人がそろって何も言わなかったので、メモは翼をたたんで大人しくなった。
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夕方、グレタの住む通りまで回り道した。
扉をノックすると、グレタが顔を出した。奥からヤネの声が聞こえた。
「経過の報告です。手続きが一つ前進しました。証人への招致状が動いています」
グレタは少し目を細めた。
「……審問は、いつですか」
「まだ正式な通知がないのですが、近いはずです。遠くはないと思っています」
「そうですか」
グレタは何かを言いかけて、やめた。扉の縁を軽く握った。
「ヤネが夕飯を待っています。またご連絡ください」
扉が静かに閉まった。グレタが「また」と言った。その「また」の重さは、五年分ある。
ハルトは石畳を見下ろした。こういう時間を、制度の言葉では説明できない。ただ、動くしかない。
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執務室に戻ると、机の上に封書があった。
差出人は評議会。
開封すると、「審問期日通知」という見出しが目に入った。
「評議会規則第五十三条に基づき、以下の期日を通知します」
期日は、今から三日後。
ハルトは封書を机に置いた。
三日。ドアーレ側がポルヴォを見つけたかどうかは、まだわかっていない。招致状が届くかどうかも、確かめる術はない。でも手は打ち終えた。制度の中で動いた。あとは待つしかない。
「三日で、全部が決まる」
声に出すと、それはただの事実だった。
招致状が届くかどうか。ポルヴォが守られた状態で出頭できるかどうか。ドルカが審問の場で何を語るかどうか。すべてが三日に凝縮されている。
メモが肩の上でつぶやいた。
「もうすぐですのです、結城さん」
窓の外が、ゆっくりと暮れていく。三日後の夕暮れには、すべてが終わっている。
ハルトは答えなかった。
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【あとがき:プチ解説コーナー】
今話は「証人への招致状を、住所不明のまま送れるか」という場面が焦点でした。
現実の民事訴訟には「公示送達」という制度があります(民事訴訟法第110条)。相手の住所や居所が不明で、通常の方法では書類を送れない場合に、裁判所の掲示板に書類を掲示することで「送達した」とみなす制度です。掲示期間は二週間で、相手が実際に見ていなくても効力が発生します。
今作ではその発想を元に、「証人自身に受け取る意思があること」を宣誓することで招致状を送れる、という異世界ルールにアレンジしました。現実の公示送達は相手の意思に関係なく効力が発生しますが、逆に言えば「相手が気づかないまま訴訟が進んでしまうリスク」もあります。制度は使い方を間違えると武器になる。証人保護と手続きの透明性は、どの世界でも綱引きですね。




