第63話 三日の声
「第四十八条の二による公示送達は、本日付で完了しました。評議会掲示板への掲載も確認済みです」
書証課の窓口を離れながら、リーシャが言った。
「……わかっています」
俺はそれだけ返した。ポルヴォが実際にその掲示を読んだかどうかは、関係ない。評議会の掲示板に招致状の写しを貼り出した時点で、法的な通知は完了する。手続き上、セドリク・ポルヴォはすでに招致を受けたとみなされる。三日後の審問に出頭しなければ、第五十六条に基づく欠席扱いになる。規定は整っている。
だが、ポルヴォは来るだろうか。
「引っかかっていることがあるなら言え」
ガレオスが横目で見た。廊下の石畳に足音が反響している。
「ポルヴォさんが実際に出頭するかどうか、という話です。手続きは完了しました。でも彼が来るかどうかは、手続きとは別の問題です」
「そうだな」
「だから」
「二つは別の話だ」とガレオスは言った。「招致状の効力は認められている。欠席になっても第五十六条が動く。法的には整っている。お前が心配しているのは、法の外側の話だ」
「審問の場では、内側と外側が繋がります」
廊下の突き当たりで、ガレオスが立ち止まった。振り返った顔に険しさはない。ただ、静かな問いがある。
「今の時点で、ポルヴォを見つける手段があるか」
俺には答えられなかった。
「ないなら、今できることをやれ」
それだけ言って、ガレオスは扉を押した。リーシャが俺の隣で低く言った。
「三日、あります」
俺はその言葉を受け取りながら、三日でできることが今はまだ何も見えていないことを、正直に認めた。九十時間と少し。招致状はある。でもそれは紙の上の権利で、ポルヴォが審問室に現れなければ意味をなさない。
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書証課を出た後、俺は一階の廊下を歩いた。突き当たりに掲示板がある。
そこに、一枚の紙が貼られていた。
招致状の写しだ。宛名はセドリク・ポルヴォ。三日後の午前第三刻、審問室第七番への出頭を求める内容で、欄外に第四十八条の二に基づく公示送達であることが小さく記されている。
俺はしばらく、その紙を見ていた。
ポルヴォは今どこかにいる。評議会の掲示板まで来て、自分宛ての招致状を確認できる状況にあるとは思えない。あったとしても、ドアーレ側の目を避けながらここに来ることが安全かどうかもわからない。
掲示板の紙は、風もないのに少しだけ揺れていた。
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評議会棟を出たところで、リーシャが聞いた。
「今夜、何か動きがありそうですか」
「わかりません。ドアーレ側がポルヴォさんを探しているなら、三日のうちに何かが起きる可能性はあります」
「もし先に見つかったら、どうなりますか」
「招致状は有効です。それ自体を止めることはできない。でも、圧力をかけることはできます。出頭を思いとどまらせる手段は、いくらでもある」
リーシャは少し考えてから言った。
「ポルヴォさんは最初から審問を待っていたんですよね。受付番号の確認に来ていた」
「そうです」
「なら、簡単には動かないと思います。逃げていない人が、圧力だけで折れるとは限らない」
俺は彼女の言葉を考えた。確かに、そうかもしれない。それでも、三日という時間は短い。
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フィナが補償院の外で待っていた。正午前の人通りが薄い時間を選んで、手短に報告した。
「昨日と今朝の二件、ポルヴォさんの所在を確認する照会が入っています。財務局書式を使った正規の問い合わせです。補償院側は回答できていません」
「なぜですか」
「記録上の住所が財務局の官舎のままなんです。退職後に更新がなかった。現在どこにいるか、補償院も把握していません」
フィアが横から続けた。
「正規書式での照会ということは、財務局内部からも調べが入る可能性があります。官舎の退去記録に行き先が書かれていれば、そこから辿れる。書かれていなければ行き詰まりますが、次の手もある。申立に関わった人間への接触とか」
「ポルヴォさんに関して、他に何かありますか」
フィナが少し間を置いた。
「申立受付の後、一度だけ補償院の窓口周辺に現れたことがあります。受付番号の確認のためだったと思われます。私たちのカウンターには来なかった。遠くから確認して、すぐに立ち去りました」
「見られることを避けていた」
「そう見えました。誰かに尾けられていないか確認してから動いていたのかもしれません」
三日。今の俺の手元にあるのは、それだけだ。
ポルヴォは審問を待っている。受付番号の確認に来た事実が、それを示している。逃げていない。ただ、隠れている。公示送達の掲示を彼が見たかどうか、俺にはわからない。
フィナとフィアが補償院に戻っていく背中を見送りながら、俺は昼の空を見上げた。三日と少し。どこかで何かが動く時間としては、長くも短くもない。
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夕刻、評議会棟の西廊下でドルカと行き合った。
偶然ではない。単独出頭を申告した際、彼は西控室の使用申請を出していた。俺はそれを確認して、廊下で待った。
「なぜ弁護人をつけなかったんですか」
ドルカは廊下の柱の前で立ち止まり、俺を見た。大柄な体が廊下の明かりを半分ほど遮っている。
「お前が心配することじゃない」
「俺は申立人です。この審問の行方は、申立に直結します」
「だから?」
「だから聞いています」
短い沈黙があった。ドルカの指先が石柱の面をひとなでした。ゆっくりと、確かめるように。
「俺は証人として出るつもりじゃない」
「……どういう意味ですか」
「当事者として出る。証言台じゃなく、当事者席から。自分の話として」
証人と当事者では、手続き上の立場が違う。証人は事実を証言し、尋問にも晒される。当事者は審問そのものの対象になる。弁護人なしで、それに立つということだ。
「それは、ドルカさん自身がより厳しい立場に立つということです」
「そうだな」
「なぜそれを選んだんですか」
答えない。
「先日、鉱山共同体のことを話してくれました。俺には何も言えなかった。あなたが単独で審問に立とうとしていることと、あのときの話が繋がっているなら、教えてもらえませんか」
ドルカは少し目を細めた。廊下の遠くを見るように、少しの間そのままでいた。
「お前には、教えないことにする」
それだけ言って、ドルカは廊下を歩いた。
俺はその背中を見送りながら、何かを守ろうとしているのか、それとも何かを終わらせようとしているのか、どちらなのか判断できなかった。どちらでもあるのかもしれない、とも思った。
西控室の扉が閉まる音がした。廊下に俺一人になって、夕刻の明かりが石畳を橙色に染めていた。
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夜、宿舎の部屋で机に向かった。
三日後の審問。ポルヴォの所在と出頭、どちらも不確定。ドルカ、弁護人なし、当事者席から出頭予定。ドアーレ側の捜索は継続中。
肩の上で、メモが首をかしげた。
「どう思う」
答えない。羽根が一度だけ揺れた。
俺はため息をついて、机の上の紙に視線を落とした。ポルヴォが三日後に審問室に現れるかどうか。それだけが今、俺の手の届かないところにある。ドルカが何を考えているのかも。
窓の外に王都の夜景がある。補償院の北棟のどこかに灯りが点いている。
扉をノックする音がした。
一度、二度、短い間を置いて、三度。
俺は立ち上がった。
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【あとがき】
今回の「公示送達」について。
住所や所在が不明な相手への通知手段として、裁判所の掲示板に書類を貼り出すことで通知完了とみなす制度です。現実の民事訴訟法第百十条に定められています。
重要なのは「相手が実際に読んだかどうかは問われない」という点です。掲示板に貼った時点で、法的には通知済み。これは手続きの確実性を守るための割り切りですが、同時に実態として届かないまま「完了」として扱われる局面も、現実には起こります。
ハルトが心配しているのはその部分です。書類は整った。でもポルヴォは来るだろうか。制度と現場のあいだには、いつも少しだけずれがある。労務の仕事でもよく出くわす瞬間です。




